263 ケイオス戦
「面白れー。やってみやが――」
「待って」
今にも飛び掛りそうなダイを止め、私は言った。
「手下のエヴィルたちに暴れるのをやめさせるように言って、大人しく自分たちの世界に帰って。そうしてくれれば、無駄な戦いはしないで済むから」
私は真っ直ぐにベルバウスの目を見据える。
相手は人類の敵と呼ばれるエヴィル、その上位クラスのケイオス。
私のやっていることは、猛獣に話しかけるに等しい、馬鹿げた行為だってわかっている。
毎度のことなので仲間たちは何も言わない。
結果はわかっていても、私がそうする理由をみんなも知っているから。
何を言われたのか理解できなかったのか、ベルバウスはしばし訝しげな視線を私に向けていた。
やがて、ベルバウスは渇いた笑い声を上げる。
「何を言うかと思えば……貴様らが屠った我が同志らは、その要求を受け入れたか?」
私は首を横に振った。
「当然であろう。我らケイオスは、同朋たちを導くかけ橋にして、誇りある先遣部隊。ヒトとの共存など誰ひとりとして望みはしない」
バカなことを、とでも言いたげなベルバウスのセリフが私に届く。
こうなることはわかっていた、けれど。
「おい、もういいだろ」
ダイが私の肩を掴んだ。
説得が通じるなんて欠片も思ってなかっただろう。
きっとそれは他の三人も同じはずだ。
うん、おかしいのは私の方だってわかってる。
それでも、今回のケイオスは言葉を返してくれただけマシだったと思いたい。
「わかった。じゃあ、ごめんなさい。私たちはあなたを倒します」
「不愉快だな。我に勝てるつもりか、そのような満身創痍の姿で」
ベルバウスの言うとおり、ここにたどり着くまでに、私たちはかなりの消耗をしていた。
先陣を切って戦い続けてきたダイは、特に疲労が激しい。
普段だったら、途中で言葉を遮った私に文句の一つも言うはず。
話している間ずっと黙っていたのは、相当に疲れている証拠だろう。
ビッツさんも用意していた弾丸をほとんど使い果たしてしまっている。
ジュストくんやフレスさんは多少の余裕が残っているみたいだけど、半端な状態で勝てるほどケイオスは甘い相手じゃない。
「ルー」
「わかってる、戦うとなったら迷わないよ」
ジュストくんが何かを言う前に私は答えた。
これから始まるのは互いの命を賭けた殺し合い。
相手を傷つけたくないなんて考えていたら、こちらが殺されるだけだ。
それに、こいつを放っておけば、近くの町や村がもっと大きな被害を受ける。
戦うと決めたら全力を出して挑まなきゃダメだ。
「今度こそ、あの子が来る前に決着をつけなきゃね」
ジュストくんも私の言葉に頷いた。
戦いが始まる。
「ではいくぞ、ヒトどもよ」
ベルバウスが豪快に笑い、そして跳んだ。
着地すると同時に、突き立てた拳が地面を割る。
砕いた岩の破片が、無数の弾丸となって私たちを襲った。
ただ力任せに砕いたわけじゃない。
これは恐らく、ベルバウスの輝力が込められた技だ。
私たちはそれぞれの方向に散って、迫り来る破片をかわした。
戦闘が始まる。
※
「でりゃっ!」
「甘い」
ダイの剣をベルバウスが腕で受け止める。
その皮膚は鋼鉄よりも硬い鎧となって、輝攻戦士の一撃すら受けとめてしまった。
「……ちっ」
しかし全く効いていないわけでもないらしい。
ベルバウスは顔をゆがめて数歩後に下がった。
「行きます! タイミングを合わせて!」
「任せろ!」
そこにジュストくんとビッツさんが追撃をかける。
ジュストくんは相手の背中に周り、ビッツさんは離れた位置で火槍を構えた。
「小賢しい!」
しかし、どちらの攻撃もベルバウスには届かない。
「熱っ!」
「あれを受け止めるか……!」
ベルバウスは振り向き、口から炎を吐いてジュストくんをけん制。
同時に、眉間を狙った弾丸を指先で受け止める。
「まずは貴様だ」
ベルバウスが前に出る。
炎に耐えているジュストくんに迫る。
「火蝶乱舞!」
私は周囲に九体の火蝶を展開する。
それが四方八方からベルバウスを襲う。
「小癪な!」
ベルバウスは攻撃を中断。
地面を思いっきり踏みつけた。
上下が逆さになったような勢いで、岩石が天井高く舞い上がる。
破片に輝力を込めているのか、岩石が触れたそばから火蝶が消えていく。
けど、甘い!
「何っ!」
岩石をかわし、二体の火蝶がベルバウスの顔面に命中する。
ケイオスの屈強な体でも、直撃を受ければ多少のダメージは通るはずだ。
「おらあっ!」
「せいっ!」
続けて、ジュストくんとダイが同時にベルバウスの懐に飛び込んだ。
ベルバウスは腕を振り回して反撃。
二人はそれを巧みにかわしつつ、連係攻撃で着実にダメージを与えていく。
「このっ――」
巨体に似合わない跳躍。
ジュストくんの背後にまわりこむベルバウス。
けれど、着地の瞬間をビッツさんが火槍を構えて待っていた。
「踊れ、絶望の舞を!」
妖精の力を借り、白熱した弾丸がケイオスの背中を打つ。
この一撃は閃熱にも匹敵する威力がある。
「こ、のっ!」
さすがに効いてはいる。
それでも、ベルバウスは倒れなかった。
振り向きざまに突き出した拳から衝撃波を放つ。
それをまともに食らってビッツさんは吹き飛ばされた
「守輝強化!」
フレスさんが防御力強化の術をかけるも、間に合わず。
したたかに背中を壁に打ち付けたビッツさん。
身に纏う輝粒子が揺らぐ。
「くっ……しくじった」
私の輝力を貸して輝攻戦士化していても、無敵になれるわけじゃない。
ある程度以上のダメージを受けると、体を包んでいる輝粒子が弾き飛ばされてしまう。
そうなれば肉体に深刻なダメージが残り、下手をしたら数日は動けなくなる可能性もある。
これ以上攻撃を喰らえば危険。
ビッツさんはもう戦えないだろう。
「おおおっ!」
果敢に攻めていくダイ。
ベルバウスはそれに素早く反応する。
「何度やっても同じ事よ!」
コマのように回転し、強力な蹴りを放つ。
それを避けきれず、ダイもまた盛大に吹き飛ばされた。
「クソ……っ!」
蹴りを食らう直前に剣でガードしたので、上手く空中で体勢を立て直すことができた。
けれど疲労のせいか、彼は着地すると同時に膝をついてしまう。
……強い。
わかっていたけれど、一筋縄でいく相手じゃない。
けど、まだ手がないわけじゃない!
「ダイ!」
ジュストくんがダイを呼ぶ。
ダイは苦々しげな表情を浮かべた。
「仕方ねえ……任せたぜ」
ダイは手にしたゼファーソードをジュストくんに投げ渡した。
ジュストくんは普段、隷属契約を交わした私から輝力を借りて輝攻戦士化している。
その量は一定で、決まった以上の輝力を受け取ることはできない。
でも、輝攻化武具と私の両方から同時に輝力を受け取ったら?
「はあああっ!」
ジュストくんが吼える。
輝粒子が密度を上げ、液状になった輝力が彼の周囲を覆う。
通常の倍の輝力を体内に取り込むことで、輝攻戦士を遥かに上回る力が出せる。
その名は二重輝攻戦士。
その欠点として、体にかかる反動は大きい。
普通は暴走する力に耐えられずに潰されてしまう。
以前にビッツさんが試したときは、一週間歩くことさえできなくなった。
けれど、輝力を扱う天才のジュストくんなら!
「やあああああああああっ!」
咆哮と共にジュストくんが跳ぶ。
さっきまでとは比べ物にならない速度。
一筋の流星のようにベルバウスに向かっていく。
「ぐおあっ!」
ベルバウスの交差させた両腕の上から叩き込んだ一撃が、相手のガードを吹き飛ばす。
がら空きになった胴体に、目にも留まらない速さで連続攻撃を繰り出していく。
たまらずよろけた敵の喉元に、雷撃のような突きが突き刺さった。




