320 なんだかイライラ
「勝手なことをして、議会に乗り込むなんて何を考えてるんだ!」
「け、けどっ」
うわあ、やっぱり怒られた!
でも私だって、まさかこんなところに連れられるとは思ってなかったもん!
なんとか派議員の家に行って意見を伝えるくらいに思ってたし……
ジュストくんはやれやれと肩すくめ、珍しく厳しく注意をした。
「王国とは形態が違うだけで、ここは立派な輝工都市の行政機関なんだ。不用意な発言をしたらそれだけで罪に問われる可能性もあるんだぞ」
「ううう……」
怒っているのは私を心配してのことなのはわかる。
けど、やっぱり納得いかないよ。
っていうか、悔しい!
だってあの人たち、本当に自分たちのことしか考えてないんだもん。
その怒りをぶつけるってわけじゃないけど、私は思い切ってジュストくんに反論した。
「じゃあ、ジュストくんは放っておけるの? このまま輝士団が働かなかったら、周りの町がエヴィルに滅ぼされちゃうかもしれないのに!」
「そうは言ってないよ。ただ、議会に乗り込んでも意味がないって言ってるんだ」
議員たちは私たちの力や活躍には興味を示した。
けど、私が語った危機については全く無視された。
あの中には町村の代表も混じってる。
だから市外の脅威を知らないはずはないのに。
知った上でなお、アンデュスの発展にしか興味がないんだ。
そりゃ、自分たちの暮らしを豊かにするのも大事かもしれないけどさ。
そんなのって自分勝手過ぎるでしょ!
「外までご案内します」
やるせない気持ちになっていると、警察団の人が私たちの前に現れた。
別に案内なんかいらないけど、断るとカドが立つかもしれないので、素直についていく。
「あなたたちも、以前は輝士団に所属していたんですよね」
ジュストくんが警察団の人に話しかける。
その人はしばらく無言だったけど、やがてボソリと質問に答えた。
「はい。セアンス輝士団、東部方面部隊に所属していました」
「それなのに、外のエヴィルを放っておけるんですか」
「今はアンデュス警察団の一巡査です。市内の警備が我々の仕事ですから」
「輝士としての誇りはないんですか」
イライラしているのはジュストくんも一緒みたいだ。
普段はない棘が彼の言葉の中にも含まれている。
「エヴィルと戦うことは怖くありません。しかし、議会の命令に背くわけにはいかない。それはただの反逆だ。あなたが王国の輝士なら、自国の国王に逆らえますか?」
そう言われたら返す言葉もない。
私たちは沈んだ気持ちで議会を後にした。
※
釈然としないままホテルに戻る。
ビッツさんは相変わらず部屋で本を読んでいる。
ラインさんはフレスさんと一緒にどこかへ出かけたみたい。
ジュストくんが部屋で「薬の材料を買ってきます」と書いたメモを発見した。
一瞬、何の薬かと迷ったけれど、すぐに私の痛み止めだとわかった。
そういえば頼んでおいたんだっけ。
ジュストくんと二人で夕飯を食べるけど、気分は晴れない。
「これからどうしよっか」
エヴィルストーンも売れず、輝士団の周辺町村への派遣要請も通らなかった。
町長さんに頼まれた小包は渡せたから、ここに来た目的は果たせたけど……
やっぱりこのままじゃ後味が悪いよねえ。
外に出るだけなら飛んで城壁を越えることもできる。
だけど、そうすると輝動馬車を持ち出すことはできない。
先を急ごうにも、議会を何とかしなきゃ街を出ることもできなさそうだ。
「食べ終わったらちょっと出かけてくるよ」
「こんな時にも修行?」
「いや、ちょっとね」
ジュストくんは言葉を濁した。
輝攻戦士化を頼まれなかったので、本当に修行じゃなさそうだ。
そういえば、この街は夜の遊ぶところも多いみたいだけど……
ぶんぶん、まさかね。
ジュストくんに限ってそんなことはないよね!
結局、ジュストくんは行き先を継げずに出て行った。
私は彼を見送って客室にに引きこもった。
暇つぶしに本を読んでいると、部屋のドアがいきなり開いた。
そこにいたのは幼少モードのカーディだった。
「ただいま」
「どこ行ってたの?」
この街にやって来て以来、カーディはずっとどこかに行っていた。
会いたい人がいるみたいなこと言ってたけど、その人を探してたんだろうか。
「別に。それより喉が渇いた」
喉が渇いたと言いつつ、カーディはカップを用意するでもなく私に近づいてくる。
彼女が欲してるのは水やジュースじゃなく、私の輝力だ。
何日かに一回、私はカーディのかわきを癒すための輝力を提供する。
輝力を渡す方法と言えば、もちろん口移し。
「もう、カーディ愛してるっ!」
「とち狂うなっ。触れるだけでいいって言ってるだろ!」
覆いかぶさった私はお腹を思いっきり蹴り上げられた。
悶絶する私の横を抜けてカーディはするりとベッドから抜け出る。
そして改めて私の首筋に触れると、指先から強引に輝力を吸収していった。
「おまえはどんどん変態になっていくな……」
「けほけほ……で、どこに行ってたの」
「人探し」
「誰を探してたの? 知りあい?」
「知り合いって言うか……まあ、ちょっとね」
「教えて」
「教えない」
ええい、なんでみんな隠し事ばっかり。
そんなに私に話したくなのかっ。
そんなに信用できないのかっ。
みんな仲間だと思っていたのに。
「なんで泣いてるの」
「べつに」
悲しくなんてないもんね。
目にゴミが入っただけなんだから。
すねている私を無視して、カーディはごろりとベッドに横になる。
「どうせ外には出れないんだから、今晩も泊まっていくよね」
そう言って、目を閉じるカーディ。
こうやって寝てる時の姿は超かわいいんだけどね。
下手なことしたら本気でころされそうだから何もしないけど。
もういいや、私も寝る。
今日はイライラすることばっかりだったなあ。
ペーシュちゃんの笑顔でも思い浮かべながらさっさと寝ちゃおう。
ねるよ、ねるち。
おやすみなさい。
※
「ん……」
寝返りを打った拍子に意識が覚醒する。
……いま何時だろう。
髪がベトベトして気持ち悪い。
そういえばお風呂に入るの忘れてた。
しかも外から帰った時の格好のままだ。
一度目が冴えると、細かいことが気になって眠れない。
「………………蛍光」
輝光灯をつけるのも面倒なので、明かりの術を唱えて部屋を明るくする。
隣のベッドで寝ていたはずのカーディの姿がない。
時計を見るとまだ十時半。
夜とはいえ、まだまだみんな起きている時間だ。
カーディがどこに行ったのかも気になる。
探すついでにお風呂に入ってこよう。
「あ」
廊下に出ると、ラインさんの姿が視界に入った。
「ラインさ……」
声をかけようとして、彼の様子がおかしいことに気づく。
目は開いているけれど視点が定まっていない。
その姿はまるで幽鬼のよう。
歩いているというより。何者に操られてような、虚ろな足取りだ。
あれは間違いなく、カーディが中に入ってる。
それも、ラインさんの意識を残さない、完全な支配化に置いた状態だ。
吸血鬼騒動のとき、カーディは夜な夜なラインさんを操って『食事』を行っていた。
私が輝力を供給している今は隠れて食事をする必要はないはずだ。
というより、私自身がカーディの食事だし。
カーディはさっき私から輝力を吸い取ったばかり。
激しい戦闘でもないかぎり、丸二日は持つはずなんだけど。
人を襲うためじゃない。
だったら、街を徘徊する理由はなんだろう。
私は気になって、こっそりと彼女の後をつけることにした。




