235 ▽十三番星VSドラゴン
ラインはまず、戦うのに都合の良い場所を探すことにした。
足場が悪ければ思うように動けない。
また、狭い場所は身を隠すにはいいが、ブレス攻撃を受けた時に逃げ場がないという問題もある。
十分な視界を確保しつつ、適度にドラゴンの動きを阻害できる場所を選ばなければならない。
常に上空のドラゴンに気を払いつつ、輝攻戦士の低空飛行で急峻な山岳地帯を飛び越える。
しばらくすると、ちょうど良さそうな場所を発見した。
広々とし、地面も苔むすほど平坦であるが、ある程度の間隔をあけて巨大な岩が転がっている。
近くには地層のずれた絶壁もあった。
これらを上手く利用すれば、ドラゴンの攻撃を阻害しつつ、自分に有利な戦術を組み立てられる。
「よし」
戦場を決めたラインは輝言を唱え始めた。
輝力を定められて形に変えて、輝術とするための輝く言葉。
古代語で紡がれるその長文を無駄のない早口で唱え終わったラインは、助走をつけて空高く飛翔すると、やや離れた場所を飛んでいるドラゴンに向かって光の球を放り投げた。
「爆炎弾!」
火系統でも威力の高い爆炎の術である。
三階層の中では閃熱掌と並んで威力の高い、破壊のための輝術。
ラインが使える攻撃用の術としては最高の威力を持つ技だ。
だが、これはあくまでドラゴンの注意を引くための牽制である。
流読みで照準を合わせてはいるが、実際に爆発をしたのはドラゴンの数メートル手前である。
もちろん、こんな爆風程度ではたいしたダメージを与えられない。
だが敵意を込めて放った輝術は、ドラゴンにラインの存在をハッキリと認識させた。
地面に降り立ち、呼吸を整えて鞭を手にする。
彼の戦闘スタイルにおいて、メインウェポンとなるのはあくまでこの鞭だ。
星輝士に任命された時に先代から受け継いだ、巨人族の髭から作られたと言われる、伝説級の武器である。
「よかったね、あれはドラゴン族の中でも二番目に弱いスカイドラゴンだ。空を飛ぶタイプの中では断トツで倒しやすいよ」
カーディナルが面白そうに言う。
安心させるようなセリフだが、実際にはそんなに楽な相手ではないとわかっているのだ。
二番目に弱いと言っても、ドラゴン自体が中位エヴィルの中では頭一つ抜けた強さを持っているのだから。
ドラゴンが降りてくる。
翼を広げたままゆっくりと滑空し、苔むした広場に着地する。
あの不自然な飛行は、翼が単なる飾りであり、輝力を放出して飛んでいる証拠である。
ドラゴンは風飛翔と同様の現象を、自然体のまま常時使用しているのだ。
底知れない化物である。
唸り声をあげ、水晶のような瞳でこちらを睨む。
ドラゴンの首がのけぞり、頭が天を向いた時を見計らい、ラインは動いた。
輝攻戦士の低空飛行。
ただし突っ込むようなマネはしない。
円周の動きで左方に回り込み、距離を詰めていく。
「キシャアアアアアアアアアァッ」
耳障りな甲高い声の後に、ラインが立っていた場所を炎のブレスが薙ぎ払った。
右半身に熱気を受けながらも、大回りすることで直撃を回避。
炎を吐いているドラゴンの横っ面めがけて鞭を伸ばす。
攻撃は命中。
ブレスを中断させた。
しかし、ダメージは浅い。
「これならっ!」
輝攻戦士の攻撃は一撃では終わらない。
手首のスナップを使い二度、三度とドラゴンの頭部を叩く。
巨体がわずかに傾いだ。
よし、効いている。
だがドラゴンの耐久力を考えれば微々たるダメージだろう。
三撃目を放ち、攻撃のための輝力が途切れると同時に、後ろに飛んで大きく距離を取る。
ドラゴンは翼を広げ、地を這うように突進してきた。
長い戦いが始まる。
※
最初の十分ほど、ラインは敵の様子見に終始した。
攻撃を避け続けることで、敵の動作パターンを割り出そうと試みたのである。
中位以下のエヴィルの思考は唯一の掟に支配される。
それは、人間を殺すこと。
そのため、最も効率のいい攻撃を行う習性があり、自然と攻撃手段はパターン化される。
突進からの踏みつぶし。
左右二連爪振り。
尻尾薙ぎ。
そして首を振り上げてのブレス。
巨体ゆえに動きは鈍重で、しかも行動の種類は決して多くない。
これなら初動を見てからでも対処は十分に可能である。
大体の攻撃動作を覚えた後は、隙を見て反撃を挟む。
エヴィルはこちらの行動に対して、いくつかの決まった反応を行う。
必ず同じ行動をするという保証はないが、一つの動作につき、反応は数パターンに絞られる。
攻撃を先読みをするということは決してない。
これはエヴィルが野生動物に比べて圧倒的に劣る弱点と言える。
そうして膨大な行動パターンのいくつかを割り出した後は、危なげなく反撃できる瞬間だけを狙って、鞭で確実にダメージを与えていく。
初回のような三連攻撃は行わず、攻撃輝術も使わない。
一番に気をつけるのは、絶対に敵の攻撃を食らわないこと。
サポートのいない一対一の戦闘では、動きを止めたらそのまま畳み掛けられる恐れがある。
輝攻戦士と言ってもドラゴンに力勝負を挑むのは自殺行為。
空に逃げられるのも、大きく攻撃パターンが崩れる要因になる。
定期的な反撃を繰り返してドラゴンの注意を自分から一時も離さない。
慎重な戦闘を続け、およそ三時間が経過した。
かなりのダメージは蓄積しているだろう。
だが、ドラゴンの動きは鈍らない。
エヴィルは死という概念を恐れない。
もしかしたら痛みすら感じていないのかもしれない。
ラインはここまで、一度も敵の攻撃を食らっていなかった。
最低限の動きをしているため、体力にもまだ余裕がある。
こちらの振るう鞭は確実にドラゴンに当たっている。
傍目には一方的な戦いに見えるだろう。
だが長い戦いの中で、一つだけ激しく摩耗しているものがあった。
集中力である。
ドラゴンは一向に倒れる気配を見せない。
戦いが長引くにつれ、ラインも次第に焦りを感じるようになる。
まだまだ余裕はあるはずなのに、自分の体力が尽きることを懸念してしまう。
大丈夫。
このまま闘い続けていれば、遠からずドラゴンは倒れる。
そう自分に言い聞かせながら、覚えたパターンをに従って反撃を繰り返す。
日が沈んで、暗くなりはじめた。
もう少ししたら、灯を使って視界の確保も行わなくてはならない。
やるべき動作が増えることは、そのまま負担の増大に繋がる。
その時、今までにないパターンが発生した。
前足での踏みつけ。
それを避けた後は、高確率で爪薙ぎか、低い確率で尻尾振り。
もしくは低い確率で翼を開いて後方に距離を取るというのが、ラインの導き出したパターンである。
しかしドラゴンは後ろ脚で立ち上がると、天まで届くほどの咆哮を上げた。
その声量は耳を塞ぎたくなるほどの圧力がある。
だが、あまりに隙だらけだ。
しかも弱点である喉元を晒している。
なぜここに来て今までにないパターンを行った?
時間か? 灯の光が原因か?
考えても仕方ないことだと結論を出した、その時。
ラインの中で欲が出た。
すでに何度となく振るった鞭を握りしめ、ドラゴンの真正面に立つ。
口の中で輝言を唱えながら跳躍。
喉元を鞭で薙ぎ払う。
一度、二度、三度。
すべて奇麗に入った。
そして、高速詠唱の終了した輝術を放つ。
「閃熱掌!」
掌の先から超高温の閃光がほとばしる。
鉄すらも溶かす閃熱の光だが、空気に触れると急速に減衰する。
そのため威力を保てる距離はきわめて短い。
ほぼ手で触れられる距離。
手にした武器が剣であればその切っ先が届く位置。
ラインが放った閃熱の光は、ドラゴンの弱点である喉元に突き刺さった。
「やった!」
ラインは思わず口の端を緩めた。
これで倒せなくても、蓄積ダメージは一気に増えたはず。
このまま一気呵成に攻撃を続ければ、間もなく倒せるはずだ。
だが。
「え……?」
ここで再び、ドラゴンがありえないパターンを見せた。
ブレスを吐く直前のように、口腔を開く。
そのまま前方に倒れ込んできた。
開いた口の先には、ラインがいる。
回避する暇も迎撃する余裕もなかった。
気がつけば視界一面に赤黒いドラゴンの口内が広がっている。
一つ一つがよく研がれた剣のように鋭い牙が上下から迫ってくる。
時間の流れが遅くなった。
自らの体が噛み砕かれ、咀嚼し、飲み干される光景がありありと思い浮かぶ。
それなのに、体が動かない。
目の前に迫っている死の予感に対して、意識だけが暴走している。
直後、ラインの意識は消失した。




