286 きられた
「正直に言って、今のボクたちでは勝ち目がありません」
ラインさんがはっきりと断言した。
輝士の国で十三番目に強い、星輝士が。
「私が空から爆華炸裂弾をぶつければ……」
「多分、通用しません。斬輝使いが斬れる輝術に威力の大きさは関係ないんです」
どっちにせよ、こんな村の中じゃ使えないけどさ。
下手したら全部吹き飛ばしちゃうだけだし。
「じゃあ、逃げるしかないの?」
「それもできません。ボクたちが逃げれば、彼女はきっとこの村の人を皆殺しにします」
正義感の強いラインさんにとって、村を見捨てて逃げるっていう選択はできないみたい。
もちろん私も自分が助かりたいためにそんな薄情なことをするつもりはない。
かと言って、このまま戦えばたぶん私たちは彼女に殺される。
「せめて、カーディが来てくれれば……」
いつも私たちのピンチを助けてくれるカーディ。
彼女ならこの状況もなんとかしてくれるかもしれない、けど。
残念だけどまだ夜じゃない。
カーディは夜にならないと全力を出せない。
今の状態じゃ、来てくれても助けになるとは限らない。
絶体絶命だ、どうすれば――
「姉ちゃん!」
悲痛な声が響く。
ナコさんが切り崩した壁の向こうから、ダイが姿を現した。
手にはゼファーソードを握っている。
けれど彼は武器を構えることもなく、戸惑いの表情を浮かべたまま、立ち竦んでいる。
「大五郎」
まるで雪解けのように、ナコさんの表情が和らいでいく。
彼女は嬉しそうにダイに駆け寄って、彼に手を差し伸べる。
ダイはその手を振り払って叫んだ。
「なにしてるんだよ! どうして、みんなにこんな酷いことするんだよ!?」
「だ、大五郎? 何を言っているのです。私は二人の障害となる邪魔者を消そうとしているだけですよ」
「どうしてルー子たちが邪魔なんだよ! みんな、みんなすごく良いやつで、オレの大事な仲間なのに!」
「大五郎……」
「それに、邪魔だからって、斬るって……なんで、殺したりするんだよ! さっきの兵士やオバサンだって、何も悪いことしてないのに! なんで殺したんだよ!?」
「それは……」
ナコさんが口ごもる。
彼女はダイに対してだけは敵意を持っていないらしい。
ずっと捜し求めていた実の弟なんだから、当然といえば当然なんだろうけど……
なんで彼女は、他の人に対してこんなにも攻撃的なんだろう。
「なんでだよ。なんでこんな事……もうやめてよ、元のやさしい姉ちゃんに戻ってよ」
ダイが涙交じりの声で訴える。
その顔を見たナコさんの表情が暗く沈んだ。
彼女はダイの元へと近寄り、彼の体をそっと抱きしめた。
「ごめんなさい。大五郎に辛い思いさせたかったわけではないんです……」
「姉ちゃん、じゃあ……」
顔を上げたダイの顔が喜びの色に変わる。
が、
「あの女が、あなたを惑わしているんですね」
ナコさんの言葉を聞いて、一気に凍りついた。
「姉ちゃん、違――」
「待っていて下さいね。すぐに悪い蟲を退治してあげますから」
ナコさんの視線の先には、私。
ダイを見ていた時とはまるで別人。
悪鬼のような形相と殺意を向けられ、背筋が凍る
ナコさんがカタナを引いた。
刀身が淡い燐光を放ち始める。
さっきの輝力の塊を飛ばす技が来る!
「ルーチェさん、全力で防御してください! あの技は斬輝ではない。強力な防御陣を張れば普通に防げるはずです!」
「わ、わかりました!」
私はラインさんの言葉に従って、防御の術を使用する体勢に入る。
ナコさんが突きを放つ。
巨大な輝力の塊が襲い掛かってくる。
「閃熱陣盾っ!」
私は前方に手を伸ばして叫んだ。
空中に白く発光する円形の模様が描かれる。
輝力の塊が私に当たる直前、それがナコさんの攻撃を受け止めた。
これも最近編み出した私のオリジナル輝術。
閃熱の防御陣で、あらゆる攻撃を焼き尽くして止める術だ。
効果時間と範囲が短いのと消耗が激しいのが難点だけど、その防御力は折り紙つき!
「くっ……」
攻撃はなんとか受け止めた。
だけど、その威力はこれまでに食らったことがないほどだ。
大型エヴィルの一撃や、ドラゴンのブレスよりも強力かもしれない。
閃熱の盾が大きく揺さぶられる。
しかも、衝撃は一瞬では終わらない。
攻撃は数秒も続き、やがて術の限界がやってくる。
「ああっ!」
「風障壁!」
閃熱の盾が破られる。
同時に、横合からラインさんが別の防御術を挟んだ。
威力の弱まった輝力の塊が風の盾によって方向を逸らされ、斜め後方へと飛んでいった。
危なかった……
彼のフォローがなかったら、間違いなくやられてた。
「あ、ありがとうございま――」
「ルーチェさん!」
お礼を言うため、ラインさんの方を振り向いた瞬間。
「さようなら、るうてさん」
すぐ近くでナコさんの声が聞こえた。
彼女は輝力の塊を放つと同時に走り、私が攻撃を受け止めている間に接近した。
ナコさんは姿勢を低くして私の懐に入り込む。
鋭い視線が私を射抜く。
「やっ……」
ゾッとするような恐怖。
私はとっさに後ろに飛んだ。
「風衝撃!」
横から突風が吹く。
ナコさんの動きが止まる。
それがラインさんが放った術だと気づいた瞬間、左腕に鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
斬られた! けど……
とっさに下がっていなかったら、あるいはもう一歩踏み込まれていたら。
たぶん首が飛んでいたか、体が真っ二つになっていたはずだ。
ラインさんのおかげで、たいした怪我もなく――
どさり。
地面に何かが落ちた。
私はそれを目にして……
思考が完全に停止した。
肌色の棒。
太さは私の腕くらい。
長さも私の腕くらい。
先っぽが細く五つに分かれていて、まるで私の腕みたい。
あはは。
まさかね。
私は先さっき痛みを感じた左腕に視線を向けて、
肘から先がないことに気づく。
「え……?」
真っ赤な血が、間接の先にあるべき腕から、吹き出て、
それと同時に痛みが強く襲い痛い痛い痛い痛痛痛。
「ぎゃあああああああああああっ!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
腕が、私の腕がない痛い痛いぎゃああああああ!
「痛、痛いっ、痛いよおおっ!」
どうして私の腕が私が痛いこんな目に斬られた痛い痛いとれちゃった左手肘から先が痛やめてよ嘘でしょい痛いこんなのありえない夢でしょ痛い早くさめて冗談じゃない血がいっぱい止まらない赤い真っ赤血だらけ腕がない痛いぎゃあ、
「ちっ……おい、メガネ!」
「わ、わかってます!」
痛いもうやめてわかったから私が悪かったから許して治して、
「ルーチェさん、動かないで!」
「痛い、痛い痛い痛いよおおおおおおおおおおお!」
死ぬ死んじゃうこんなの無理ダメ助けてお願いだからこれ止めて治して痛い痛い痛い、
「おまえっ!」
どうしよう痛いもうお皿ももてないちっちゃい子を両手でぎゅーってできない痛い。
「あら、これはまた可愛らしいお嬢さんですね。いつ現れたのですか?」
なんでよなんで私なのよこんな痛いの私普通の女の子なのにどうして私、
「お願いだから暴れないでくださいっ……」
「ルーチェさん、しっかりしてっ!」
ちくしょうなんでよ私が、
あいつかあのあいつ許さないよくも私をあの女ころす。
――こ、殺すっ!
――あの女、ぶっ殺してやるっ!
「――うわあああ! 畜生、痛いいいい!」
「あうっ! ルーチェさんっ、動かないで……」
腕の痛い許せないおまえ十倍に痛い返して痛い手も足も痛い顔も燃やしおまえ殺し痛い、
「ほら、お仲間さんが苦しんでいますよ。早く楽にしてあげませんと――」
「やめろぉっ!」
いたい殺す痛いやめて痛い痛いこんな私の腕痛い痛い私が誰か、
「だ、大五郎……どうして……?」
「よくやったダイゴロウ――雷撃衝破!」
「きゃああっ!」
殺ぎゃああ助けてこれお願い痛いの痛いからダメ痛い助け痛い痛い痛い痛い痛い、
「ふん、斬輝使いと言っても、所詮は生身の人間か!」
「……いいでしょう、もう容赦しません」
「やめろよっ!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いよぉ助けて神様ごめんなさいころすなんて嘘です許して痛、
「痛っ、ごめ、ごめんなさい、ごめ、あああああっ」
「お願いだから、じっとしてて下さい……」
「大五郎、あなたは騙されているだけなのですよ」
「おかしいのは姉ちゃんだよ! あの時の、村の人たちと一緒で……」
「うっ、ラインさん……ルーは」
「痛いよぉ。ごめんなさい、ゆるしてえ、もうころすとか言ったりしないからぁ」
「いくら強がっても、その痺れた右手じゃしばらく剣は触れない」
「……どうやら油断したようですね、ここは退きます」
「姉ちゃんっ」
「助けて、誰でもいいからなおしてっ。痛い痛い痛いいぃぃぃ」
「待っていて下さいね。必ずあなたをその化け物たちから解放してあげますから」
「待て、逃げるなっ!」
「追うんじゃない! それよりピンクの治療が先だ!」
「痛いよー、痛いよー」
「メガネと田舎娘は気休めでもいいから治癒の術をかけ続けて! ジュスティツァは止血しながらピンクをベッドにまで運んで!」
「は、はい……」
「わかりましたっ」
「わかった!」
「ダイゴロウはあっちでのびてるアンビッツを起こしてこい! そしたら二人で村中からありったけの薬草を集めろ!」
「わ、わかった」
「いたい……いたい……」
「とにかく夜まで持たせるんだ! そうすればわたしが――」
いたい……




