330 もっと周りを頼って
「キキャアッ」
エヴィルの不愉快な声に振り向く。
魔犬キュオンが街の人に襲いかかろうとしていた。
「あ、あ……!」
目の前に迫った魔獣に立ち竦む男性。
いけない!
「火蝶――」
「おおおおっ!」
私が攻撃を放つより早く、横から疾風のように飛び込んできた軽装の中年輝士がいた。
その体にはキラキラと光を放つ輝粒子を纏っている。
輝攻戦士だ!
彼は魔犬の首を一刀で刎ね、おびえている男性に手を差し伸べた。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます……」
輝攻戦士のおじさんは男の人の肩を軽く叩く。
「アーチャー部隊、一斉射撃!」
張りのある掛け声とともに、通りの向こうから一斉に矢が射掛けられた。
輝鋼精錬された矢が命中すると、エヴィルは苦しそうな叫びを上げた。
「続いて第二、第四分隊は前へ! セアンス輝士の名に賭けて、ひとりたりとも犠牲者を出してはならんぞ!」
警察……じゃなかった。
輝士団のみんなが来てくれた!
「桃色天使様」
輝攻戦士のおじさんが謎の言葉を放つ。
…………
あ、私のことか。
「はい!」
「ここのエヴィルは我々が引き受けます。桃色天使様はどうか下がって休憩をとってください」
「あ、はい……いや、大丈夫です、まだ行けます!」
よくわからないけれど力が溢れている。
私はまだまだ戦えるし、戦いたい。
「でしたら申し訳ありませんが、西部隔絶街地区の応援に向かっていただけませんか? 他の繁華街に人員を裂いてしまった為、若干戦力不足になっているのです」
「わかりました!」
「それにしても、凄いですね……我々も急いで駆けつけたのですが、たったひとりでこれほどエヴィルの数を減らしてしまうとは」
「いちおう、大賢者の弟子ですから」
「ありがとうございます。新たな時代の英雄殿」
輝攻戦士のおじさんはその場で肩膝を突いて頭を下げた。
や、やだな、そんなに畏まらなくても……
正式な輝攻戦士なんて相当に偉い人でしょ?
私なんて輝術が使えてエヴィルを一〇〇体くらい倒せるだけの普通の女の子なんだから。
「では、どうかお気をつけて……」
「はい!」
私はこの場を彼らに任せ、西部隔絶街地区へと向かった。
※
飛んでいる途中で、西部隔絶街地域に向かっている輝士団を追い越した。
輝攻戦士が先行していたけれど、周りのペースに合わせているから、もう少し到着には時間が掛かりそうだ。
隔絶街にはあまりいい思い出がないからできれば入りたくない。
けど、エヴィルに襲われているのに放っておくわけにはいかない。
繁華街と違って住民は少ない。
だけどエヴィルの攻撃に耐えられるような建物も少ないはずだ。
私は火飛翔を二重にかけ、炎の四枚翅を拡げてさらにスピードを上げる。
あ、ついでに。
「火霊治癒!」
さっきキュオンにやられた部分に意識を集中。
傷は一瞬だけ炎に包まれ、次の瞬間には完全に塞がっていた。
なんだ、火の治癒術もできるじゃない。
なんでも試しにやってみるものだね。
すぐに街壁が見えてきた。
思ったよりも速く西部隔絶街に辿り着いたぞ。
そこには私が思っていたのと全く違う光景があった。
「うおおおおっ!」
雄叫びを上げながら拳を奮い、次々とエヴィルを蹴散らしていくヴォルモーントさん。
「東部工業地帯に向かったはずじゃ……?」
ともあれ、上から見学してるわけにもいかない。
隔絶街とはいえ、街中で彼女が全力で暴れることはできない。
拳だけでも鬼のように強いけれど、一匹ずつエヴィルを倒していくのは相当に体力を使うはずだ。
すでに敵はほとんど残っていない。
かなりの数をやっつけたみたいだけど、ヴォルモーントさんの顔にはかなり疲労の色が見える。
「火蝶乱舞!」
急降下しながら援護する。
十七匹の火の蝶はすべて正確にエヴィルの額に命中。
うち十四匹が宝石に変わった。
ヴォルモーントさんが一瞬のうちに弱った三体のエヴィルを葬り去る。
「キッキァ!」
最後に残った二体のラルウァが彼女を襲う。
私は着地と同時に閃熱白蝶弾で片方をやっつける。
もう一体はヴォルモーントさんの一撃であっさりと頭を打ち砕かれた。
えっと……これで終わりかな?
私はヴォルモーントさんの隣に降り立った。
どうやら付近の住民はもう避難しているらしく、人の気配はほとんどしない。
「えっと、大丈夫ですか?」
ヴォルモーントさんが黙っているので、恐る恐る声をかけてみる。
はっきり言ってエヴィルなんかよりこの人の方がずっと怖いよね。
「……平気よ。ありがとう」
余計なことするな!
……とか、怒鳴られたらどうしようかと思った。
けど、意外にも彼女の口から出たのはそんな優しい言葉だった。
「あの、東に向かったんじゃなかったんですか?」
「そっちはもう片付けたわ」
え、まじで?
途中、ちょっと寄り道していたとはいえ、エヴィル襲撃の放送が入ってから三十分も経っていない。
その間に一箇所を片付けて、こっちもほとんど終わらせたなんて……
素手だけで合計一〇〇〇体近いエヴィルをやっつけたってこと?
これが最強の輝攻戦士、星帝十三輝士の一番星。
私が心配する必要なんて全然なかったみたい。
「あ……怪我してる」
彼女の体を見ると、エヴィルの攻撃にやられたのか、無数の傷が残っていた。
特にわき腹は大きく出血していて、服を黒く染めている。
「これくらい平気よ。それより、早く次の襲撃地点に向かわないと」
「ちゃんと治療しなきゃダメです! それに、残った二箇所も輝士団や私の仲間が向かってますから、慌てなくても大丈夫ですよ」
今にも飛んでいってしまいそうなヴォルモーントさん。
私は彼女の腕を掴んで、無理やり風霊治癒をかける。
「怪我を治すのはあんまり得意じゃないですけど……」
さすがに火霊治癒を他人に使うのは気が引ける
私は痛みを感じないからいいけど、普通の人はかなり熱いだろうし。
「無理してなんでも一人でやろうとしないでください。たまには周りを頼ってもいいんですよ」
放っておいたら彼女は全てのエヴィルを一人で片付けようとしてしまう。
最高の輝攻戦士相手になにを偉そうなことをって思われるかもしれないけど、誰かに助けれもらえるだけで、かなり楽になるってことは知ってほしい。
そういう私も、さっき身に染みて感じたばっかりだけどね。
「そうね」
ヴォルモーントさんはフッと笑った。
彼女の腕から力が抜ける。
私の治癒の術に身を任せてくれる。
ゆっくり、ゆっくりと彼女の傷が塞がっていく。
やっぱり風系の術には不慣れなせいか、かなり時間が掛かった。
ある程度傷が塞がると、彼女は私の手を掴んで体を離した。
「もう良いわ。ありがとう」
「すぐに動くと傷が開きますよ。少しでいいから休んでください」
南部繁華街は輝攻戦士もいた。
北部にはジュストくんとフレスさんが向かった。
ヴォルーントさんは十分戦ったし、ちょっとくらい休憩した方がいい。
「ククククク……」
と、どこからともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。
「誰だ!」
ヴォルモーントさんが叫び、私たちは周囲を見回した。
ボロ家の屋根の上。
そこに誰かいる。
パッと見は普通の人間……
けれど、よく見れば顔色は人とは思えないほど青ざめている。
重力を感じさせない逆立った髪からは二本の鋭い角が突き出ていた。
ヴォルモーントさんはそいつを見上げて言った。
「妖魔型エヴィル……いや、ケイオスか」




