228 ◆君たちはいったい何者なのだ?
「おりゃあっ!」
少年がドラゴンの背を斬りつける。
二度、三度と、奇妙な滞空をしつつ斬撃を繰り返す。
その動きはまるで、空中で見えない床を蹴っているようだ。
「ギャオオオオオオオっ!」
ドラゴンが絶叫をあげた。
翼を大きく翻し、弧を描いて反転する。
攻撃を途切れさせ、落下を始めた少年の方を向いた。
「させないっ!」
大きく開いた顎で少年を飲み込む直前。
ドラゴンの横っ面に、無数の炎の蝶が襲い掛かった。
急接近しながら少女が輝術を撃ち、自らに注意をひきつけたのだ。
その行動はまさに、先ほど俺が教えた通りの戦い方を実践していると言える。
攻撃を逃れた少年が地上に降りる。
高空から落ちてきたとは思えない軽快な足取りで俺の側に着地する。
「よし、見えた」
何がだ、とは問うまでもない。
頭上を取った時にドラゴンの弱点を見極めたのだろう。
彼はもう一度木の上に飛び乗りってチャンスを待つ。
その時、俺は危険な兆候を察知した。
ドラゴンが翼を羽ばたかせるのを止め、わずかに身を下げた。
翼を止めても落下しない理由。
それはドラゴンの翼はあくまで飾りであるからだ。
あの巨体の全身から輝力を放出することで、空に浮かんでいると言われている。
つまり、ドラゴンは輝術に相当する力を使えるのだ。
あの挙動はそれを攻撃に利用する前兆である。
「いかん、ブレスが来るぞ!」
大きく顎を開いたドラゴン。
その口内に紅蓮の光が集中する。
「やべえ、逃げろルー子!」
同じく危機を察知した少年が叫ぶ。
しかし、遅かった。
ドラゴンがブレスを吐く。
凄まじい勢いで放出された炎が空を赤く染める。
なんという威力なのだろうか。
先ほど少女が放った爆炎弾もどきと比べても、明らかに桁違いの威力だ。
あんなものが地上で放たれれば、周囲一帯を焼け野原に変えてしまうだろう。
「ちくしょーっ!」
少年が怒りの咆哮とともに飛び上がる。
蹴った木が折れそうになるほどの勢いだった。
未だに炎を吐き続けているドラゴンの背後を取る。
彼は弱点と思しき首の付け根の部位に剣を突き立てた。
「ギャェェェェッ!」
炎を吐き続けていた口が強制的に閉じられる。
この世のものとも思えないドラゴンの絶叫が天に轟いた。
自らの炎で口内を焼かれるハメになったドラゴンは、急激にその高度を落としてゆく。
「このヤローッ!」
少年の追撃は止まらない。
落下するドラゴンの背中に降り立ち、弱点の首筋部分を何度も斬りつけた。
落下していく巨体を見ながら、俺は驚き戸惑いを隠せないでいた。
まさか、本当にあのドラゴンを倒してしまったのか。
しかし炎の直撃を受けた桃色の少女は――
「いた、いたたた……」
ふと、頭上で声が聞こえた。
見上げると、木の枝に少女が引っ掛かっている。
俺は慌ててその真下に走り込むと、ちょうど落下してきた少女を腕に受け止めた。
「うぐっ!?」
流石に落下してくる人間を支えるのはかなり辛かった。
別に少女が特別重いというわけではないのだが。
「だ、大丈夫か?」
「ありがとうございま……いたたたっ!」
痛がっているが、火傷などの痕はない。
おそらくはブレスに包まれる直前で攻撃をかわしたのだろう。
何らかの方法で急加速したため、減速が間に合わず、この木に突っ込んだのだ。
「どこが痛む?」
「右腕と、足……」
確かに右腕と左足首が赤く腫れている。
軽い打身のようだ。
俺は瓶詰の薬草を取り出し、それをすり潰して半液体状にしてから患部に塗った。
「しばらく動かさない方がいいな」
「うう」
涙目になっている少女を見ていると、彼女がさっきまでドラゴンと凄まじい空中戦を繰り広げていた輝術師だとは思えない。
一体彼女とあの黒髪の少年は何者なのか。
ズズン……と少し離れた場所で大きな音が響いた。
ドラゴンがその巨体を広場の中央に横たえている。
落下地点にあった机と椅子は残念ながら木端微塵だろう。
少し遅れて、黒髪の少年が危なげなく近くの地面に着地した。
「っと、なんだルー子、生きてたのか」
「生きてるよーだ。ねえねえ、ところでさっき大声出したのって、私がやられたと思ったから? 私が死んじゃったと思って悲しかった?」
「んなわけねーだろ。バカはそう簡単に死なないってわかってるんだよ」
「おまえはまたそういうこと……いたいっ!」
「ほらほら、安静にしてないさい」
ドラゴンの脅威も去ったことだし、痴話喧嘩は後でいいだろう。
「しかし、本当にあのドラゴンを倒してしまうとは……君たちは一体何者なのだ?」
「冒険者だよ、ただの」
少年が答える。
なるほど、深く詮索はしないで欲しいということか。
見たこともないような輝術を使う少女。
この若さで輝攻戦士の力を使いこなす少年。
彼らは間違いなく、俺のような一介の冒険者とは次元の違う何者かだ。
あるいは、英雄と呼ばれる類の存在なのかもしれない。
思わずため息がこぼれた。
腕の中にいる少女が不思議そうにこちらを見る。
魔動乱を終わらせたのは五英雄だけではない。
大国の輝士団や、俺たち冒険者の活躍があって、その上で彼らがあの平和を勝ち取った。
……そう、ずっと思い続けてきた。
いい加減に潮時なのかもしれない。
俺は冒険者であるにも関わらず、逃げることしか頭になかった。
それに比べて、この二人はあのドラゴンに正面から挑んだばかりか、本当に倒してしまうとは――
「……おかしいぞ」
「え?」
妙だった。
地上に落下したドラゴンは、まだその身を大地に横たえている。
ドラゴンと言えどもエヴィルである。
死ねば即座に体は消失し、エヴィルストーンに姿を変えるはずだ。
ということは、まさか。
「ギャオオオオオオオッ!」
嫌な予感を裏付けるように、思わず耳を塞ぎたくなるような甲高い咆哮が響いた。
どのように体のバランスを制御しているのだろう。
恐ろしく俊敏な動きでドラゴンが起き上がった。
ドラゴンは巨体を支えるには異常に細い二本の脚を交互に動かし、こちらに向かって駆けてくる。
その様子はまるで小山が動いているかのようだ。
「いけない、逃げろ!」
「わ、わかりま……あいたあっ!」
少女は起き上がろうとして痛みに顔をしかめる。
薬草を塗ったとはいえ、とてもじゃないが戦えるような状態ではない。
少年は剣を構えて、少女を庇うように前に出る。
しかし、いくら輝攻戦士と言えども、猛スピードで突っ込んでくるドラゴンを止めるのは不可能だろう。
「うおおおおっ!」
それでも、少年は敵に向かって行く。
彼の頭に逃げるという選択はないのだろう。
仲間のため身を呈して強大な敵に立ち向かう剣士。
あの姿こそ、俺たち冒険者が憧れた姿ではないだろうか。
そう思うと体の奥が熱くなる。
だが、俺ができることは少女を担ぎ、ドラゴンの軌道から逃れるくらいだ。
黒髪の少年がドラゴンと激突する。
その直後、何かが破裂するような音が響いた。
一筋の光が俺の腋を掠めていく。
光はまっすぐドラゴンの喉元に突き刺さり、巨体を大きく仰け反らせた。




