371 ▽部隊会議
選別会の日に起こった事件。
残存エヴィルによる、突然の王都襲撃。
あれは、ファーゼブル王国だけの出来事ではなかったらしい。
新代エインシャント神国を初めとする、五大国の首都も同じように襲われた。
そして、エヴィルの巣窟を領内に持つ小国にも被害は出た。
世界中で残存エヴィルの活性化が始まったのだ。
大国はそれぞれ自衛手段を持っている。
しかし、輝攻戦士や輝術師の少ない小国では、エヴィルの大群に対抗する術がない。
ミドワルト南部地区で最大の巣窟と言われる魔霊山。
そこから現れた残存エヴィルは、ファーゼブル王国までの通り道であるクイント国王都、及びズケエロ国の国境付近でも暴れ周ったと言う。
幸いにも、たまたまクイント国に滞在していた大賢者グレイロード様の助力もあって、両国に大きな被害が出ることはなかったが……
本来なら近隣の小国をエヴィルから護るのは、地域盟主であるファーゼブル王国の役目である。
「輝士団の掃討活動の甲斐あって、王都を襲撃した残存エヴィルの大半は打ち倒すことができた。しかし依然として多くのエヴィルが周辺各国に残っているのが現状だ」
ブルは普段のおちゃらけぶりと打って変わって、真面目な雰囲気で説明をする。
彼はミドワルト南部の地図が描かれたボードに印を書き込んだ。
ベラたち四人は黙って話を聞いている。
「この四つの印は、ファーゼブル王国領内にできた四つの小規模な巣窟だ。魔霊山から出てきたエヴィルの多くが、今はこっちに拠点を移している。やつらが頻繁に移動を繰り返すせいで、現在、輝工都市間の流通は大いに阻害されている。元老院は数日中に戒厳令を出すつもりらしい」
国境近くの山岳地帯に二点、海辺の洞窟に一点。
そして北の都市フィリオ市から程近い、古代の廃都跡地に一点。
これらの場所には今も無数の残存エヴィルが群れを成して留まっている。
しかも、その数は先日の襲撃事件から増える一方だ。
「学者がよく言う『エヴィルは輝鋼石に惹かれる』っていう習性が事実かどうかはともかく、魔霊山に潜んでたエヴィルがファーゼブル国内に集結しているのは確かだ。早めに対処しなきゃ大変なことになる」
「動きの鈍重な輝士団じゃ神出鬼没のエヴィル共の対処は難しい……そこで、俺たち新設特殊部隊の出番ってわけだな」
レガンテが椅子の背にもたれ掛かりながら言った。
この中では唯一、元の役職が輝士ではなく衛兵であるが、彼に物怖じしたところはない。
彼の言うとおり、今のファーゼブル輝士団では都市を守ることはできても、神出鬼没のエヴィルに対応することは難しい。
やつらはこちらの都合など構わず、どこにでも出没する。
かと言って、地方の戦力ではエヴィルの相手は荷が重いだろう。
「地方の各部隊も対エヴィル用の再編成を予定しているが、戦力の不足は如何ともしがたいな」
一体二体ならともかく、一〇体以上の集団になれば、町の戦力だけではどうにもならない。
国民の安全を守るためには、より強力で、即応力のある戦力が必要だ。
どこの部隊も平時を引きずっており、人手不足なのだ。
地方は輝攻戦士がいない部隊が殆どである。
エヴィルが相手の苦戦は免れないだろう。
そういう意味では、たった五人とは言え精鋭中の精鋭であるベラたちは、すでに国内最強の部隊を名乗る資格があるとも言える。
「エヴィルが現れるたびに、俺たちが地方に向かうのか?」
アビッソが苦笑混じりに尋ねた。
ファーゼブル王国は広大な領土を持つ。
エヴィルの出現の報を聞くたびに国中を飛び回るのは、とてつもない重労働である。
「そういう場合もあると言うことだ。エヴィルの動きが魔動乱ほど活発でない今の内なら、私たちだけで対処できないこともない」
「厳しいねぇ、我らがリーダー様は」
「茶化すな。レガンテ」
肩をすくめるレガンテをヴェルデがたしなめた。
「しかし、どう考えても五人で国内全域をカバーするのは無理だぞ。同時に複数の場所にエヴィルが出現したらどうするんだ?」
「もちろん引き続きメンバーは募る。輝術師を中心に即戦力になる人間をピックアップして、本人と所属部隊の責任者に声をかけて行こう」
「こちらにもアテはある。陛下の許可が得られれば、いくらか融通は聞くだろう」
「俺も直属の部下からも何人かはすぐに移籍させられるぞ」
元天輝士ヴェルデと元輝士団副隊長ブル、大先輩二人は頼もしい事を言ってくれる。
ベラは彼らがこうして自分に協力してくれることを改めて嬉しく思った。
これなら戦力が充実する日は遠くない、が……
「あとの問題は、輝士団全体の輝攻戦士の数だな。王都はもちろん、地方にもある程度の人数は欲しい。洗礼を受ける条件を軽くしてもらうようことはできないだろうか?」
「そいつは難しいと思うぜ。元老院が絶対に許可しない」
ファーゼブル王国において、輝攻戦士の扱いは慎重に慎重を重ねる。
理由は一〇〇年前に起こったフィリオ教会輝士団の反乱。
輝攻戦士になる条件は他のどの国よりも厳しい。
もし国家に断りなく違法に輝攻戦士になれば、最悪の場合は死罪すらありうるのだ。
国内における輝攻戦士の数はベラたちを含めても二十人足らず。
星帝十三輝士を中心に一五〇人以上の輝攻戦士を要する隣国シュタール帝国とは雲泥の差である。
その代わり、ファーゼブル王国の輝術師の量と質はエインシャント神国に準ずる。
それを差し引いても圧倒的な戦力不足には違いないが。
「一応、陛下には掛け合ってみるが……その後に元老院にも意見具申してみよう」
こればかりはヴェルデも自信がなさそうだ。
ファーゼブル王国の国柄として仕方ないことなのだろう。
いくら天輝士といえども、国法を捻じ曲げることはできない。
もしできるのなら先代の頃……いや、魔動乱期にはすでに変わっていたはずだ。
ブルを司会役とした会議は滞りなく進み、以下のことが決定した。
まずは部隊における人員の補充。
できれば輝攻戦士、最低でもサポート術に長けた輝術師が欲しい。
エヴィルがいつどこに出現するかわからないことを考えれば、あと一〇人は必要だ。
メンバーが集まり次第、拠点を三箇所に分ける。
それぞれ王都エテルノ、フィリオ市、西部国境警備隊詰め所だ。
各地域の担当は以下の通り。
エテルノには、ベラとアビッソ。
フィリオ市には、レガンテとブル。
西部国境には、ヴェルデ。
フィリオ市と西部国境警備隊については、現地の部隊から人員を補充する。
先代天輝士のヴェルデと元輝士団副隊長のブルなら人望も信頼もある。
彼らに任せてしまっても大丈夫だろう。
「では、健闘を祈る」
ブルの挨拶で会議は終了。
皆が席を立とうとした所で、レガンテが待ったをかけた。
「おっと。最後に一つ、決め忘れてることがありますよ」
「今さらなんだ。議題があるならもっと早めに言え」
「議題っていうか、名前ですよ。対エヴィルの先兵となる俺たちの部隊の名称です」
ベラはため息を吐いた。
「何を言うかと思えば……」
「そんな顔するなよ。何にでも名前は大事だぞ?」
「確かに、国民から広く受け入れられるためには、親しみやすい名前があったほうがいい」
「その方が人員も募りやすいですしね」
ヴェルデとアビッソは意外にも乗り気である。
まあ、そういった利点があるなら別にかまわないが……
「わかった、何でもいいから好きに決めてくれ。わざわざ話し合う事でもないだろう」
「いやいや、ここは隊長さんが決めるのが筋ってもんでしょう」
「わ、私が?」
自分で言い出しておいて、なぜ人任せにするのか。
「ベラが決めたのなら俺も文句はない」
「そうは言っても、すぐには……」
「急ぐ必要はないよ。決まったら後からみんなに連絡してくれればいい」
「ってことで、解散!」
今度こそ全員が席を立ち、他の四人はさっさと退出してしまった。
「部隊の名前、か……」
残されたベラは、ファーゼブル王国の地形と魔動乱でのエヴィルの出没頻度が書かれたホワイトボードを眺めつつ、押し付けられた難題についてマジメに考えていた。




