279 村一番の実力
客室でごろごろしていると、ダイがお姉さんを連れてやってきた。
「紹介するよ。オレの姉ちゃん」
「初めまして。霧崎奈子と申します」
お姉さんが優雅に一礼する。
たしか、東国では名前の前にファミリーネームをつけるんだっけ?
ナコさん、でいいのかな。
「で、こっちがルー子……じゃなくて、ルー……」
私を紹介しようとして言葉に詰まるダイ。
コイツ、私の本名憶えてないな。
「ルーチェです。はじめまして」
私が自分で名乗ると、ナコさんは丁寧に頭を下げた。
「大五郎が大変なお世話になったと聞いております。本当に、なんとお礼を申し上げたら良いか……」
「いえ、そんなことはないでございますよ」
エキゾチックで綺麗な人だなあ。
ダイと違って礼儀正しい人みたいだし。
「こっちこそダイにはお世話になってますよ。いっつも助けてもらってますから」
「あら、そうなのですか?」
お世辞みたいなものだけど、嘘ってほどでもない。
私の言葉を聞いたナコさんは嬉しそうに頬に手を当てた。
「村で暮らしていた頃は、まだまだ半人前でしたのにね。いつの間にか人様に頼られるようになって……私はとても嬉しく思いますよ。大五郎」
「そんなことないよ。まだまだ修行中だよ」
「ふふ。どんくらい上達したか見てみたいものですね」
あら、お姉さん相手だとずいぶん謙虚なんだ。
普段は「オレに敵うやつなんていない!」くらい言ってるのに。
ところで、ナコさんが呼んでいるダイゴロウっていうのはダイのこと。
東国風の名前が呼びづらいから私は「ダイ」って呼んでるけど、本名はキリサキダイゴロウ。
「ところで、るうてさんは、大五郎の彼女なのですか?」
「え」
「ちっ、ちがうよっ」
私が答えるより早く、ダイが顔を赤くして否定した。
「ルータは一緒に旅をしてる仲間だよ。見た目は普通だけど、すごく強くて立派な輝術師なんだ」
あら、あらら?
なになに、ダイが私を褒めるなんて初めてのことじゃないの?
なんだ、普段は素直じゃなかっただけで、本当は私のことそんな風に思ってたのか。
けど、私の名前はルーチェだからいい加減に覚えろ。
「そ、それより姉ちゃんさ、久しぶりだしちょっと付き合ってよ。オレがどれくらい強くなったか見てもらいたいんだ」
「いいですよ。では、表に行きましょうか」
※
宿の外の広場にやって来た。
黒髪の姉弟が互いに剣を構え向き合う。
もちろん、剣と言っても刃のない模造剣だけど。
以前にジュストくんが持っていたような輝鋼精錬された銅剣じゃない。
木でできた、東国風の剣の形をした木刀とかいう模造剣なんだって。
「いつでも好きな時にかかって来なさい」
涼しげな声でナコさんが言う。
それに対して、ダイの表情は真剣そのものだった。
全身が緊張に張り詰めているのがわかる。
エヴィルとの戦いでもめったに見せない、危機迫るような迫力があった。
久しぶりの再会の喜びを剣で語り合うのもどうかと思うけど、小さいころから剣術を習ってきた姉弟にとっては、これも再会の挨拶みたいなものなのかもしれない。
「やっ!」
気合の掛け声。
まずはダイが動いた。
木刀を大きく振りかぶる。
そして、敵を討つ時のように遠慮なく振り下ろす。
ばっ、ばか!
いくらなんでも、お姉さん相手にやりすぎ――
と、思った次の瞬間。
私は不思議な光景を見た。
「ふふ……」
ナコさんな何事もなかったかのように立っている。
あれ、たしかに斬られたと思ったのに……
「ちっ!」
ダイは慌てて剣を引いた。
改めて、横薙ぎに振る。
一撃では終わらない。
続けざまに二振り。
三振り。
四振り。
その連撃は、一発たりともナコさんに当たらなかった。
彼女はダイの剣筋をはっきりと見切りっている。
そして文字通り紙一重でかわしている。
ナコさんが反撃に移る。
彼女は片手で木刀を振った。
ダイは武器を盾にして防ごうとする。
その次の瞬間。
彼の喉元に木刀が突きつけられていた。
「えっ?」
いま、たしかに剣を振り下ろしたように見えたのに……
いつの間に、突きに切り替えたんだろう?
ダイの頬に汗が伝う。
彼はガード姿勢のまま固まっていた。
ナコさんは困ったような笑顔を浮かべて、スッと剣を引く。
「修行が足りないようですね。実戦なら七回は斬られていましたよ」
よく見るとダイの服はところどころ破れている。
鋭い刃で切られたように裂け、そこから素肌が覗いている。
私にはダイがずっと攻め続けているように見えた。
けど、どうやらナコさんはこまめに反撃を行っていたみたい。
そのくせ服が破れているだけで、ダイ自身の体には少しの怪我もない。
ダイは強い。
本気で戦えば、一流の王宮輝士にも負けないはずだ。
彼と互角に戦えそうな剣士なんて、私の知っている限りでは、ジュストくんとベラお姉ちゃんくらいしかいない。
そのダイが、手も足も出なかった。
まるで子どものように手玉に取られてしまった。
この人、めちゃくちゃ強い。
「一撃の振りが大き過ぎます。敵の反撃を想定しない攻撃ばかりでは、実戦において命取りになりますよ。それから敵の攻撃を刀で受け止めてはいけません。そんなことをしたら刃が欠けてしまいます」
固まったままのダイに、ナコさんは丁寧にアドバイスをする。
彼女がそんな風に言えるのも、確かな実力があるからだ。
私には彼女がいつ反撃したのかもわからなかったし。
「……やっぱ、姉ちゃんは凄いや」
戦いの緊張が解ける。
圧倒的な実力差を見せつけられたのに、ダイは晴れやかな表情をしていた。
「さすがは村一番の剣士だね。オレだって生身での剣術をサボってたわけじゃないし、少しは強くなったつもりだったのになあ」
「生身とはどういうことですか?」
「実はさ、こっちに来てからちょっと変わった戦い方をするようになったんだ。機会があったら見せてあげるよ。今度はきっと姉ちゃんの方がびっくりするからさ」
ミドワルトにおける一流の輝士は、輝力を使った戦闘が一般的だ。
いくら生身での剣術が優れていても、それだけじゃエヴィルには勝てないから。
生身のダイはナコさんに敵わなかった。
けれど、いざ実戦になればダイの方がきっと強いはずだ。
圧倒的な破壊力と、人間離れした機動力を持つ輝攻戦士になれるんだから。
「そこまで言うものなら、是非とも見せてもらいたいですね」
「いいよ、機会があったらね」
まあ、輝攻戦士の力は、人に見せびらかすようなものじゃないからね。




