367 ▽援軍
「すごい……」
孤軍奮闘を続ける女輝士を遠目で見ながら、街壁を守る兵士の一人が呟いた。
彼女は一体どこの所属なのか?
年代物の輝動二輪に乗って現れた女輝士。
彼女はたった一人でエヴィルの群れの中に飛び込んでいった。
その兵士は輝攻戦士の戦いを見るのは初めてではない。
しかし、以前はここまで圧倒的な力を感じたことはなかった。
花びらのような結界を張り、苦もなくエヴィルを宝石に変えていく。
あの女輝士はまるで、おとぎ話の英雄のようではないか。
エヴィル接近の報を聞きつけ、街壁守備についてたのが十数分前。
最初はいつものように、迷い込んだはぐれ残存エヴィルだろうと考えていた。
しかし、地平線の向こうから現れたのは、これまで見たこともないような大軍勢だった。
平時に置ける輝士団の動きは本当に鈍重である。
ともすれば、自らの身を盾にして街を護ることも考えていた。
そんな兵士にとって、颯爽と現れた彼女はまるで救世主のようであった。
もしかしたら、このまま一人でやつらを追い払ってしまうかも――
そんな甘い機体が頭を過ぎった直後、女輝士の周囲の花びらが揺らいだ。
四方から大挙して押し寄せるエヴィルに隠れ、その姿が一瞬だけ見えなくなる。
すぐに光の花びらは復活し、周りのエヴィルはズタズタに切り刻まれた。
兵士は安心してほっと息をついたが、それ以降、女輝士の動きが先ほどより鈍くなる。
「ありゃ、どこかやられたな」
隣に立つ先輩が声をそんな事を言う。
彼は悪い意味でのベテラン衛兵であった。
自分より二年先輩のくせに、こんなときでも緊張感がない。
「あんな高威力の輝術、長く展開し続けられるわけがないんだ。あのお嬢ちゃんが人並み外れた輝術師だとしても、そう長くは持たないだろう。術が切れたときが最期だな」
そんなセリフを世間話程度に言ってのける精神が理解できない。
普段から偉そうなこの先輩のことは気に入らなかったが……
「だったら、助けに行きますか?」
「馬鹿いうな。そんな指示は受けてないだろ。お前は命令違反をする気か?」
兵士も本気で言ったわけではなかった。
そう切り返されるのは想像できたことである。
「それに、俺たちが言っても役に立たないよ」
一般兵士にとって命令は絶対だ。
そして先輩兵士の言葉は、実は彼の気持ちの代弁でもある。
あの若さで輝攻戦士になった輝士さま。
自分たちとじゃ、立場も力も全く違うのだ。
心の中でいくら同情しようとも、手助けできないことには代わりない。
だが、本当に眺めていることしかできないのだろうか?
輝士団の編成が整い援軍が来るまで、彼女が力尽きるのを黙って見ているしか――
「じゃあ命令する。お前ら、今すぐ行ってあいつを援護して死んでこい」
突然の声に振り向くと、背後に金髪の輝士が立っていた。
「って行ったら、お前ら死ぬのか?」
「失礼ですが、何者でしょうか」
「フィリオ市衛兵隊の第一分隊長レガンテだ」
先輩輝士の問いに、やけに澄んだ声で答える金髪の輝士。
いや、どうやら輝士ではなかったようだ。
他年の衛兵隊の隊長が何故ここに?
「私は王都所属の衛兵だ。貴公の命令を聞く義務はない」
一方、先輩は彼が上官でないとわかると、はっきり命令を断った。
この切り替えの早さが、平時に兵士をやっていく上での秘訣なのかもしれない。
「まあ、その通りだな。冗談だから真に受けるな」
しかし金髪の衛兵隊長は気にしていないようだ。
彼は微笑を浮かべながら肩を竦めてみせた。
と、後方から砂をふるう音とともに輝動二輪が近づいてくる。
騎上の青髪の輝士は、レガンテの横で機体を停める。
そして、こちらに視線を向けながら言った。
「だが、彼女に恩を売っておくのは悪くないと思うぞ」
「その通り。なにせ彼女は次代の天輝士なのだからな」
レガンテは青髪の輝士が操る輝動二輪の後部座席に跨った。
「行くぞ」
「おお、行ってくれ」
二人の輝士はエヴィルの中で闘い続ける女輝士の方を見ていた。
この人たち、あの女輝士を助けに行くつもりなのか?
いや、それより、次代の天輝士って?
そういえば今日は、天輝士選別会の日だと聞いている。
ほとんどの輝士は参加するか、そのための警護に廻っているらしい。
そんな時に単独で行動してるこの人たちは、命令を無視して独断でやってきたのか?
いや、あるいは……
「自分も行きます」
「はぁ!? 何言ってんだお前!?」
気がつくと、若き兵士は剣を握り締めていた。
先輩兵士が後ろで何か言っているが耳に入らない。
この人たちは、国のために……
市民の平和のために、自らの意思でここに来ている。
その姿を見て何も感じないほど、若い兵士は心を枯らせていなかった。
「腐った兵隊の中にも、多少の気概がある者はいるようだ」
青い髪の輝士がフッと笑いながら言った。
その瞳の深い青に、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「だが気持ちだけで守れない物もある。命を粗末にせず、援軍が到着し次第、後方支援を行ってくれ」
「お前って意外と若者思いなのね」
「発進するぞ」
金髪の衛兵隊長の茶化しを無視。
青髪の輝士はエヴィルの群れに向けて輝動二輪を走らせた。
後に残された若い兵士は、複雑な思いを胸に遠ざかっていく二人の背中を見つめていた。
※
続けざまに三度、剣を振るう。
攻撃後の輝力の乱れは、後方に飛んで距離を取ることでカバー。
同時に光舞桜吹雪を強引に周囲の敵へと当てていく。
そんな無茶な戦いを続けてもう一〇分以上も経つ。
体力的にはまだ余裕があるが、術の方が乱れ始めている。
オリジナルの輝術の多くに言えることであるが、ベラの光舞桜吹雪も、通常の輝術とは桁外れの輝力を消費する。
やはり、輝攻戦士として戦いながら常時展開をし続けるのは無茶だった。
たとえベラが常人より多くの輝力を持っているとしてもだ。
先ほども、一瞬の気の緩みが術を拡散させてしまった。
しかも、その際に左腕に攻撃を受け、治療のために余計な輝力を消耗した。
最初に感じた高揚感も、ギリギリの戦いが続けば保ち続けるのは難しい。
多勢を相手に戦うことが、これほどの消耗を招くとは。
ベラの考えが甘かったと言わざるを得ない。
すでにどれだけの敵を倒したのかも覚えていない。
そろそろ輝力に限界が近づいてきたようだ。
輝士団の援護はまだか?
胸の中に一欠片の諦念が押し寄せた。
その瞬間、背中に思いも寄らない衝撃を食らった。
なんだ、と振り向いた途端、ベラは背後に魔犬の首を見た。
絶命覚悟か。
はたまた周囲のエヴィルに押されたのか。
密度が疎になった光の花びらの隙間を抜け、一匹のキュオンが突入してきたのだ。
すぐに体は切り刻まれたが、破壊を免れた頭部が勢いのままベラの背中にぶつかった。
キュオンの頭部はすぐにエヴィルストーンとなって転がった。
だが、注意を逸らすという点において捨て身の特攻な確実に効果があった。
正面から四体のエヴィルが迫っていた。
迎撃。
間に合わない。
一振りで四体を同時に葬る手段はない。
迫る魔物の爪が、輝粒子に守られたベラの体に食い込んだ。
「ぐっ……!」
一撃で輝粒子が破られるというほどの威力はない。
だが、その攻撃はベラの意識を大きく乱した。
展開していた閃熱の花びらが消失する。
四方から多数のエヴィルが迫ってくる。
再度、閃熱の花びらを展開するまでに掛かる時間を計算しつつ、急いで輝言を唱える。
しかし、どう考えても間に合わない。
ベラの頭に「死」という文字が浮かび上がった。
こんなところで――人生の目的も完遂できずに滅びるとは。
口惜しさに震えながらも、目前に迫った死に対する恐怖はなかった。
ただ、数秒後には引き裂かれるわが身を想像し、たまらなく嫌な気分になる。
ところが、予感していた死は訪れなかった。
周囲のエヴィルが突如、炎上する。
その直後、ベラは考えるより早く上空に飛び上がっていた。
燃え上がるエヴィルを飛び越え、今までいた場所より数メートル後方に着地する。
そしてベラは見た。
一条の光となってエヴィルの群れを切り開いていく輝動二輪と、そして。
「すまない、遅くなった!」
輝動二輪から飛び降りた、二人の男が地面に着地する姿を。
白い歯をきらりと輝かせ、親指を立てて見せるレガンテ。
その隣にはうっすらと笑う青髪の輝士アビッソもいた。




