370 ▽特殊部隊設立
「特別遊撃隊を設立する?」
「はい。つきましては、その隊長役をヴェルデ様に務めて頂きたく思い、お願いに参りました」
天輝士に任じられた、その翌日。
ベラは王宮の一室に住むヴェルデを尋ねていた。
「部隊設立はかまわん。だが、天輝士を継いだのはお前なのだから、自分が隊長をやればいいだろう」
「やはり、影響力のある方に束ねていただければ、メンバーも集まりやすいと思いまして……」
ファーゼブル輝士団はガチガチの縦の規律に縛られ、柔軟性に欠けている。
それは先日のエヴィル襲撃への対応の遅れを見るまでもなく明らかだ。
ベラが考えているのは、対エヴィルを専門にした特殊部隊の設立だ。
天輝士の称号を受け継いだ最初の仕事は、その組織作りにしようと思っている。
天輝士にはあらゆる特権が認められている。
だが、既存の枠に収まらない部隊の新設ともなれば相当な労力が必要だ。
人脈の少ないベラは、手始めに頼れる人物の力を借りることから始めようと考えたのだ。
ベラに天輝士の座を譲ったとはいえ、十年以上もその地位を守ってきた先代の影響力は絶大だ。
組織のリーダーは彼に任せ、自分はサポート役に廻ろうと思っていたのだが……
「君には天輝士特権がある。陛下に進言すれば、部隊の設立はすんなりと認められるだろう」
「私には部隊を率いるだけの器量も人脈もありません。経験と信用のある先代が隊長を務めてくれた方が、他の輝士たちも素直に従ってくれると思います」
「器量は磨けばよいし、人脈はこれから作ればいい。責任ある役職に就いた以上、君自身が先頭に立つ義務があると私は思うがね」
「そこをなんとか。後輩を助けると思って」
「断る。老骨に特殊部隊の隊長など荷が重過ぎる」
やはり無茶な頼みだったか……
ベラは仕方なく一礼して退出しようとする。
と、別の人物がドアをノックする音が聞こえた。
「入るぜ」
その人物はヴェルデの返事を待たずに室内に入って来た。
「よお……って、お嬢ちゃんも一緒か」
「ブルよ、彼女はもう立派な天輝士なのだ。子供扱いは失礼だろう」
「硬いこと言うなって。彼女がいるってことは、もう話は済んだのか?」
豪快な態度と共に現れたのは、輝士ブル。
選別会ではあえて反逆者の役を演じ、抜き打ちテストに協力したベテラン輝攻戦士だ。
過去の選別会ではヴェルデと幾度も決勝を争い、惜しくも二位の座に収まっていた人である。
もちろん、その実力は折り紙つきだ。
「彼女の方から出向いてくれのだ。私に用があるというのでな」
「へぇへぇ、まさかイケナイ勉強をしに来たわけじゃないでしょうね」
下品な冗談は嫌いだ。
だが、選別会での引け目もある。
ベラは何も言わず、軽く頭を下げた。
ブルは王宮輝士団の副隊長を務めたこともある。
本来ならば気安く口を利くことも敵わない雲上人である。
天輝士になったベラに階級は関係ないとはいえ、やはり面と向かって批判はし辛い。
「だが丁度よかった。これから新部隊設立の許可を得るため、陛下のところに伺おうと思ってたんだ。せっかくだからお嬢ちゃんも連れて行こうぜ」
「え?」
「この、おしゃべりめ!」
ベラが驚いて振り向くと、ヴェルデは肩をすくめて呆れた顔をしていた。
「こうなっては隠しても仕方ない。実は私も、君と考えていることは一緒だ。ただし、部隊の隊長には君を推すつもりだったがな」
「そうそう。お嬢ちゃんがリーダーの独立遊撃部隊! 俺やヴェルデの旦那はあんたの部下として働くからよ。就任演説であんな大見得切ったからにゃ、張り切ってもらわなくちゃ困るぜ」
「ぶ、部下!?」
二人がベラと同じことを考えていたのも意外であった。
しかし、先代天輝士と元輝士団副隊長という二人のベテランを部下になど……
そんなことを考えてもいなかったベラは、彼らからの提案にただただ驚く他なかった。
「ってことで、善は急げだ。ほら、行くぜ隊長殿」
「わ、ちょ、ちょっと」
ブルの逞しい腕に掴まれ、強引に部屋から連れ出される。
その後をため息交じりのヴェルデが着いてくる。
私が、特殊部隊の隊長?
※
「いいだろう。部隊の設立を認めよう」
思ったよりもあっさり陛下の許可が得られ、ベラは拍子抜けする。
陛下の自室から退出した後も、なんだか現実感がなかった。
「もっと多くの手順を踏まなくてはいけないかと思っていました」
「それだけ天輝士の権限は強いのだよ。君が思っているよりも、ずっと自由が利くぞ」
「そんなものなのでしょうか?」
「屋敷が欲しいと願えば、明日には王都の一等地に豪邸を用意してもらえるだろう」
「さすがにそこまでは……」
「特殊部隊……フォルツェ、スペシャーリ……」
二人はこうなることがわかっていたのだろうか。
どちらも陛下の許可を当然のように受け止めている様子だった。
ブルに至っては新部隊の名称を考えているらしく、さっきから一人でブツブツと呟いている。
「だが、楽なことばかりではないぞ。部隊の設立は認められたが、人材集めは君自身で行わなくてはならない。どこの隊も優秀な人物を貸し出すのは渋るだろう。ここからが君の腕の見せ所だ」
「はぁ……」
考えただけで気が重くなった。
交渉事など、ベラが最も苦手とする部分である。
「君がどの程度の活動を考えているかにも寄るが、最低でもあと二人は信用に足る人物を加えた方がいいだろう。できれば輝攻戦士と輝術師が一人ずつが理想だ」
「おっと。そいつは好都合」
「その役目、俺たちに任せてもらえませんかね?」
廊下を歩くベラたちに話しかけてきた人物がいた。
レガンテとアビッソである。
二人は仲良く並んで壁に寄りかかっていた。
「これでも選別会で準決勝まで残った実力があります。天輝士の片腕に不足はないと思いますが?」
「レガンテはともかく、俺は誘って損はないかと」
「ほぉ。この青髪野郎、どっちが強いかまだ理解してないんだな。ロイヤルガードのくせにずいぶんと頭が悪いやつだ」
「少なくとも、君よりは賢いと思うけどね。決着をつけたいのならいつでも相手になるよ」
「上等だ。これから中庭でやるか」
「お前たちは何がしたいんだ」
自分たちから話しかけて来たのに、いきなりケンカを始めるレガンテとアビッソ。
ベラはそんな二人を見て、思わずため息を漏らした。
が、同時になぜか嬉しくもあった。
選別会の日、共にエヴィルの襲撃に立ち向かった仲間たち。
彼らに対して不思議と親近感の沸いている自分に気づく。
私には仲間がいる。
強く、頼りになる仲間が。
大丈夫だ。
きっと上手くやれる。
そんな気がした、昼下がりの午後だった。




