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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第5章 異邦の姉弟 - tragedy lady -
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259 ▽前話・弟

「あっ、ねえ、ちゃ」


 自分の姿を見て顔を緩ませる弟の顔。

 それを見た少女も、泣きたいくらいに安心した。


 いままで気がつかなかったが、ここは自分の家じゃないか。

 弟はずっとこの場所で震えていたのだろうか?


 だとしたら、生き残れたのは信じられないくらいの幸運だ。

 それとも、正気を失った大人たちは、動く人間しか襲わないのだろうか?

 ここでじっとしていれば助かるのか?


 いいや、楽観はできない。

 それよりも弟をつれて、できるだけ安全そうな場所へ逃げよう。


「立てますか?」

「う、うん」

「心配ありませんよ。おねーちゃんが守ってあげますからね」


 弟を励ますために優しい表情を作り、震えを抑えた手を差し伸べる。

 すでに幼子を見殺しにした事を思えば、白々しい科白だと思う。

 それでも、せめてこの子だけは守ってあげたい。

 少女は強くそう思った。


「おねーちゃん……」


 弟がゆっくりと手を握り返してくる。

 その顔は涙と煤でクシャクシャだった。


 さぞ、怖かったことだろう。

 無理もない。

 自分だって逃げることに精一杯で、他人を気遣う余裕も無くしていたのだから。

 こんな状況で、普段通りに振る舞える訳がない……


「なんで、こんなことになっちゃったの……?」

「考えるのは後にしなさい。それより今は、二人で安全な場所へ避難しましょう。走れますか?」


 弟は頷いて握った手に力を込めた。

 その力強さに、逆に勇気をもらえた気がする。


 みんながおかしくなった理由なんて、少女にだってわからない。

 ただ、一刻も早く、安全な場所へ逃げなければいけないことだけはわかる。




   ※


 弟の手を引き、村外れに向かって走った。

 さっきの場所まで行けば、とりあえず落ち着ける。


 しかし、そう上手くはいかなかった。

 姉弟の行く手を遮るように、またしても大人たちが立ち塞がった。

 それも今度は四人だ。


「姉ちゃん……」


 弟が怯えた眼差しで見上げてくる。

 武器もなければ、弟を守りながら強引に突っ切るだけの体力も残っていない。


 少女は周りを見回した。

 狂った大人たちはまだあちこちにいる。

 その中に一箇所だけ、人のいない方角があった。


 しかし、それはさっきの場所とは反対だ。

 こちらには丘の上の高台へと続く階段しかない。


 少女は迷った。

 いま決断しなければ、あっという間に大人たちに囲まれてしまう。

 数秒の思案の後、少女は弟の手を引き、階段の方へと向かって走った。


 二人は全速力で丘の上へと駆け上がる。

 大人たちが追って来るかどうかはわからない。

 だが少なくとも、村の中に残るよりは安全なはずだ。




   ※


 息も絶え絶えに階段を昇る。

 頂上に着くと、そこには小さな社があった。

 土地神を奉る小さな建物だが、子供二人が隠れるには充分な広さがある。


 二人は社の中に駆け込んで身を隠した。

 社には扉も無いため、絶対に安全だとは言えない。

 それでも、炎の明かりが届きにくい建物の中なら、外にいるよりは見つかりにくいだろう。


 二人は暗がりに腰掛けた。

 力を抜いて大きく息を吐く。


「ひっく、とうちゃん、かあちゃん……」


 ひと息つくと、弟がまた泣き出した。

 少女はおびえる弟をなんとか安心させてあげたかったが、かける言葉が思いつかなかった。


 なんと言ったところで、起こってしまった惨劇は変わらない。

 それでも弟を、そして自分自身を力づける言葉が欲しかった。


「大丈夫ですよ。こうして隠れていれば、きっと助かります」


 朝まで待っていれば、村人たちは殺し合って全滅するかもしれない。

 それはとても嫌な考えだが、闘うすべを持たない子供二人が生き延びるには、それしかない。


 いや、闘う術ならある。

 けれど……


 少女は首を振った。

 そんなこと、できるわけがない。

 自分たちにはこうやって逃げるしかできないのだ。


 もしかしたら、まだ生き残っている子もいるかもしれない。

 それを見捨てて、大人たちが全滅してくれるのを願う。

 それは悲しく残酷な願い。

 身を切り裂くような痛みを伴う選択だった。


 それでも少女は助かりたかった。

 自分と、この腕の中の小さな命だけでも、助かってほしいと思った。


「うん、そうだよね。姉ちゃんが言うなら、きっと大丈夫だよね」


 自分を頼る弟の言葉に、ちくりとするものを感じながらも、少女は力を奮い立たせる。

 この子だけは何があっても守らなくては。

 だが、少女にできることと言えば、ただ誰も来ないよう祈るだけ。


 もし大人たちがここまで上がってきたら?

 身を挺してこの子を守れるのだろうか?

 ……考えるのはよそう。

 見つからないはずだと信じよう。


「大丈夫ですよ」


 少女は弟の肩を優しく抱いた。

 それで安心したのか、弟の震えは次第に収まってきた。

 もしかしたら、震えていたのは少女自身の体なのかも知れない。

 二人は息を殺し、ただ時が過ぎるのを待った。




   ※


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 社の明り取りの窓から見える炎の勢いは未だ衰えていない。

 かなり長い間こうしていた気がするけれど、もしかしたらまだ数分しか経っていないかもしれない。


 緊張の糸が切れたのか、弟は次第にウトウトとし始めた。

 ここで眠ってしまうのは危険だと思ったが、あまり気を張らせ続けたくもない。


 弟のことを思い出さなければ、自分一人が助かるために逃げ出していただろう。

 取り返しがつかなくなる前に少女の心を救ってくれたのは、この怖がりな弟の存在だった。


 少女は黙って弟の背中を撫でた。

 せめて夢の中でだけでも、穏やかな気持ちでいて欲しいと願って。


 夢。

 この光景が夢であったなら、どんなに良いか。

 大人たちがおかしくなって子どもたちを殺すなんて、悪夢そのものじゃないか。

 眠りについて、次に目が覚めれば、いつもの布団の中で目を覚ますのかもしれない。


 そうあって欲しい。

 そう願わずにはいられない。

 全身を覆う痛みが、そんなことはありえないと告げていても。


 気がつくと、弟は穏やかな寝息を立てていた。

 少女に抱かれて安心しているのだろうう。

 普段と変わらない安らかな寝顔。

 少女はその無邪気な寝顔を眺め、うっすらと微笑んだ。


 気が緩むと同時に、たまらない眠気が襲ってきた。

 弟の肩にもたれる。

 二人は互いを支え合う形になる。

 いっそこのまま眠ってしまおうか。

 そう考えた時。


 何か、硬い物がぶつかる小さな音が聞こえた。

 少女はハッとして顔を上げる。

 弟を反対側の壁に寄りかからせ、社の外を覗き見る。


 音は規則的に続いている。

 村へと降りる階段の方から。


 誰かが階段を上って来ている。

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