250 ▽風使いの剣士
風の塊に吹き飛ばされたダイは、洞窟入り口へと消えていった。
しかも、腰から下げていた剣はあらぬ方向に飛ばされてしまう。
「ダイさんっ!」
フレスは叫び、思わず走り出しそうになるが。
「動くなっ!」
ジュストの制止の声に足を止めた。
彼はすでに木鞘を捨て、ボロボロの剣を構えている。
その視線は鋭くトーアを射貫いていた。
「背中を向けたらやられるぞ……!」
トーアの手には剣が握られていた。
水色の刀身に、精霊の羽を模した鍔のある、柄の長い長剣。
教会で見た『風衝剣』と呼ばれる古代神器である。
ダイを吹き飛ばした突風は、おそらくあの武器の力だろう
伝説級の武器の中には、輝術のような効果をもつ物も少なくない。
「心配せずとも、死ぬほどの威力では撃っていない」
裏を返せば、その気になれば殺すことができるという意味か。
トーア自身がどれほどの使い手かは知らないが、輝言も唱えずにあのような攻撃を撃てるとは。
これはかなり厄介な相手である。
「僕たちをどうするつもりだ」
「ここで始末する……と言いたいところだが、貴様らには思想洗浄を受けさせてやろう。我らの教義を理解せず、偽りの教えを信じて地に帰る時が遠のくのは、哀れと言えばあまりにも哀れだからな」
「地に帰る時?」
「堕天派の考える浄化後の世界は、大地の下にあるんだよ」
人が輪廻を終え、浄化された魂が辿り着く世界。
それがどのような場所なのかは、教会もはっきりとした答えを出していない。
宗派によってもその形は微妙に異なるが、「浄化後の世界が地下にある」と教えているのは堕天派だけである。
「ほう、少しは我らのことを知っているようだな。小娘」
「なぜあなたは、堕天派なんかに……」
「口を慎め。闇の始祖の教えはこの世で唯一絶対の真理だ。我は幸運にも現世に置かれながら真実に辿り着いたに過ぎぬ」
「あなたたちが何を信仰しようが勝手です。ですが、伝承通りなら堕天派の最終目標とは……」
「すべての人類のエヴィルによる死だ。それがどうかしたか?」
「なっ!?」
ジュストが声を上げた。
彼が驚愕する気持ちはよくわかる。
フレスも最初に聞いた時は耳を疑ったものだ。
「エヴィルこそは闇の始祖が現世に使わした使徒である。彼らによって与えられる死によってこそ魂は正しく浄化され、人々は誠に幸福なる地の国へと行くことができるのだ」
「そんなものは邪教扱いされて当然だ。そんなにエヴィルに殺されたいなら、他人に迷惑をかけず一人で勝手に死んでくれ」
ジュストの声は怒りに満ちている。
言葉遣いも普段より苛烈だった。
フレスには彼の苛立ちの理由がよくわかる。
二人とも、大切な人をエヴィルに殺されているのだから。
「もちろん最期はそうするつもりだ。だが、自らの救済は後回しでも良い。その前に少しでも多くの人に浄化の機会を与えたいと考えるのは、神職に就く者として当然だろう?」
狂信者もここまで極まればたいしたものだ。
大きく見開かれた彼の目からは冗談の色など読み取れない。
まともに暮らしていれば、こんな考えには絶対染まらないはずなのに。
いったい、何が彼をそうさせたのか……
「でしたら私は私の信じる教義の下、あなたに抵抗します」
死後の世界や魂の浄化云々について、こんな場所で宗教論争をするつもりはない。
単純に生命の危機に抗うという生物的本能から、この男、ひいては堕天派という邪宗派とは対立せざるを得ない。
「ふん、所詮は世の理を解せぬ愚物か……」
「御託はいいから、やるならさっさとかかってこい」
これ以上の問答は無用だ。
ジュストが剣の切っ先をトーアに向ける。
それが、戦闘開始の合図となった。
「いいだろう、思想洗浄の前に――」
トーアが薄笑いを浮かべながら剣を上段に構える。
それと同時にジュストが走り出す。
腰だめに剣を構え、一直線に
「少し痛い目に遭ってもらおう!」
トーアが無造作に剣を振る。
舞い上がる風は、離れた場所にいるフレスの髪をも揺らした。
だが、風の塊はジュストに直撃しなかった。
「うわっ、危なっ!」
「ちっ……」
当たる直前にスライディング。
風の塊の下を潜ってやり過ごす。
発生を見てから避けられるような遅い攻撃ではない。
ほとんどまぐれとも言える直感頼みの回避だった。
「うっとおしいガキが。だが次は――」
ジュストは地面に倒れている。
当然、トーアは追撃に入ろうとする。
しかし、その前にフレスが輝術を放っていた。
「氷鋭槍っ!」
細長い氷の槍がフレスの掌の中に生まれる。
右手で軽く押し出すようなイメージを送ると、それは凄まじい速度で射出された。
「甘いわっ!」
トーアが剣を縦に構えた。
彼を中心に分厚い風が渦を巻く。
氷の槍は軌道を逸らされ、トーアを避けて後方へと飛んでいった。
とはいえ、フレスも元より命中率の低い輝術による攻撃を当てるつもりはない。
ジュストが体勢を立て直すだけの時間を稼げればそれで十分だった。
「うおおおおおっ!」
ジュストは立ち上がり、雄叫びを上げてトーアに向かっていく。
最後の一歩を大きく踏み込み、ジャンプしながら横薙ぎに剣を払う。
だが、彼の斬撃はトーアに届かなかった。
トーアはジュストの太刀筋を読み切り、上体を僅かに後ろに反らして最小限の動きでかわす。
「古代神器の力に頼るだけの素人と思ったか?」
攻撃を避けられ、体勢を崩したジュスト。
そこにトーアの反撃が迫る。
風の能力ではない。
剣による斬撃。
ジュストはとっさに地面を蹴って横に飛んだ。
水色の刃が彼の左腕を浅く切り裂く。
「ぐあっ!」
「上手く避けたな。だが次はない」
地面を転がるジュスト。
トーアがさらに迫る。
ジュストは膝を立てて起き上がり、敵の剣を鍔元で受け止めた。
「たあっ!」
力任せに相手の攻撃を押し返して距離を離す。
「小僧が……!」
どちらからともなく駆け寄り、再び刃を交わらせる。
ふたりの間で息もつけぬ攻防が始まった。
刃がぶつかる甲高い音が何度も響く。
トーアは剣の腕のかなりのものだった。
端から見たところ、両者の腕前はほぼ互角。
むしろジュストが押されているようにも見える。
その理由が武器の差によるものなのは明白だ。
古代武器と今にも折れそうなボロボロの剣では、あまりにもハンデが大きすぎる。
丁々発止の接近戦では、輝術による攻撃で割って入ることはできない。
命中率に難のあるフレスの術ではジュストに当たる可能性が高い。
とはいえ、なにも直接的な攻撃だけが援護ではない。
「輝強化っ!」
フレスはジュストの背中めがけてその術を放った。
ジュストの体が青白く輝く。
腕を通して剣にも光が伸びる。
身体強化の術である。
もちろん輝攻戦士とは比べるべくもない。
だが、彼のもつボロボロの剣は、一時的に輝鋼精錬された武器と同等の強度を得たはずだ。
ところが――
「小賢しいっ!」
一度身を引き、トーアは全力で剣を振るう。
その一撃でジュストの剣が鍔元から断ち割られた。
折れた刃は空中で回転し、離れた場所の地面に突き刺さる。
「な……!」
「輝術による強化程度で渡り合えると思ったか。我が手にあるのは、神話の時代より語り継がれる聖剣であるぞ」
武器を失ってはジュストに勝ち目はない。
前衛を失えばフレス一人で戦うのも不可能だ。
このままじゃやられる。
そう思った時、フレスの視界にそれが入った。
あれをジュストに渡せば……
だが、あまりにも遠い。
「……っ、ジュストっ!」
とはいえ他に手段がないのなら迷っている暇はない。
あえて敵の注意を引くため、大声を出しながらフレスは走る。
目指す先にあるのは、吹き飛ばされた際にダイが落とした愛剣、ゼファーソード。
輝攻化武具と呼ばれる、伝説の古代神器にも引けを取らない武器だ。




