3 午後の授業
「このように輝力とは光とよく似た性質を持つエネルギーです。この基本原理が全ての輝術の基礎というのは皆さんご存知の通り――」
後ろに行くに従って高くなる段々の上に半円状に机が並べられた教室の中心で輝術講義の先生が教科書を片手に催眠音波を発して……もとい講義を続けてる。
「ねむい……」
先生の声そのものが眠りを誘う術に感じられる。どうやったらあんな声で喋れるんだろう。
私は気を抜くとくっつきたがる瞼を気合でこじ開け眠気と格闘した。
「あれだけ寝といてまだ寝る気?」
教科書を立てて顔を伏せているとナータが小声で話しかけてきた。私達は移動教室ではいつも隣に座るの。
「昨日ほとんど寝てないの」
「あら。珍しく勉強でもしてた?」
「『セアンス冒険記』の新刊を読んでたらつい一巻目から読み直したくなっちゃって」
ナータはジト目を向けたあとそっぽを向いて掌を上に向けて「やれやれ」ポーズをとった。
そんな呆れなくってもいいじゃない……だっておもしろいんだもん。
広大な世界、未知の冒険、襲いかかる邪悪な敵! 勇気と智恵と友情で乗り切る五人の仲間!
憧れちゃうよねえ。ふわああ。
「輝力を術として発現する際、具現化させるための言葉を介するのはご存知の通り。これを輝言といい多くの場合は北部古代語を用います。もちろん輝鋼石の洗礼を受けていなければ輝言は発動の鍵としての力を――」
先生は相変わらず催眠音波を放出し続けている。
でも今度こそ頑張って起きてなきゃ。また居眠りをして恥をかくのはいやだしね。
「世界に五つしかないオリジナルの大輝鋼石は王都エテルノを始めとする大国の首都で厳重に管理されていますが、私たちの住むフィリア市の中心部にある神殿にも輝術取得のための洗礼や輝流変換を行うための中輝鋼石が祀られています。みなさんの中にも既に洗礼を行っている人がいることでしょう。実践してみてくれる人はいませんか?」
「はーい、ルーちゃんがやってくれまーす」
目をしぱしぱさせているとナータが私の腕を取ってむりやり手を上げさせた。
なに、なんなの?
「おや。ルーチェさんですか?」
どうやら誰かに輝術を使ってもらうってことみたい。でもなんで私?
「む、無理です。できませんっ」
「確かルーチェさんは輝鋼石の洗礼を受けていなかったと思いましたが……」
「でもルーちゃんはエヴィルをやっつけられるくらいの術を使いこなせるんですよ」
教室のみんなからクスクスと笑い声が漏れる。
「ナータ……」
まださっきの事をひっぱるつもりだね。しかも授業中にみんなの前で。
さすがに怒りが沸きあがってくるんだよ。
「あら目が覚めた?」
みょーん。
「怖い! ルーちゃん目が怖いわよ!」
「いいかげんにしないとほんきでおこるよ?」
「は、ははは。せ、先生、今のはナシでお願いします!」
ナータは慌てて弁解する。まったくもう。
ま、確かにお陰で目が覚めたけど。
「なんだかわかりませんが、ではインヴェルナータさん代わりにやってください」
自業自得というかナータに白羽の矢が立った。彼女はしぶしぶ教卓の前に歩いていく。
「インヴェルナータさんは灯を習得していましたね」
「はい」
「では窓際の席の人、カーテンを閉めて」
何人かが席を立ち分厚い暗幕を引くとたちまち教室が暗くなる。
先生が黒板の上の輝光灯を点けると教卓周辺だけが淡い光に包まれた。
ナータは大勢の前に立っても緊張を欠片も見せない。
先生に促されゆっくりと瞳を閉じた。
教室中が黙ってナータを注視する。
「Power of brightness to dwell in IG-fairy――」
クラスみんなの注目の中、ナータは輝言を唱え始めた。
両手を重ね滔々と紡がれていく術の発動キーとなる北部古代語。
詠唱が半ばを過ぎた頃、先生が輝光灯を消した。教室が真っ暗になる。
暗闇の中にナータの声だけが響いている。
「――In response to my voice, change the form. It becomes a ray to glisten to turn around, and light up an area……灯」
長い詠唱が終わって最後に鍵となる術の名を呟く。
ナータの前に拳大の光の玉が生まれた。
明りは仄かに青白く室内を照らす。
クラスの何人かが感嘆の声を上げる。
しばらくして先生が全ての輝光灯を点けると教室はすっかり明るくなった。
「素晴らしい。インヴェルナータさんありがとうございました」
ナータが息を吐くと浮かんでいた光の玉がはじけて消えた。みんなの拍手を受けて照れ笑いを浮かべながら席に戻ってくる。
「輝光灯の常備された輝工都市において明かりを灯す灯の実用性はほとんどありません。ですが一般輝術の初歩であり、全ての輝術の基礎となる大切な術です。皆さんが将来輝術を必要とする職に就くのなら必ず最初に覚えることになるでしょう」
先生が講義を再開して。戻ってきたナータが着席した。
「おつかれ」
「いやぁ。緊張したわ」
全然そんな風には見えなかったけど。
「すごいね。立派な輝術師じゃない」
「あれくらい誰だってできるわよ」
ナータは謙遜するけど私たちの年代で輝術が使えるのはかなり優秀な証拠だよ。
灯は初歩の初歩だけど学年で使えるのは五人くらいしかいないし。
私はもちろん、できない。
輝術とは。
輝と呼ばれるエネルギーをさまざまな形に変えて奇跡を起こす術である。
世界に数えるほどしかない輝の源である輝鋼石の洗礼を受け、輝言と呼ばれる輝く言葉を唱えることで輝力が変化し輝術として発現する。多くの場合、術のキーとなる輝言は北部古代語で……うんぬん。
輝術理論の教科書の序文を読み返してため息をついた。
理屈がわかっていてもそう簡単にできるわけじゃないし。
「なによ。疲れた顔しちゃって」
「輝術の試験って難しかった?」
たったいま目の前で輝術を披露してくれた友人に尋ねる。
輝術を習得するためには輝鋼石っていう力の源となる石の洗礼が必要で、洗礼を受けるためには厳しい試験に合格しなきゃいけない。
だからかなりの勉強が必要になる。どんなに初歩の術でも同じこと。
「難しいもんじゃないわよ。ルーちゃんだってちょっと勉強すれば楽勝よ」
「私、古代語できないから」
中でも大変なのが古代語の試験!
輝言はすべて古代語だから、いちばん簡単な光の術を習得するのだって期末試験で九十点以上取る方が簡単なくらいだもん。
「夢の中でイメージは完璧なんでしょ。ちょちょいと試験に合格しちゃえば楽勝よ」
「またその話を続けるの?」
「あ、ごめん。からかうつもりじゃなくってさ」
わかってるけどさ。
試験に合格して洗礼を受けたってイメージの具現化させるだけの想像力がなくちゃ術は使えない。
イメージは重要な素質。夢の中とはいえ自分の手で術を発動させたことをしっかり覚えているのは強みになる……のかな?
でも夢の中で私が……というか私が自分だと思ってた女の人が使った火の術なんて、王宮お抱えの輝術師でもなきゃ使えないようなすごい術だからどっちにしろ意味ないと思う。
人を傷つける恐れのあるような術は一般の人は絶対に取得させてもらえない。
それに夢は所詮、夢でしかないから。