308 王子様への返事
セアンス共和国に入って、最初の町に辿り着いた。
そこはパクレットっていう大きな町だった。
「セアンス共和国は各輝工都市を中心に町同士の繋がりが非常に強く、ほとんどの町村にもしっかりと中央の文化と行政が行き届いています。だから輝鋼石を持たない普通の町でもそれなりに栄えているんですよ。ちなみに、ミドワルトで最初に輝工都市ができたのもセアンス共和国です」
聞いてもいないのにラインさんが解説する。
でも確かに、ここは小国の王都くらいはありそうな町だ。
輝工都市を除けば、これまでに訪れた中で一番大きい町かもしれない。
「この町の特徴といえば、やはり毎年行われている剣術大会でしょう。かつての鋼議騒乱の舞台となったという歴史的経緯もあって、ここからは今も数多くの名のある輝士を輩出しています。ちなみに鋼議騒乱とは百年前にシュタール帝国と旧セアンス王国の地方領主が武力衝突寸前にまでなった事件でして、歴史家の間ではそれが後の王家打倒の革命の要因になったとの通説が……」
ラインさんの説明はまだまだ続く。
私は別に興味がないので、聞き流しながら通りの景色を眺めた。
三階建ての建物が通りの左右に立ち並ぶ。
屋根は鮮やかな赤色で統一されている。
建物の一階は商店になっている。
これで奥にお城でも見えれば、少し小さめの輝工都市って感じ。
ただ、輝動馬車は通らないから道幅はそれほど広くない。
中央には細長い花壇が伸びていて、カラフルな花の道になっている。
等間隔に植えられた常緑樹が、冬も近いっていうのに元気よく葉を茂らせていた。
「綺麗な町だね」
「そうですね」
同じように辺りを眺めながら歩くフレスさんが同意してくれた。
ジュストくんはラインさんの話に耳を傾けている。
「その剣術大会って、部外者でも参加できるんですか?」
「受付さえすれば誰でもできますよ。ただし、剣以外の武器を使用することは禁止されていますけど」
どうやらジュストくんは剣術大会に興味があるらしい。
今がちょうど大会の時期らしく、よく見ればあちこちにポスターが貼ってあった。
うーん、強くなることに一生懸命なのはいいんだけどねえ……
久しぶりに町に着いたんだから、休むとかお店を見て周るとかすればいいのに。
たとえば私と二人きりでショッピングとかどうでしょう?
「ジュストくん、剣術大会に出たいの?」
「うん。せっかくだからね」
「輝攻戦士は不可なんでしょ? 修行には必要ないんじゃない?」
「そんなことないよ、生身での剣術技量は輝攻戦士化した時にも大きく影響するし。それに、対等な条件でいろんな人と戦えるチャンスなんてめったにないしね」
そういうもんかなぁ。
まあ、止める気は全然ないけどね。
大会開始が三日後。
それまではゆっくりできるよね。
私も久しぶりに羽をのばしちゃおうかな。
って、そんな訳にもいかないか。
夜はカーディの地獄の特訓が待ってるんだし。
はあ、それを考えたらどっと疲れが湧いてきたよ……
ふと見ると、ラインさんが剣術大会のポスターをじっくりと眺めていた。
「面白そうだね、わたしも出てみようかな」
全員の注目がラインさんに集まる。
「ボ、ボクが言ったんじゃないですよ」
わかってるよ。
「本気なの?」
私はラインさんの中のカーディに聞いた。
普段のカーディなら、絶対にこんなこと言わないのに。
基本、カーディは戦うことに面倒くさがり。
エヴィル相手の戦闘もほとんど参加してくれないし。
よっぽどのピンチになるまでケイオス相手でも手伝ってくれない。
ラインさん(カーディ)がポスターを剥がして手に取った。
その好戦的な表情から、体の主導権はカーディの方にあるのは間違いなさそう。
「運が良いことに大会は夜だ。久しぶりに体を動かすのも悪くないかなってね」
実にカーディとは思えないセリフだよね。
別に、本人がやる気なら止める理由はないけど……
まさか参加選手の輝力を吸い取ったりしないでしょうね。
「もちろん、正体は適当にごまかすよ」
ラインさんは口から光の球を吐いた。
光は次第に大きくなり、幼少カーディの姿になる。
「ちょ、こんな場所で実体化してっ。誰かに見られたらどうするの」
「誰も見てないよ」
慌てて左右を見回す。
幸いにも誰もこちらに注目してなかった。
「というわけで、しばらくは敵同士だね」
カーディは上目遣いで(←かわいい)ジュストくんに言うと、くるりと背を向けて歩き出した。
「どこいくの?」
「準備運動。大会の日までは戻らないから、適当に過ごしてて」
準備運動?
カーディが?
どうしちゃったんだろう、この子。
人を痛めつけるのは好きだけど、自分が努力するのはすごく嫌いなのに。
あれ、ちょっと待って。
ってことは……
「私の夜の修行は?」
「しばらく無し。適当に羽を伸ばしてればいいよ」
そう言って、カーディは一人雑踏の中に紛れてしまった。
よっしゃ!
※
五階建ての大型ホテル(輝工都市じゃなくてもホテルって言うみたい)の自室で、私はベッドに仰向けに寝そべって、何をするでもなく天井を眺めていた。
「ひまだ……」
ナコさんの一件以来、私はケイオス戦の後でも熱がある日でも、毎晩毎晩カーディ相手に過酷な特訓を繰り返してきた。
いや、実を言うと稽古をつけて欲しいってのは、私から言い出したことなんだけどね。
カーディはそれに素直に付き合ってくれていた。
とはいえ特訓は非常に過酷で、毎日のように後悔してたんだけど……
毎晩の地獄から解放されてみれば、不思議と物足りない気分だ。
まあ、町中で輝術の練習をするわけにもいかないし。
素直に休息を取るしかないんだけどね。
なんだか修行をしてないと不安になっちゃう。
ああ、私ってばすっかりインドア派じゃなくなってるなあ。
これってスポーツ選手の感覚?
コンコン。
誰かがドアをノックした。
「ルーチェ、いま大丈夫か?」
ビッツさんの声だった。
「はい。あ、ちょっと待って……」
私はベッドから起き上がった。
まくれたシャツを直し、改めて声をかける。
「いいですよ」
「失礼する……すまないな、休息中に」
「ううん、何か用事?」
まだ日が暮れたばっかりで、そんなに遅い時間でもないし。
私は部屋の隅にあった椅子を彼に差し出した。
「ちょっと、話しておきたいことがあってな」
ビッツさんは受け取った椅子に腰かけると、心持ち神妙な顔つきになった。
なんだろう、何かあるのかな。
「ジュストにはもう話したのだが」
「何を?」
「私はそなたたちと別れようと思っている」
えっ!
「な、なんでですかっ」
「突然ですまぬ。しかし、前々から決めていたのだ」
そういえば、最近のビッツさんは不自然に黙ったり、一人で考え事をしてることが多かった。
けど、いきなり別れるなんて……
「ひょ、ひょっとして、私たちと一緒にいるのが嫌になったとか……?」
恐る恐る尋ねてみる。
ビッツさんは否定するように笑った。
「そういうことではない。実は、クイント国に戻ってやりたいことができたのだ」
「その、やりたい事って?」
「今はまだ言える段階ではないが、国に帰る前にセアンスの首都へ赴こうと思っている。世界の知が集まるあの場所なら、学べることも多いだろうからな」
セアンスの首都は私たちの旅のルートには含まれていない。
そこを目指すなら、この辺りで別れなきゃ遠回りになってしまう。
ビッツさんはクイント国の王子様。
元々、彼が私たちに同行している理由はよくわからない。
私のことを、その、好き、だって言ってくれたのは覚えてるけど……
旅の間は恋愛とかそういう禁止って約束をしてから、そんな素振りは見せなくなったし。
いま思えば、あれは冗談だったような気がする。
とはいえ別れるとなるとやっぱり寂しいなって思うよ。
ダイと別れたばかりなのに、ビッツさんまでいなくなっちゃうなんて。
「いつごろ別れる予定なんですか?」
「そなたらがこの町を旅立つ時……ジュストが参加する剣術大会が終わってからにしようと思う。まずは西方にあるアンデュスという輝工都市に向かい、そこから首都ルティアを目指そうと思っている」
そっか。
そこまで決めてるなら、引き留められないね。
「寂しくなりますね」
「そう言ってもらえるのはありがたい、が」
ビッツさんが椅子から立ち上がり、私の隣に座る。
な、なに? 至近距離でそんなに見つめて……
「ルーチェ」
「は、はいっ」
うわ、声が裏返っちゃった。
「最後に、もう一度だけ返事を聞きたい」
「な、なにのですかっ」
「そなたが好きだ。私の嫁になってくれないか」
わ、わわわわわっ。
そんな突然……ぷろぽおず!
ってか、やっぱり好きって本気だったのっ?
ビッツさん、律儀に恋愛禁止って約束を守っていただけだったんだ。
「約束を破ってすまない。だが、別れる前にどうしても答えが聞きたかったのだ」
「あの、私はっ」
「覚悟はできているつもりだ。はっきりとそなたの言葉が聞ければよい」
そ、そんな。
私だって、心の準備が。
ええと、あの、でも、その、ビッツさんのことは嫌いじゃないし、でも私はジュストくんが、いやいや私には立派な輝術師になって、新代エインシャント神国に向かうっていう目的があって、それで恋愛とかはちょっと考えないっていう約束が、ああだからビッツさんは別れるからもうその約束もおわりで、でも私はジュストくんが、けれどビッツさんこんな真面目で真摯なのに!
私があたふたしていると、ビッツさんはやがてフッと笑った。
「困らせてすまなかった。言わずとも、そなたの心はわかっていたのにな」
「あ、いやその」
「そなたは優しいから、私を傷つけないための言葉を探してくれていたのだろう?」
いや、本当になんて言ったらいいかわかんないだけで……
「そなたは今まさに一流の輝術師として大成しようとしている。そんな大事な時に、些末な私事で悩み事を増やすわけにはいかぬよな」
ビッツさんはベッドから立ち上った。
ドアの前まで歩き、そこで私を振り返る。
「失礼した。どうか今夜のことは忘れてくれ」
「ビッツさんっ――」
「ありがとう。私はそなたと過ごせただけで満足だった。離ればなれになっても、そなたのことは一生涯忘れないだろう」
呼び止めてはみたけれど、私はかける言葉を思いつかなかった。
ビッツさんは最後に優しく微笑むと、自分の部屋へと戻っていってしまった。




