265 海辺の白い町
大型輝動二輪に牽かせてるとはいえ、大型馬車はそれほどスピードが出せない。
それでも私たちを乗せた輝動馬車は、普通の馬車より遥かに速い速度で西へ向かっていた。
ケイオスを退治した後、近くの村で感謝のお祭りを開いてもらった。
口々にケイオスの悪口を並べる村人たちに、カーディが爆発しそうになったのを頃合にして、私たちは旅を再会した。
それから三日。
ようやく次の町が見え始めたところで、心地よい潮風を肌で感じた。
「わあっ」
馬車から身を乗り出すと、キラキラと輝く一面の海が視界に入った。
「この辺りは湾が突き出してきて、昔からグラース地方で最も漁業が盛んなところなんですよ。これから向かうのレッスの町は古くから港町として栄え、他国との貿易に――」
「ほらほら見て、カーディ。海だよっ」
効いてもいないウンチクを語りだすラインさんを無視して、私は腕の中にいる幼女のほっぺたをぷにぷにした。
「見ればわかる、いちいち触るなっ」
純白のワンピースに身を包み、綺麗な金髪をツインに結んだ、見た目初等学校低学年の女の子。
その正体は何を隠そう、黒衣の妖将カーディナルことカーディだ。
今のカーディはラインさんの体を離れ、自分の輝力を使って体を具現化させている。
だけど輝力が足りないため、こんな小さな女の子の姿にしかなれない。
それでも、定期的にラインさんから離れて具現化しておくのは、いざ本当の体を取り戻したときの練習らしい。
幼少モードでのラインさんとの二人旅はいろんな意味で危険なので、この状態の間は私たちと行動を共にすることが多い。
怖い黒衣の妖将モードと違って、非力な白衣の幼女カーディ。
思わず抱きしめてぷにぷにしていたいくらい可愛い。
最初こそ嫌がっていたけれど、最近では素直に触らせてくれている。
そのぶんあとでいじめられるけど。
「海がそんなに好きなの? 前に散々な目に遭ったのに」
「あ、うん。そうなんだけど……」
三ヶ月前に船旅の途中でドラゴンに襲われた時の事を言ってるみたい。
確かに、あの直後はしばらく船恐怖症になった。
「ずっと海の側に住んでたからね」
私の住んでいたフィリア市は、海に面した輝工都市だった。
毎日のように見ていた、目の覚めるように青い海。
なんだかんだ言ってもやっぱり好きなんだよね。
潮の香りにくすぐられ、故郷を思い出す。
なんだかちょっぴりセンチな気分になってしまう。
「海か……」
ふと気がつくと、ダイが寂しそうな目で水平線を見つめていた。
「ダイは泳げないから海きらいだもんねー」
いつもの調子でからかってみる。
ダイは乗って来てくれなかった。
「どうしたの? 体調悪い?」
「いや、やっぱ海を見ると、嫌なこと思い出すからさ」
「ドラゴンに襲われて溺れかけたからね」
「そっちじゃなくて、こっちに来たときのこと」
「あ……」
私は以前にダイから聞いた話を思い出した。
その不思議な髪の色からもわかるようにダイは私たちの住むミドワルトの人間じゃない。
ミドワルトを囲む四つの人外魔境の一つ、東に広がる深遠の森。
そのさらに奥深くにある東国と呼ばれる異文化の地からやって来た。
彼は東国の人里離れた山奥の村に住んでいたんだけど、ある日とつぜん村の人たちが流行病で全滅してしまったらしい。
生き残ったお姉さんと二人で当てもなく彷徨っているところを、東国の調査中だったグレイロード先生率いる一行に拾われたそうだ。
身寄りもない二人は先生たちに連れられてミドワルトにやってきたけれど、帰りの船でエヴィルに襲われ、その混乱のどさくさでお姉さんと離れ離れになってしまう。
今は私たちと一緒に旅をしているけれど、ダイの本当の目的は行方不明のお姉さんを探し出すこと。
そんな彼に対して、あまりに無神経な発言だった。
「あの……ごめんね」
「何がだよ?」
私は反省して謝ったけど、ダイは気にしてない風を装ってくれた。
その優しさに甘え、私はそれ以上何も言わないことにした。
※
海際の斜面に白一色の建物が段々に並ぶ、レッスの町。
遠めに見れば、大きな階段のようにも見える。
空と海の青に挟まれた綺麗な町だった。
日はまだ高かったけれど、このところ移動ばっかりだったし、この町で一泊することになった。
町の入り口で輝動馬車を預かってもらい、海辺の町を探索する。
「それでは、また後でな」
ビッツさんはいつものように宿の手配に向かった。
彼はいつもこういう雑用を頼まなくても進んで引き受けてくれる。
いつも申し訳ないと思いつつも、彼に任せておけば問題ないという安心感もあって、今回もお願いしてしまった。
宿の手配を終えた後は、ひとりで新しい弾丸の材料を買いに行くらしい。
「また後で落ち合いましょうね」
輝術医療士でもあるラインさんはこの町の診療所へ行きたいらしい。
彼は行く先々の町で情報交換をしながら、その地方の技術を学んでいる。
ラインさんはカーディにハメられて、無理やり過酷な旅をさせられる事になったんだけど、さすがに偉い輝士さまだけあって前向きな姿勢で旅を実りあるものにしようとしている。
「私もご一緒します」
フレスさんはそんなラインさんに一緒について行ってしまった。
彼女も一応、看護師さんの資格だかなんだかを持ってるから不自然ではない。
一緒に行くのは輝術の勉強のためにって言ってたけど、さて……
まあ、心配することじゃないか。
「……ふん」
カーディは幼少モードのまま、行き先も告げずにどこかに行ってしまった。
あの姿でも一応簡単な輝術は使えるから危険はないと思うけど、ちょっぴり心配。
迷子にならないようにねって注意したら脛を蹴られた。
「僕はちょっと武具屋に行ってくるよ」
ジュストくんは前回の戦いで刃こぼれが激しかった剣を買い換えたいらしい。
私もついて行こうと思ったけれど、「来ても楽しくないよ」とやんわりと断られた。
確かに武器には興味ないけど、せっかく綺麗な町なんだから、あとで一緒に海でも見に行こうと思ったのにな。
さて、みんな行ってしまったぞ。
私は何をしてようか。
特に用事があるわけでもないし、散策するにも一人じゃつまらない。
なんか私だけ暇人みたいでやだな。
「さて、メシでも食いに行くか」
暇人仲間発見。
「ジュストくんと一緒に武具屋に行かなかったんだ」
「ルー子、一緒に来いよ」
「え?」
「どうせ暇なんだろ、一緒にメシでも食おうぜ」
ダイの方から誘ってくるなんて珍しい。
難しい年頃なのか、ダイは基本的に人付き合いが悪い。
ジュストくん以外と二人になることなんてほとんどないのに。
「さては私のこと好きになった?」
私の冗談に反応せず、ダイは黙って背を向けて歩き出す。
「おいてくなっ」
「気色悪ぃ冗談言うなよ」
まあ、ダイは私がジュストくんのこと好きなの知ってるからね。
万が一にもそんなことはないってわかってるけど。
だが気色悪いだと。
「私が一人になるのを心配してくれるとか、ダイも大人になったじゃない」
「……どこの誰がオマエをどうにかできるんだよ。町のゴロツキが一〇〇人で束になっても瞬殺できるくせに」
いや、それは確かにそうだけどさ。
そういう言い方は私に失礼じゃないかな。
瞬殺とか。
「で、来るのか来ないのか」
「いく。一人でいても暇だもん」
普段は言い争いも多いけど、私は別にダイの事が嫌いなわけじゃないよ。
ジュストくんやビッツさんと違って二人きりになっても緊張しないし。
一人でいるよりはいいから、今日はつきあってあげる。




