249 ▽騙されていたのは……
フレスたちは街角の喫茶店で丸テーブルを囲んでいた。
「どうぞ、お待たせしました」
運ばれてきた紅茶を、三人揃って一口啜る。
ジュストは一足早くカップを置き、腕を組んで目を閉じた。
ダイはテーブルに片肘をつきながら、目の前の通りを眺めている。
洞窟を出たフレスたちは、町で情報収集を行った。
それが一段落し、こうして一息ついているところである。
聞き込みで得た情報をまとめると、以下のようになる。
「教会? ああ、あのろくでもない神父がいるところだろ」
「旅の人間に声をかけては、餌をちらつかせて無茶をさせてるって聞いたぜ」
「町外れに教会を移転させられたから、地方官様を逆恨みしてるだよ。聖なる祠に供えられた宝物を難癖つけてかすめ取ろうとしてるらしいぜ」
「邪教徒? ああ、道理でね」
「地方官様はとても立派な方だよ。あの方が職業斡旋所を設立してくれたおかげで、失業者は目に見えて減ったし」
「ついでに盗賊も全く見かけなくなったね、まったく地方官様々だよ」
「地方官様ね……まあ、立派な人だよね。今は」
「商売の自由化推奨と独占禁止のお触れが効いたね。あれのおかげで目に見えて町が活気づいた」
「ギルドからは強い反発があったらしいが、まとめて上手く飲み込んじまったんだ。とんでもないやり手だよ、あの地方官さんはよ」
まったく、疑う余地もないほどジュストたちが騙されていたようだ。
誰に聞いても神父様の評判は最悪の一言に尽きる。
しかも神父様が悪だと言っていた地方官様は、一部の年配の方を除き、ほとんどがその手腕と人格を絶賛していた。
さらに驚くべきことに、町中で騒いでいる教会派の人間に尋問してみたところ、彼らもまた神父様から金で雇われた人間らしい。
一緒に洞窟から戻ってきた傭兵たちも、話を聞けば先日この町に流れ着いた者ばかり。
この町の正しい情勢は全く知らなかったらしい。
ダイが振り返り「だから言っただろ?」と言いたげな表情でジュストを見た。
改めて結論を出すまでもなく、フレスたちが都合良く利用されたのは明白だった。
「で、これからどうしよう」
半分ほど中身の減ったカップを置き、フレスは切り出した。
騙されていたと知った以上、神父の依頼に従う理由はない。
流石に一宿一飯の恩義で犯罪者に落ちるつもりはなかった。
今なら知らなかったで済むが、曰くある宝物を盗み出した後だったら、どんな言い訳も通用しなかっただろう。
洞窟を守っていた人をやっつけてしまったのはダイになんとか取りなしてもらおう。
「放っときゃいいんじゃねーの。それよりさっさと合流して先に行こうぜ」
「……仕方ないか」
ダイの言葉に、ジュストがため息を吐いて賛同する。
フレスとしては、仮にも神職に就く者の悪行を見逃すのは気が引ける。
しかし、これ以上はこの町の問題である。
未だに神父様が捕まっていないということは、地方官も対応を決めかねているのだろう。
異端の堕天派とはいえ、教会への武力行使は重犯罪である。
もし問い詰めてシラを切り通されでもしたら、中央教会も巻き込む大問題になる恐れがある。
くやしいが、一刻も早い事件の解決を願りつつ町を去るべきだ。
それが彼らにできる最良の選択肢だろう。
「決まりだな、んじゃ行くぞ」
目の前のカップケーキを二口で平らげ、ダイは席を立った。
フレスは急いで紅茶の残りを飲み干す。
支払いに向かったダイの背中を見ながら、腕を組んだまま難しい顔を続けているジュストを見た。
「やっぱり、騙されたまま引き下がるのは悔しい?」
輝士の端くれとしては、やはり神父様の悪行を放っておきたくないのだろうか。
そう思って尋ねてみるが、
「いや、惜しいなと思って」
なにが、と聞こうとして、やめた。
彼の言葉が意味するところに思い至ったからだ。
ジュストは神父様が報酬として渡すと言った『風撃の剣』とかいう古代神器が欲しいのだ。
例えばこれがルーチェなら純粋な善意で「旅人を騙して犯罪に荷担させるなんて許せない!」とでも言うかもしれないが、こいつの場合は単なる物欲である。
くだらない悩みに付き合うのもバカバカしい。
フレスは彼を放ってダイの後を追った。
「せめて代わりの剣だけでももらってくれば良かった」
ジュストはそれぞれの手にカップケーキと、さらに不格好になった木鞘の剣を持ち、面倒くさそうに椅子から立ち上がった。
※
ルーチェたちが世話になっている地方官の館がある島へは、港から定期船に乗るのが一番早い。
……なのだが、先日のドラゴン襲撃を受けて船が難破した一件は、彼らにとって軽いトラウマになっている。
あんなことは頻繁にあるわけではないだろう。
それでもなんとなく、彼らは船に乗るのは嫌だった。
なので、例の町近くの洞窟を通って歩いて行くことにした。
提案したのはフレスだが、ジュストもダイも文句なく同意した。
しばらく船旅はできそうにない。
「洞窟はどれくらいの長さなんだ?」
「結構長いぜ。オマエらと会った場所から二時間くらい歩く」
そんな話を聞いてもなお、戻って船を使う気にはならない。
町から出てしばらく歩くと、さっき出てきたばかりの洞窟が地底へと続く口を開けていた。
早くしないと、向こう岸に着く頃には日が沈んでしまう。
「どこへ行くのかね、客人」
背後から声をかけられ、三人は足を止める。
男が立っていた。
名前は確かトーアと言ったか。
昨日の夜に食堂でジュストたちに声をかけた、神父の所にいた男である。
「仕事は終わったのか? だったら報告してくれなければ困る。それから、その男は何者だ? 朝の傭兵たちの中にはいなかったと思うが」
「悪いけど、契約内容に偽りがあったみたいなんで、依頼は破棄させてもらいます」
ジュストはキッパリとそう言った。
危うく無銭飲食になるところを助けてもらった恩があるので、多少心苦しくもある。
しかし、それとこれとは別問題である。
「……なるほど。どうやら領主派の輩に、あることないこと吹き込まれたようだな」
トーアはこれ見よがしに鼻で笑った。
小馬鹿にしたような態度が気に触ったのか、ダイが声を上げる。
「あのなオッサン。妄言を吐くのは勝手だけど、オマエの一人相撲だって気づけよ。今は見逃されてるけど、本気で島まで攻め込んだら速攻で潰されるってわかってんのか?」
「黙れ小僧。全人類を救うという、我らの崇高な志が理解できぬ愚物め」
全人類ときたか。
言葉だけ見ればいかにも古い聖職者らしい大層な物言いである。
だが、それを理由にやっていることは、単なるコソドロと暴動教唆である。
「付き合いきれねー。放っておいて、さっさと行こうぜ」
ダイはトーアに背中を向けて洞窟の方に歩き出す。
その瞬間、
「逃がさんよ」
トーアが剣を抜く。
同時に、猛烈な突風が吹いた。
物質的な重さすら感じられる風の塊が、無警戒だったダイの背中に直撃する。
「うおあっ!?」




