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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
EX4 偉大なる天輝士 - grande cavaliere -
376/800

376 ▽絶望を払う者

 隊商の一行が見たもの。

 それは魔犬キュオンの群れだった。

 数はおよそ一〇体ほどで、大群というほどではない。

 しかし、突然のエヴィルとの遭遇に、隊商はパニックに陥ってしまった。


「うわあーっ!」

「嘘よ……こんなの、嘘……」


 叫び声を上げる者。

 信じられないという表情で放心する者。

 様々な反応を見せる人々の中、御者は大急ぎで進路を切り替えた。


 既にキュオンの群れは目前にまで迫っている。

 後続の二台の馬車は、街道から離れ草原の方へ逃げていった。

 ところが、クァルティたちが乗っていた馬車だけが、途中で動かなくなってしまう。


 異界の魔獣(エヴィル)を前にすると馬は居竦んでしまう。

 これは普通の動物なら避けられない習性なのだ。


 魔動乱期に輝動二輪が発明されたのも、かつて人間同士の戦争では主流だった騎馬戦術が使えなくなったことが要因の一つとして挙げられる。


 あと少し早く方向転換していたら。

 彼らも逃げられたかもしれない。

 完全に御者の判断遅れだった。


 だが御者一人のせいにするのは酷である。

 隊商には早馬を送る以外の情報伝達手段がない。

 みな危機感が欠落していたことは認めざるを得ないだろう。

 街道でエヴィルと出くわすなどと、誰も思っていなかったのだ。


 どっちにせよ、馬車はもう動かない。

 残された隊商の面々は幌から各自脱出した。

 そして、各々がバラバラになって走って逃げる。


 クァルティは悪い夢でも見ているような気分だった。

 なぜ、こんな事になったんだ?

 平穏な旅のはずだったのに。


 各地に残存エヴィルが出没していることは知っていた。

 けど、それは映水機の向こうの話でしかないと思っていた。

 だって、これまで犠牲者が出たなんて話は、一度も聞いていなかったから。


 そうだ、これは夢なんだ。

 帰ったらレスタと結婚するんだ。

 子供を作って、幸せな生活を送るんだ。


 だから、こんな所でエヴィルなんかに殺されるわけがない!


「う、うわああああああっ!」


 クァルティは無我夢中で走った。

 背後からは魔犬キュオンの群れが迫ってくる。

 その速度はとても人間の足で逃げ切れるようなものじゃない。


「きゃあっ!」


 やや後ろを走っていた婦人が、足を取られて転んだ。

 蹲る彼女にキュオンの一体が躍りかかる。

 クアルティは目を逸らした。


 キュオンの牙が彼女の背を引き裂く、その寸前。


「ギャウッ!」


 隊商のリーダーが放った矢が、魔犬の眉間に突き刺さった。


「何をしている、早く逃げろ!」


 リーダーが怒鳴る。

 婦人は頷いて立ち上がり、再び走り始めた。

 クアルティには彼女の顔が最愛のレスタに重なって見えた。


 次のキュオンが迫って来る。

 リーダーは再び矢を弓に番えていた。

 隊商の仲間を逃がすため、魔犬の群れを食い止めるつもりなのだ。


 その姿を見た途端、クァルティは悪夢から覚めた。

 一体、何をやっているんだ、俺は。


 倒れた女性を無視して逃げようとしたのか。

 そんなことが許されるとでも言うのか。


 これは現実だ。

 目を背けるな。


「リーダー、俺も闘います!」

「馬鹿をいうな、さっさと行け!」


 リーダーの元に駆け寄るクァルティ。

 そんな彼をリーダーは突き放すように怒鳴りつけた。


 だが、クァルティは退かなかった。

 腰に吊した短剣を引き抜く。

 震える拳を握り締める。


「武器ならあります。あなた一人を犠牲にして逃げることはできません」


 輝鋼精錬された弓矢を持っているとはいえ、リーダーはただの商人だ。

 たった一人でエヴィルの群れなんかと戦えるはずもない。

 眉間を打ち抜かれた魔犬もまだ生きている。


 リーダーは自分たちを逃がすために、ここで死ぬ気なのだ。

 世話になった人を見捨て、自分だけ逃げるなんて。

 そんなこと、できるわけがない。


「何を言う! お前には故郷で待ってくれている女がいるのだろう!」

「リーダーこそ、帰ったら今度こそ娘とたっぷり遊んであげるって約束をしたんでしょう!?」


 死ぬのは怖い。

 だが、ここで逃げるのはダメだ。

 そうしたら、きっとレスタに二度と顔向けができない。


「馬鹿野郎、お前みたいなひよっこに、何が――」


 いつの間にか後続のキュオンが迫っていた。


「ちっ!」


 リーダーは慌てて矢を放つが、こんどは避けられてしまう。


「うおおおおおっ!」


 クァルティは迫り来るキュオンに短剣で斬りかかった。

 攻撃は当たり、短剣はキュオンの喉を切り裂いた。

 クイントで仕入れた輝鋼精錬済みの逸品だ。


「やった!」


 店内の飾りのつもりで購入したものだが、まさか実戦で役に立つとは思わなかった。


「どうですか、俺だってこれくらいは――」

「おい、後ろだ!」


 得意げに振り向いた直後。

 クアルティはこれまでにない激痛を味わった。


「う、うああああっ!?」


 生暖かい血が吹き出る。

 クアルティの左肩は大きくえぐられていた

 矢を受けたキュオンが起き上がって噛みついたのだ。

 クアルティはあまりの痛みに地面を転がり、無茶苦茶にのたうち回る。


「痛い痛い、痛いっ!」

「馬鹿野郎、早く起き――ぎゃあーっ!?」


 リーダーの声が絶叫に変わった。

 別のキュオンがリーダーに襲いかかったのだ。

 さっきまで笑いあっていた人が、バケモノに喰い殺される。


 痛みさえも吹き飛ばすほどの絶望。

 クァルティは叫び声を上げるのを止めた。

 わずかな勇気は、あっという間にかき消されてしまう。


 残ったキュオンがクァルティを取り囲む。

 襲ってこないのは、周囲と牽制しあっているからか。


 自分は死ぬのだ。

 それは抗いようもない現実。

 助かる希望など万に一つもない。

 クァルティは悔しさに、ただただ涙を流した。


 彼らの間にどのような意思疎通があったのか。

 ともかく、群れの中から一体のキュオンが飛び出した。


 殺される。

 不運だったと諦めるしかないのか。

 幸せになるはずだった人生が、こんな所で終わるなんて――


「……えっ?」


 突然、キュオンが燃え上がった。

 クアルティには何が起こったのか理解できない。

 炎を纏ったキュオンは、そのまま燃え尽きて赤い宝石になった。


 次の瞬間。

 一筋の閃光がすぐ横を駆け抜けた。

 エヴィルの一体がそれに巻き込まれ、吹き飛ばされる。


「うおおおおおおっ!」


 凄まじい速度で走ってくる輝動二輪。

 その輝動二輪から、輝士が飛び降り、剣を振る。

 様子を窺っていた残りのキュオンたちは、瞬く間に斬り倒された。


 リーダーに覆いかぶさっていたキュオンも、一刀のもとにやっつけてしまう。


「う、あ……」


 嗄れかけたうめき声が聞こえてきた。

 噛みちぎられたのか、腹部からは夥しい出血をしている。


 それでも、リーダーは生きていた。


 苦い顔をする輝士。

 よく見れば、まだ若い女性だった。

 懐から薬草を取り出し、リーダーの傷口にあてる。


「これを使ってくれ」

「えっ、あ、はいっ!」


 女輝士は薬草の入った袋をクァルティに放り渡す。

 そして倒れた輝動二輪を起こし、やって来た方向をにらみ据えた。


「あ、あなたは……?」

「私は残りのエヴィルを掃討する」


 命を救われた事に安堵しかけていたクァルティは再び凍りついた。

 その目に映ったのは先ほどとは比べ物にならないエヴィルの大群だった。


 キュオンだけではない。

 見たこともないような異形の魔獣たち。

 それが街道を埋め尽くす大群となってこちらに迫ってくる。

 その数は少なく見積もっても一〇〇……いや、もっと多いかも知れない。


 彼女はこの中を突破してきたのか?

 しかも、この大群を一人で相手にするつもりか。


 女性輝士が何かを呟く。

 それは古代語――輝言を唱えているのだとクアルティは気づいた。

 次の瞬間、彼らの周囲には光り輝く花びらが舞っていた。

 光が街道を塞ぐ壁のようになって煌き続ける。


「すまない。君の怪我も浅くはないだろうが、もう少しだけ耐えてくれ」


 おそらく魔物を妨げる障壁のようなものなのだろう。

 無数の魔獣の軍団を前にしても、女輝士はまるで動じた様子がない。

 彼女は起こした輝動二輪に跨がると、エヴィルの群れに向かって突っ込んでいった。


 なんという勇壮な後姿。

 なんという美しい女輝士。


 クアルティは左肩の痛みすら忘れて見入ってしまっていた。

 彼女はたぶん、あの噂の女輝士に違いない。


 歴代最年少の偉大なる天輝士(グランデカバリエレ)

 その名は、ベレッツァ。

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