352 ▽天輝士
「今回の選別会でベラ様が選ばれたら最年少、しかも史上初の女性天輝士の誕生ですね」
「そう簡単にはいかないよ。選別会に参加させてもらえるだけでも名誉なことだ」
天輝士選別会に参加する権利は、一応ファーゼブル王国に籍を置く輝士全員にある。
しかし実際に選別会に参加するのは、ある程度の功績がある人物だけだ。
経歴も長く、勇名を馳せた熟練の輝士がほとんどである。
ベラのような若い新米輝士が出場する例はほとんどなかった。
その理由はいくつかある。
まず、輝士団は頑強な縦社会である。
末端の輝士が先輩を差し置いて参加すれば己の立場を危うくしかねない。
血気盛んな若者もいないではないが、最後には上からの圧力に屈して出場を辞退するものだ。
また、選別会では上官とも争う可能性がある。
天輝士に選ばれたら階級を飛び越えて立場が逆転する。
しかし選ばれなければ明日からまた元通りの関係が続くのだ。
はたして、上官相手に剣を向ける度胸はあるだろうか?
しかし、ベラはそれらの問題をすべて無視して選別会への出場を決めた。
心配する声はあったが、上官からの直接的な制止は受けなかった。
とはいえ今後しばらく同僚からの風当たりは強くなるだろう。
「どうせなら、あのイヤミな部隊長をぎゃふんと言わせてやりましょう」
サポォは冗談を交えつつも本気で応援してくれる。
もちろんベラが本当に天輝士になれるとは思っていないだろう。
どうせ新米が参加したところですぐに敗退する。
ベラの参加を知った同僚は皆そう思っているに違いない。
身の程知らずが、どうせ選別に出れば己の未熟さを知るぞ……と。
だがベラは記念参加で満足するつもりはなかった。
来るべき時に備えるため、彼女は一介の輝士ではいられない。
天輝士は正式な階級の外にある役職である。
それゆえ、二つの特権が与えられている。
ひとつは完全に輝士団から独立した行動の権利が与えられること。
天輝士になれば、従来の指揮系統に組み込まれなくなる。
国王陛下以外からの命令はすべて拒否できるのだ。
隣国シュタール帝国の星帝輝士団も同様の権限が与えられていると聞くが、あちらは自分より上位の番号の者には従わなくてはならない。
もちろん天輝士にはそれに相応しい態度が求められる。
常に最前線で戦い続けること、それが絶対の条件だ。
先々代の天輝士であったベラの祖父も魔動乱期には常に輝士たちの先頭に立って戦った。
エヴィルの大群であっても恐れずに飛び込んでいく勇敢な輝士だった。
ふたつめは、天輝士になれば王家に代々伝わる伝説の剣を賜ることができること。
これは歴代天輝士の中でも特に功績があった者だけに与えられる特権である。
先代も、現任の天輝士も、その所有を認められてはいない。
最後にこの剣を手にしていたのは先々代……つまり、ベラの祖父にまで遡る。
もちろん、剣は天輝士の立場を退いた時に国家に返納している。
ベラはなんとしてもこの剣を手に入れたかった。
たとえ輝攻戦士になったところで、一人の輝士が持てる力には限界がある。
それ以上の力を得るためには、天輝士になって伝説の剣を手に入れるしかない。
ベラには力を得なければならない理由があった。
謙虚なフリを続けるのは自分の力を認めさせるまでだ。
「そうだな。天輝士になれば、サポォの給料にも色をつけてやれるものな」
「まぁ……」
ベラが何となく口にしたごまかしの冗談に、サポォは頬を赤く染めて喜んだ。
※
王宮中心部の吹き抜け。
そこには芝生に囲まれた噴水がある。
噴水前広場には選別会の受付小屋が仮設され、多くの輝士たちが集っていた。
「す、すごい人数ですね」
サポォはおどおどと落ち着かない態度で周りを見回している。
そんな彼女を従え、ベラは男たちの中を物怖じせず歩いていた。
受付小屋には二人の女給仕がいた。
書類上の手続きはすでに済ませてある。
後は参加資格のバッジを受け取れば受付完了だ。
「参加者でない者も皆、選別会を楽しみにしていたのだろう。王宮輝士にとっては数少ないイベントのひとつだからな」
手にしたバッヂを胸につけながら、ベラは小屋から出て周囲の輝士たちを見回した。
選別会は二年に一度行われている。
集団戦、戦技披露、模擬試合など、その内容は多岐に渡る。
ほとんど輝士たちにとっては、見学するだけでも一種の娯楽なのである。
国内最強の輝士は伊達ではない。
現在の天輝士であるヴェルデ氏は近年ずっと、ディフェンディングチャンピオンとしてこのお祭り騒ぎの主役を張り続けていた。
それでもあわよくば天輝士の栄誉を……と、意気込んで選別に参加する輝士は後を絶たず、今大会も三十を超える参加者が集まったようだ。
ほとんどが輝士として勤続十数年のベテラン輝士。
もしくは各部隊長クラスの猛者ばかり。
その中でも群を抜いて若いベラは、他の参加者たちから非常に浮いた存在であった。
同年代の若い輝士たちは、自らが世話をするベテラン輝士の傍に仕えながら、ベラの胸に燦然と輝く参加証バッジを羨望と侮蔑の入り混じった目で見ている。
「おい、小娘」
古ぼけた鎖帷子に身を包んだ輝士がベラの前に立つ。
年齢はベラよりふた周りほど上だろうか。
見慣れない顔だが、左肩のショルダーガードの模様には見覚えがある。
ファーゼブル北部の工業都市、フィリオ市所属の輝士だろう。
「そのバッヂ、まさか選別会に出場するつもりか?」
「だったらなんだ」
男の舐めるような視線を受け流し、ベラは堂々と言い返した。
「悪いことは言わねえ、記念参加ならやめておけ。見栄を張ってみたい気持ちはわかるが、あんたみたいな若い女輝士が上官から目を付けられたら輝士生命の終わりだぞ」
薄ら笑いを浮かべ、侮辱の言葉を吐く男。
その肩に別の輝士が手を置いた。
「おいおい、あまり新米をからかうな」
「どうせ最初の選別で失格になるんだし、公衆の面前で恥をさらす前に教えてやったほうが親切だろ」
「それはその通りだが……あんた、所属はどこだ? 名前は?」
「王宮輝士団西部方面隊第四部隊所属、ベレッツァだ」
ベラが所属と本名を名乗ると、輝士二人は訝しげな表情になる。
「ベレッツァ……どっかで聞いたことあるような名前だな」
「あ、こいつ先々代の天輝士の孫娘じゃねーか?」
「いかにもブランドは私の祖父だ」
輝士たちは互いに顔を見合わせて頷きあうと、からかうような嘲笑をベラに向けた。
「つまり爺さんの七光りか」
「天輝士に憧れる気持ちはわからんでもないが、本物の輝士の世界はお前が思っているほど甘くはない。夢を見るのはベッドの中だけにしておけ」
「どうせなら俺もその夢にご一緒させてもらいたいぜ。がははっ」
「私からも一つ、質問をしたい」
周りからの嘲弄はもとより覚悟の上だ。
この程度の輩に何を言われたところで腹も立たない。
ベラは声を荒げるでもなく、冷静な表情のまま彼らに尋ねた。
「貴様たちも選別会に参加するのか?」
だが、言葉は正直に感情を表してしまう。
所属が違うとはいえ、二人は先任輝士でもある。
貴様呼ばわりなど、本来ならば許されない非礼である。
「だったらなんだってんだ」
不遜な口の利き方が気に障ったのだろう。
最初に絡んできた男はピタリと下卑た笑いを止めた。
強く睨みを利かせながら、ベラの前へとにじり寄ってくる。
それで凄んでいるつもりか?
「べ、ベラさまぁ」
サポォが背中をつついた。
いつの間にか周囲の輝士たちの視線が集まっている。
ベラは気にもならないが、サポォは一刻も早くこの場を去りたいみたいだ。
だが、せっかくのチャンスなので、利用させてもらうことにする。
「お前たちは二つの後悔をするだろう。ひとつ、己の品格のなさを周囲に喧伝してしまったこと」
「なにぃ?」
「もうひとつは、その醜い顔を私に覚えられてしまったことだ。選別会では真っ先に恥を掻かせてやるから覚悟しておけ」
「な……」
あまりの発言に言葉を失う二人の輝士。
対照的に周囲にはざわめきと笑いが伝播する。
「ぷっ、くくくっ……」
「いいぞ、お嬢ちゃん! よく言った!」
公衆の面前で大見得を切った新米輝士。
からかうつもりが逆に馬鹿にされたベテラン輝士たち。
その構図は見物していた輝士たちの笑いを誘うに十分だった。
「てめぇ!」
男は顔を真っ赤にしてベラの胸倉を掴もうとする。
ベラは軽く後ろに引いてその手を避けた。
「うおっ」
勢い余ってよろける男。
周囲の笑い声が一段と大きくなる。
「どうした、祭りはまだ始まっていないぞ。踊るのは少し気が早いんじゃないのか?」
「このアマぁ……」
「おい、もう止めておけ」
男はさらに怒りに顔を歪めるが、もう一人の輝士の制止を受け、ようやく自分が周囲の笑い者になっていることに気付いたようだ。
振り上げた拳を降ろし、男はベラを睨みつける。
「……わかったぜ。望み通り、てめぇは大勢の前でひぃひぃイワせてやるよ!」
「新米イジメは本意ではない。だがこの無礼の代償は高くつくと覚えておくんだな」
低俗な捨て台詞を残し、フィリオ市所属の輝士二人は去って行く。
「ふん……行くぞ、サポォ」
「ま、待ってくださいベラ様」
周囲の注目を浴びながら、ベラは中庭を悠然と横断する。
サポォはその後ろを身を小さくしながら付き従った。




