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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第1章 旅立ち - girl meets boy -
36/800

36 兵舎潜入

 兵舎は市の最北部にある。

 フィリア大通りを逸れ、橋を渡ってしばらく歩くと、無骨な石造りの門が見えてきた。

 付近には小さな集合住宅と古びた一軒家が何軒かあるだけ。

 ルニーナ街に近いわりには周囲にはお店の一件もない。

 あまり人気が無い土地なのかもしれない。

 あ、よく見れば門の前にはレストランがある。

 でもまだオープンしていないみたい。八月開店って書いてある。

 この辺ももう少ししたら変わっていくのかもしれない。


 兵舎の入り口には見張りらしい衛兵さんが一人。

 フードを深く被って深呼吸をしてできるだけ自然に振舞いながら近づいた。


「あの、すみません」


 声をかけると見張りの衛兵さんは不審そうに私を睨みつけた。

 ベラお姉ちゃんから借りた輝士証を見せると途端に彼は顔つきを変えた。


「輝士さまから取り寄せるように頼んでおいた武具を運んでくるよう仰せつかったのですが、連絡は行き届いていらっしゃいますでしょうか?」


 歩きながら何度も頭の中で反復した言葉を告げる。


「む、むむ? 私は何も聞いておりませぬが……」


 衛兵さんはまだ若い男の人で突然の来訪者に戸惑っている様子だ。

 自分でも十分怪しいと思う。

 けど輝士証が本物である以上は無下に追い払うこともできないのは確か。

 ここは一気に押し切るしかない。


「困りましたね。輝士さまは明日の式典に参加するため今日中に王都に戻らなければならないのです。なので朝の内に武具を取ってきて欲しいと命じられたのですが、連絡の不備があったのでしょうか」

「し、しばし待たれよ。確認を取ってくるゆえ」

「構いませんが、見張り番がいなくなるのはマズイのではないでしょうか?」


 うわ、なんか自分で言ってて自分じゃないみたい。

 驚くほどすらすらと言葉が出てくる。


「た、確かに」


 危険な武具や重要な輝動二輪が大量に保管している兵舎の見張り役。

 万が一を考えると持ち場を離れるのは避けたいに違いない。

 ここは間違っても不法侵入を許すわけには行かない場所だから。

 私自身がその不法侵入者なんだけどね。

 かといって見張りの人に輝士の用件を断れるほどの権限があるはずもない。


「もしよろしければ私が直接武具を管理している方に伺ってもよろしいでしょうか? 輝士さまのお使いを果たせずに戻れば手ひどく叱られてしまいます。クビにでもなれば故郷の父母に面目が立ちません」


 よくもまあこれだけ出任せが言えるものだと自分でも感心した。

 ひょっとしたら私って意外とこういうサギ師的な仕事が似合っているのかもしれない。冗談だけど。


「う、うむ。ならば仕方ない。武具管理棟は正面奥北門手前にある三階建ての宿舎裏、輝動二輪厩舎の隣の赤い建物だ」


 やった! 輝動二輪の在り処まで教えてもらっちゃった。

 私は会釈をすると門を潜って兵舎内部に入り込んだ。

 後はバレないように輝動二輪を盗み出して北門から脱出するだけ。

 大丈夫、きっと上手くいく。

 ジュストくんを追わないといけないんだから失敗なんかしてられない。

 がんばれ、私!




   ※


 全面石畳の兵舎内を北へと向かう。

 兵舎内は思ったより狭くてすぐに三階建ての宿舎が見つかった。

 奥にある輝士通用門も確認できる。

 当然といえば当然だけど外側に向けた門にも見張りはいた。

 数は四人。内門と比べて警備は厳しい。

 見つからないよう抜けるのは無理そうだ。


 ともかくまずは輝動二輪のところへ向かう。

 赤い建物はすぐに見つかった。

 その隣が厩舎だ。見張りはいない。


 輝動二輪の保管所は厩舎と呼ばれている。

 乗用として馬を飼っていたころの名残だけど実際のところは飼育場ではなく整備工場だ。

 飼い葉の代わりにオイルの匂いが漂い鍬や鋤の代わりに工具品が散らばっている。


 中をのぞきこむとズラリと十台以上の輝動二輪が並んでいた。

 きゃあ、すごい!

 まっ赤な燃料タンクに重厚な輝動機関。

 おっきな二つの車輪。

 それを支える銀色のフレーム。

 市内で使われている中型の物とは見た目の迫力が違う。

 車体には南部古代語でRC900ロッソコリーニョと書いてある。

 機械(マキナ)技術の最先端にして集大成。

 それが目の前にある輝士用大型輝動二輪だ。


 どうにか一台だけでも拝借できれば隣の町まであっという間に辿り着ける。

 先に街を出たジュストくんにもきっとすぐ追いつける。

 幸い室内にも人影はない。

 日も昇り始めたし、あんまりモタモタしていると門番の人からも怪しまれる。


 その時ふいに不安が過ぎった。

 ベラお姉ちゃんは輝士証があれば輝動二輪を借りられるって言っていた。

 けれど街を出た後で返せるアテはない。

 後でこの輝士証がお姉ちゃんのだって知られたら、すごく迷惑が掛かるんじゃない?

 紛失した輝士証を悪用されて高価な輝動二輪を盗まれたなんてなったら……

 最悪、盗みの片棒を担いだって疑いもかけられてしまうかもしれない。

 お姉ちゃんの気持ちに恩を仇で返すようなことはしたくない。


 だったら……

 黙って借りちゃおう。

 バレなきゃいいよね?


 青い月明かりが差し込む厩舎内をぐるりと見渡す。

 先端に青い石がついた小さな金色の棒が束になって壁に掛かっていた。

 制御キー。これを車体に差し込めば輝動二輪は始動する。

 キーの一つを手にとって束から外す。

 このキーがどの輝動二輪を動かすためのものかは端から順に確かめてみるしかない。


 まずは一番右から。

 操縦桿の真ん中にある穴にキーを差込む。

 続いて回転させようとしたけれどいくら力を入れてもビクともしない。

 ハズレだ。

 次の輝動二輪を試そうと移動したら何かに躓いて足元がよろけた。

 慌てて手を伸ばすけど工具類を巻き込んだだけだった。

 盛大な音を立てて中身の工具をぶちまけてその上に倒れこんでしまう。


「いたた……」


 打ち付けた鼻先をなでる。

 フードが頭から外れ背中に落ちた、その瞬間。


「そこで何をしている!」


 眩い光が私の目に飛び込んだ。


「何者だ! 答えろ!」


 見回りの衛兵さんだ。手持ちの輝光灯を掲げ大きな声で威嚇してくる。

 ど、どうしよう! よりによってフードを外しているところを見られた!


「あ、あの、私は」

「女だと? 一体どうやって忍び込んだ!」

「ちが、その……」


 突然の事態にパニックに陥ってしまう。

 あわあわ、わーっ、どうしよう。

 さっきまでの冷静に嘘をついていた私はどこに行っちゃったの?

 やっぱり私サギ師なんてむりだぁ。

 そうこうしている内に声に呼び寄せられてさらに二人の衛兵さんがやってきた。


「あ、お前は!」


 そのうち一人はさっきの門番の人だった。

 よかった。この人に事情を説明すれば……


「なんだ知っているのか?」

「ああ、輝士様に頼まれたとかで武具を取りに来たらしい」

「そ、そうなんですよ。ちょっと迷っちゃって、それで暗くて迷って」

「そいつはおかしいぞ。俺は武具管理棟の番だがそんな話は全く聞いていない」


 二人の衛兵は顔を見合わせ、やがて頷きあうと腰の剣を抜いた。


「もう一度さっきの輝士証を見せろ」

「偽造か、それとも誰かが落としたものを拾ったのか。どっちにせよ兵舎の備品を盗み出そうとしたからにはただでは済まんぞ」


 ど、どどど、どうしようどうしよう!

 輝士証は本物だけど、盗みを働こうとしていたのも事実だから言い訳はできない。

 捕まったらこの輝士証がベラお姉ちゃんの物だってバレてお姉ちゃんに迷惑をかけてしまう。

 せっかく苦労して輝士になったのに私のせいでパァになっちゃったら?

 わあ、そんなの絶対ダメ!


 そ、それに、私だってタダじゃ済まないはず。

 ううん。私のことはどうでもいいんだけど、このまま捕まったらジュストくんも助けられない! 掴まるわけにはいかない!


 けど、どうすればいい?

 目の前には屈強そうな男の人が三人。

 しかもそのうち二人は剣を持っている。力じゃ到底敵いっこない。

 ならどうにか逃げ出さなきゃ! だからどうやって?


 そもそも逃げちゃダメだってば。

 輝動二輪を手に入れて外に出なきゃ。

 ああ私のバカ。

 大人しく厩舎番の人に輝士証を見せれば上手く借りれたかもしれないのに。

 そもそもなんで中に入る時に「武具を取りに来た」なんて言っちゃったんだろ。

 最初から輝動二輪を借りに来たって言っておけば見つかっても怪しまれないで済んだのにい。


「さあどうした。早く輝士証を――うごっ!」


 剣を持った衛兵さんの一人が呻き声を上げ、突然その場で崩れ落ちた。

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