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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第1章 旅立ち - girl meets boy -
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31 抹消された記録

 訳がわからないまま待合室に連れて行かれると、うちのお父さんが待っていた。


「どうもすみません、娘がとんだ迷惑をかけまして……」

「いえいえこちらこそご足労をかけました。それにしても災難でしたな」


 突然態度を変化させたおじさんには何か違和感がある。


「ああ、まさかジュスト君が違法な洗礼を受けていたとはな」

「私どもも驚いております。まあ軽い処罰では済まないでしょうな」

「なっ!?」


 なにそれどういうことなの!?


「お父さん、違法な洗礼って……」

「帰るぞ」


 お父さんは私の言葉に耳を貸さず強引に腕を引いて連れ出そうとする。


「離して!」

「言う事を聞きなさい。これ以上みなさんに迷惑をかけるんじゃない」

「ジュストくんは犯罪者なんかじゃない!」

「王宮の承諾を得ず勝手に輝攻戦士になることは重犯罪だ」


 え、そ、そうなの? 

 ……ああ、そっか。

 ジュストくんは知ってたんだ。

 勝手に輝攻戦士になることが悪いことだって。

 別れ際に見せた悲しそうな表情の意味を考えると泣きたくなる。


「でもジュストくんは悪くない! だって輝攻戦士になったのは私が――」

「いい加減にしろ!」


 ひあっ! 

 び、びっくりした。

 いきなり怒鳴らないでよっ。


「彼を気に入っていたのはわかるが彼が不法に輝攻戦士になったのは事実なのだ。まだ証拠は見つかっていないが時間の問題だろう」


 何を言ってるの?

 私が彼を輝攻戦士にさせたって言ってるじゃない。

 証拠なんて見つかりっこないよ


 そう言おうとして、はたと気がついた。

 お父さんなんだ。

 お父さんが裏で取引をしたんだ。

 機械技術の大家であるお父さんは街の偉い人にけっこうなコネを持っている。

 それを利用して私に疑いが掛からないようにしたんだ。


「……家に帰ったら少し話をしてやる」


 振り返りながら、お父さんがぼそりと呟く。

 もちろん私もそのつもり。

 聞きたいことも言いたいことも山ほどある。

 輝動馬車を降りて家路に向かう途中、私たちは一言も喋らなかった。




   ※


 家に着くなり荷物を乱暴に放り投げる。

 私が玄関の戸を閉めるのを確認してすぐお父さんは私を問い詰めた。


「いったいどうしてお前は自分が隷属契約(スレイブエンゲージ)をできるなどと知ったんだ」


 今まで見たことのない厳しい顔だった。

 お父さんは私が小さい頃からベラお姉ちゃんに世話を任せっきりで、大きくなってからもほとんど無関心だった。

 ケンカしたことはもちろん怒られた記憶もほとんどない。

 そんなお父さんが見たこともないような表情で怒っている。

 けど怯んだりしない。

 私だって怒っているんだから。


「そんなの知らないよ。できると思ってやったら本当にできちゃっただけだし」


 そっぽを向いてわざとぶっきらぼうな口調で答える。

 さすがに普段から輝術師になって大活躍する夢を見ていたとかは言わない方が良い気がした。

 頭がヘンになったと思われるだけだろうし。


「そうか、やはり目覚めてしまったか……」

「どういうことよ!」


 私に天然輝術師の素質があったってこと、お父さんは知っていたってわけ? 

 それになにか理由があるってことも?

 お父さんは上着を脱ぐと黙ってリビングに向かって行った。

 私もその後を追う。

 お父さんは振り返らずに低い声で呟いた。


「着がえてくる。荷物を置いたらリビングに来い」


 着替えを待っている間、私は二人分の紅茶を淹れリビングでテーブルに着いた。

 お父さんの分の紅茶なんて砂糖二杯しかいれてやんないもんね。


「天然輝術師はこの世に存在してはいけないのだ」


 シャツにショートズボンという軽装に着替えたお父さん。

 正面の席に座って紅茶を一口啜るといきなりよくわからないことを口にした。

 その言葉が頭に浸透するまで数秒。

 それでも意味がわからずに聞き返した。


「……何を言っているの?」

「なぜ天然輝術師が空想上の存在だと言われていると思う?」


 なんでって言われても……


「数が少ないからあまり見つけられなかったとか?」

「違う。天然輝術師は存在が確認され次第すぐに国家によって存在を抹消されるからだ」


 抹消って?


「当人を拘束し極秘裏に処刑。もしくは永遠に日の当たらない場所に閉じ込める」

「なんでそんなこと……!」


 思わず席を立ちかけた私をお父さんは手で制する。


「落ち着いて聞け。この国では、いや現在のミドワルト(人間世界)では五大国がそれぞれ輝鋼石を管理することで平和が成り立っている。輝鋼石は大国を大国たらしめている力の源だ。それ以外の力を認めればそれは大きな混乱を呼ぶ要因になり得るのだ」


 現在の五大国――他と比べて遙かに強大な力を持つ五つの大国――ができる前、ミドワルトでは人間同士の争いが何十年も続いていたと歴史で習った。

 五大国ができてから魔動乱以外で平和が乱れたことがないということも。


「だ、だからってちょっと大げさすぎるんじゃ」

「たった一人の天然輝術師のせいで滅んだ国は歴史上でいくつもある」


 そんなのうそでしょ?

 歴史は決して得意じゃないけれど、そんな話は聞いたことないよ。


「もちろん一人の人間が国を滅ぼせるわけではない。ある者は神の使いと呼ばれ、ある者は革命の旗印として祭り上げられ反体制の象徴となったのだ。そのために滅んだ国家は枚挙にいとまがない。現在の五大国が成り立ち人間同士の戦争が終わった時、天然輝術師の存在は歴史から抹消された」


 だからって平和になった現代でも天然輝術師を、殺すの?

 なにも……私はなにもしていないのに。


「……いつからお父さんは私が天然輝術師だって気づいたの?」

「お前が二歳の時に謎の高熱を出して入院したのを覚えてるか?」

「そんなの知らないよ」

「幼かったから無理もない。それはリムが……お前の母親が亡くなった直後のことだった」


 お母さんのことは散々聞かされているけれど自分の記憶の中には何も残っていない。

 でも小さい時の事なんて覚えて無くて当たり前だと思う。


「治療の際に身体検査を受けた時、お前が常人とはかけ離れた輝力を宿していることが判明した。もちろん当時の担当医師には多額の金を積んで口止めさせたが」

「もし私が天然輝術師だってばれてたらどうなってたの?」

「いくら私でも庇いきれない。お前は衛兵に連れて行かれて誰にも知られず極秘に処分されていたことだろう。おそらく私も何らかの形で処罰を受けたはずだ」


 ゾッとする話だった。

 記憶も残らないほど小さい子が、なんの罪もないのに。

 ただ人にはない力を持っているだけで殺されないけないなんて。


「何かの間違いであってほしかった。リムを失い、続けてお前まで失うことに俺は耐えられなかった。だから俺は自分の立場を利用して事実をもみ消してお前が天然輝術師であることを隠そうとした……わかってくれ」


 話を終えると、お父さんはすっかり黙ってしまった。

 客観的に見れば気持ちはすごくわかる。

 何をしてでも私を守りたいと思ってくれたことには感謝したい。

 おかげで私はいまこうして生きているんだから。

 でも、そんなお父さんに私ははっきりと言った。


「それでも罪をジュストくんに被せるのは、酷いよ」


 今回も私のためにお父さんが嘘をついてくれたってことはわかる。

 けどそれとこれとは話が別。

 いくら私を庇うためとはいえジュストくんを生贄にするなんて。

 そんなの絶対に納得できない。

 他人の命を犠牲にしてまで守られたいとは思わない。


「騒ぎを収めるためには仕方がなかったんだ。それに隷属契約を受け入れた彼自身の自業自得とも言える」


 なんなの、その言い方は……

 ジュストくんを何だと思っているの。

 知り合いの子どもなんじゃなかったの?


「それでも悪いのは私でしょ? 今からもう一度行って本当の事を言ってくる!」

「そんなことをしたら私でも庇いきれなくなる。いい子だからしばらく大人しくしているんだ」


 こんな時だけ子ども扱いして!


「しばらくってどれくらいよ」

「彼の裁判が終わり処分が決定するまで。よくて二、三日……長くて一週間か」

「……私、行ってくる!」


 勝手なことばっかり言って!

 もう知らない、お父さんなんて!


 どうにかして罪が確定する前にジュストくんの潔白を証明しなきゃ。

 それで私が罪に問われたからってそんなの関係ない。

 だって全部私が悪いんだもん。

 何も知らずに軽い気持ちで隷属契約なんかした私が悪いんだから!

 力いっぱいドアを開けてリビングを飛び出した瞬間。


「え……あれ?」


 突然、強烈な眠気に襲われた。

 まるで頭に霧がかかったような……


 なに……これ……

 全身から力が抜けていく。

 抗えない心地よさが無理矢理私の意識を奪っていく。


「彼には申し訳ないと思っている。だが私はリムと約束したのだ」

「お父……さん……?」


 眠り薬を……?

 足から力が抜ける。

 倒れそうになった私の体を大きな腕が支えた。


「ひどいよ……」


 抗議をしようにももう瞼を開けていることすらできない。


「お前の命だけは絶対に守る。今は私を恨んでもいい。だからしばらくジッとしていてくれ――」


 お父さんの言葉が次第に遠くなる。

 最後まで声を聞くことはできなかった。

 意識が闇へと落ちていく。

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