277 姉弟の再会
「ごっそさん。けっこう美味かったぜ」
ダイが食事を終えてフォークを置く。
彼はテーブルの端においてあったお弁当の包みを手に取った。
「この弁当ってジュストの分だろ? 部屋に持ってっとくぜ」
「あ、いいよ。私が持ってくから」
「食ってる途中だろ。いいからゆっくりしてろよ」
そうなんだけど、ここに一人で残されると、私が質問攻めを浴びることになるじゃない。
朝ごはんは美味しかったし、いい人たちなんだけどね。
どうしてもスター扱いされるのは気恥ずかしい。
「じゃな」
ダイは手を上げ、食堂から出て行った。
その後ろ姿を見ながら、背の高い方の青年が呟く。
「しかし、黒の剣士なんていうけど、本当に髪の毛が真っ黒なんですね」
髪の毛の色が黒だから黒の剣士。
私はピンクだから桃色天使か。
ビッツさんは銀髪王子とかかな?
ジュストくんやフレスさんがなんて呼ばれてるか気になるね。
「俺たちが知らないだけで、世の中にはああいった珍しい外見の人もいるんだなあ」
「おい、珍しいって言い方は失礼だろ」
「あ、そうですね。すいません桃色天使さま」
「いえ、別に」
ダイの髪の色が珍しいのは事実だし。
私もミドワルト全体で見れば稀少なチェリーブロンドだから、人のこと言えないけどね。
「それに、全く見ないってわけじゃないだろ。ほら、さっきの……」
「ああ、そういや今朝この村にやって来た人も、確か黒髪だったっけ」
え?
「っと、いい加減に仕事に戻らないと。それじゃ桃色天使さま、俺たちはこの辺で――」
「黒い髪の人を見たって、どこでっ?」
ダイの黒い髪は、彼が東国の人間である証だ。
私と違って稀少とかいう問題じゃなく、ミドワルトに住む人でそんな色は絶対にありえない。
「村の入り口あたりでちらと見かけただけですけど、旅人っぽかったし、多分ここの宿に泊まってるんじゃないですか? 女将さんに聞けば教えてくれると思いますよ」
「わかった、ありがとう!」
もしかしたら、もしかするかもしれない。
私は彼らにお礼を言って食堂を出た。
※
「今朝やってきた客? ああ、まだ部屋にいるんじゃないかい? それにしても、こんな辺鄙な村に二組も旅人がいるなんて珍しいこともあるもんだねえ。え? 客が来るのがそんなに珍しいのかって? うーん、考えてみればわたしがこの宿を引き継いでから二十四年間で初めてだね。まあ、ひいひいばあさんの代から続く家業だから仕方なく続けてるけど、これだけじゃ食っていけなくてねえ。うちの稼ぎの殆どは内職のカサ作りさ。若いころは大きな町で暮らすのにも憧れたけどねえ。まあ年をとってみれば住み慣れた場所が一番さね。それにしてもあの異国の人、武器は危ないからフロントで預かるて言ったのに、ちっとも降りてきやしない。あとでまた厳しく言っておかなきゃダメだね。そうそう、言い忘れてたけど、あんたたちも武器は預けておきなよ。魔動乱の頃にさ、酔っ払った剣士さまが柱を斬り倒そうとしたことがあってね。あの頃はまだ二日に一組くらいは客も入ってたんだけど。平和になってからというもの……」
聞いてもいないこまでペラペラと喋りだす女将さん。
適当なところでお礼を言っておいとましようと思ったけど、なかなか離してもらえない。
結局、二十分以上に渡って苦労話を聞かされてしまった。
それから部屋番号を聞き出すまでさらに五分。
ようやく逃げ出せたけど、頭の中でがんがん女将さんの声がリフレインする。
私はふらつく足取りで教えてもらった部屋までやってきた。
ドアは閉まっていた。
けれど、他の部屋と違って番号札が掛けられていない。
この宿では、使用中の部屋のドアの番号札を女将さんに預けるシステムになっている。
つまり、今この部屋には誰かが泊まっているってことだ。
そう言えば昨日の番号札、かなり埃まみれだったな。
こんこんこん。
ドアをノックする。
返事はなかった。
出かけているのかな?
けど、外出はしてないって女将さんは言ってたし……
ひょっとしたらまだ寝ているのかもしれない。
諦めて出直そうとしたとき、ぎぎぎ、と音を立てて部屋のドアが内側から開かれた。
「どなたでしょうか?」
半分だけ開いた隙間から、部屋の中の宿泊客の姿が見えた。
その人は、見たことのない前合わせの異国風衣装を身に纏った女性だった。
流れるように肩から背に伝う髪の色は、黒。
濡れているようにツヤのある漆黒だ。
色の薄い唇に、小さな鼻。
どこか冷たい印象がする切れ長の瞳。
顔全体が小さくて、エキゾチックな雰囲気が漂う美女だった。
「あの……?」
はっ。
異国風美女さんが不審そうな目で私を見ていた。
いけない、押しかけてきておいて、なにを見とれてるんだ。
これじゃ怪しいやつと思われても仕方ないぞっ。
とはいえ、勢いで尋ねてきたものの、どうしよう。
黒い髪は彼女が東国の人である可能性を示している。
けれど、彼女がダイの探し人だって決まったわけじゃない。
いきなり「生き別れの弟を探してませんか?」なんて聞いて、違ったら恥かしいし――
「姉ちゃん……?」
すると、背後からダイの声が聞こえた。
一度部屋に戻ったみたいで、お弁当は持っていない。
驚きに目を見開いて私を――
じゃなくて、異国風美女さんを見ていた。
「大五郎……?」
異国風美女さんも同じように驚いた顔をしていた。
あ、じゃあ、やっぱりこの人が……
「姉ちゃん!」
「はわっ?」
ものすごい勢いで突き飛ばされた!
な、何するの!?
抗議しようと振り返った私は、目の前の光景に声を失った。
「姉ちゃん、奈子姉ちゃん……っ」
「大五郎? 本当に大五郎なのですか?」
私を突き飛ばしたダイが、異国風美女さんに抱きついて泣いていた。
普段は絶対に見せないような無防備な表情で。
私がいることも気にせず。
彼女の胸に顔を埋めて。
異国風美女さんはダイの背中に手を回して、彼をぎゅっと抱きしめていた。
彼女の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。
最初に感じた冷たい印象はもうない。
やっぱり、この人がダイの探していた、生き別れのお姉さんなんだ。
「姉ちゃん、会いたかった、ずっと探してたんだよ……」
「私も、ずっとあなたに会いたいと思っていましたよ、大五郎……」
「姉ちゃんっ」
あの強がりで生意気なダイが、こんな姿を見せるなんて……
なんだか、傍で見ている私までもらい泣きしちゃいそう。
よかったね、ダイ。
突き飛ばされたことは許してあげる。
私は彼らの側を離れ、部屋に戻ることにした。
せっかくの姉弟再会のシーンに、邪魔者はいないほうがいいもんね。




