266 私たちって、有名人?
レッスの町は、縦に走った三本の坂道と、横に走った四本の道で、二〇の地域に区切られている。
私たちは真ん中の段の端側区画にある、テラスから海が見える食堂に入った。
それにしてもこの町、ひたすら白一色な上に、通りの内側は三次元的に入り組んでいるから、非常に迷いやすい。
なんとなく入り口付近にあった噴水を集合場所にしたけど、もう少しわかりやすい所にしておいた方が良かったかもしれない。
テラス席に着いた。
懐かしい潮風が肌に心地いい。
全く知らない土地なのに、なんだかフィリア市に帰ってきたみたい。
もちろん町の雰囲気なんかは全然違うんだけどさ。
町の下部を見下ろすと、小さな港の向こうに一面の青が広がっていた。
見ているだけで心が透き通ってくるような素敵な景色。
どうせならジュストくんと来たかったなんて言ったら、ダイに悪いかな?
「何にする?」
私はメニューを広げてダイに尋ねた。
「なんでも良いよ。適当に頼もうぜ」
しばらく考えた後、結局ウェイトレスさんお勧めのランチセットを二つ注文することにした。
「いい町だね」
「おう、そうだな」
注文が来るまでの間、私は海を眺めていた。
普段はおしゃべりなダイも、今日は比較的おとなしい。
私を誘ったことといい、どうも様子がおかしい気がする。
ひょっとして、さっきのこと気にしてるのかな?
「あの、ごめんね」
「何がだよ」
「さっきさ、辛いこと思い出させるようなこと言っちゃって」
ダイが生き別れになったお姉さんを探しているという事は、仲間たちの中で私しか知らない。
隠しておきたいのか、一番仲が良いはずのジュストくんにも言ってないみたいだ。
さっきは上手くはぐらかしてもらったけど、改めてもう一度謝っておきたい。
一緒に旅する仲間だから、気まずいままは嫌だもんね。
「気にしてねーよ。余計な心配するな」
「そう、ならいいんだけど……」
「姉さんは絶対に生きてるに決まってるからな。辛いことなんてなにもねーって」
「そっか」
住んでいた村が流行病で全滅して、ただ一人生き残った肉親とも離ればなれ。
本当は寂しいはずだけど、ダイは強いから、私なんかが心配することもないのかもしれない。
本気で辛いと思ってるなら、私がいくらでも慰めてあげる。
なーんて、そんなことを口に出したらまたどつかれちゃうってわかってるから、言わないけど。
あ、慰めるって変な意味じゃないからね!
「それよりさ、ちょっとオマエに頼み事があるんだけど……」
「たのみごと?」
なんだろ、珍しいな。
ってことは、私を誘ったのはそのためか。
まあ、一緒に旅する仲間だし、変なお願いじゃなかったら聞いてあげるけど。
「あのな――」
「あのぉ……ひょっとして、ルーチェ様とダイゴロウ様ですか?」
横から声をかけられる。
ダイは言葉を止めて口をつぐんだ。
私も様づけで自分の名前を呼ばれたことに驚いて振り向く。
そこには若い二人組の男の人が立っていた。
「そ、そうですけど」
私が頷くと、男の人たちは嬉しそうに顔を見合わせる。
「やっぱり。フェイントライツのルーチェ様とダイゴロウ様だ!」
「噂で聞いた通りの容貌だったから、もしかしたらと思ったんです!」
大声を出す二人組。
彼らの声を聞きつけ、周りのお客さんが集まってきた。
「フェイントライツって、あの五英雄の再来と呼ばれてる人たちかい?」
「近隣に出没したのケイオスを次々と退治しているって言う」
「噂では五英雄でも倒せなかった黒衣の妖将を倒したとか」
わわ、なんだか大変なことになってきたぞ。
ここ数ヶ月の私たちの活躍が、ちょっとした噂になっているのは知っていた。
けど、こんなに大勢に囲まれた経験は初めて。
ちょっとした有名人気分?
「ルーチェ様があの聖女プリマヴェーラ様のご息女だっていうのは本当ですか?」
「星帝十三輝士以上と言われるキリサキ様の剣術はいったいどこで習得されたんのでしょう?」
「ジュスティツィア様が生まれつきの輝攻戦士というのは本当でしょうか」
「ビッツ様が実はどこかの国の王族だと聞いたのですが」
「フレス様のスリーサイズを是非」
私たちは次々と質問攻めにされた。
右から左からの声にパニック状態になる。
そんなにいっぺんに話しかけられても答えられないよぅ。
はっ。
ちらりとダイの方を見た。
私はともかく、ダイはこういう風に構われるのが嫌いなはず。
いきなり怒鳴りつけたりしたらどうしよう。
せっかく慕ってくれている人たちのイメージを悪くしたくないよう。
「おう。オレの剣術はな、故郷の村に昔から伝わってる流派でな」
とか心配してたら、意外にも喜んで町の人たちの質問に答えていた。
前のダイだったら絶対に「うっとーしーな」とか言って追い払ってたはずなのに。
やっぱり、最近少しずつ丸くなってきてるのかもしれない。
「どんな屈強な戦士たちかと思えば、普通の子どもたちなんだな」
「ルーチェ様なんてとても可愛らしくて、たくさんのエヴィルを倒している輝術師様とは思えませんわ」
私かわいい?
かわいい?
「お、本物かどうか試してみるか?」
「いえ、滅相もない! ただ、東国の剣士さまと聞いて、ものすごい大男を想像していたもので!」
「冗談だって、慌てんなよ」
ゼファーソードの柄にやった手を離し、ダイは子どもみたいに笑った。
まあ子どもなんだけどね。
スッ、と私の前に男の人の手が差し伸べられる。
「あの、もしよかったら、握手していただけませんか?」
「あ、はい。私なんかでよかったら」
知らない人に握手を求められるなんて人生で初めての経験だよ。
私は少し照れながら、そっと男の人の手を握り返した。
「ずるい! ぼくもルーチェ様に触れたい!」
「私も、ぜひキリサキ様と!」
「サイン、サインください!」
「フレス様に踏んでいただけるよう頼んでもらえないでしょうか」
な、なんか本当に有名人になっちゃったみたい。
断るのも悪いし、ダイも結構乗り気で、女の子の手なんか握っちゃっているし。
「わかりました、サインも握手もしますから、押さないでください」
フィリア市にいた頃からは信じられないような状況だあ。
だけど、なんか悪くない……かな。
「それと、様は恥かしいからやめてくれると――」
ぐー。
私のお腹からマヌケな音が鳴り響いた。
場が静まり返る。
そ、そういえば、まだ食事をしてなかった……
数秒の沈黙を置い、て巻き起こった爆笑の声。
私は顔を真っ赤にさせてうつむいた。
「ほらほら、お食事の邪魔をするんじゃないよ!」
「いや、申し訳ない。お詫びに俺たちにおごらせてくれ」
「お、マジか」
おごり、の言葉にダイが食いつく。
彼は私の肩を叩いて親指を立てた。
「ナイスタイミング、よくやった」
「や、やりたくてやったわけじゃないよぅ」
ま、まあ恥かしかったけど、昼食代が浮くならいっか。
「あ、あの~。通してください~」
人ごみの後ろ、ふら付きながらランチセットを運んでくるウェイトレスさんの声が聞こえた。




