226 ◆俺が冒険者をやっている理由が知りたいって?
獣道を行く途中、木々が途切れた広場に出た。
空を見上げれば雲ひとつない青空が拡がっている。
秋口だというのに日差しは温かく、心地の良い風が吹いていた。
「ふむ、少し休憩にするか」
広場の中央には人の手で作られたと思しき丸太の机と腰掛けがあった。
旅人の休息所として使ってもらうため、親切な誰かが設置したのだろう。
遠慮なく使わせてもうことにして、机の上に荷物を置いて昼食を取り出す。
「ヒル……ケインさんは、なんで冒険者をやっているんですか?」
「む?」
桃色の少女がパンを頬張りながら質問をしてきた。
これまでに何度も受けてきた質問である、
だが、誰かのように蔑みを含んでいるわけではない。
「えっと、魔動乱の時ですけど、うちのお父さんも冒険者だったらしいんです」
「ほう」
「今よりもっとエヴィルがいっぱいいて、大変な時代だったって聞いています」
「その通りだ。毎日が死と隣り合わせだったと言えるだろう」
少女はわずかに眉根を寄せる。
「その、なら、どうして進んでそんな危険な仕事をしていたんですか? 町で暮らしていれば輝士さまが守ってくれるじゃないですか。あの、失礼だったら謝りますけど、ちゃんとした輝士や輝術師と比べたら、冒険者の人たちって、装備も技術もそこまで凄いわけじゃないじゃないですし」
「そうだな……」
彼女は十分に言葉を選んでいるので、冒険者を馬鹿にしているとは思わない。
要は、なぜ危険を冒してまで、冒険者という生き方を選んだのかということが知りたいのだろう。
相手が冒険者仲間ならば一言で語ることができる。
だが、この少女が求めている答えはもっと根本的なものだと思った。
この若さであれだけの技量を持つ輝術師なのである。
おそらくは何かの使命を持ち、必死になって学んできたに違いない。
ならば、真面目に答えないわけにはいくまい。
「安全な仕事でないというのは、その通りだ。冒険者には輝士や王宮輝術師ほどの技量もない。しかし、あの時代には冒険者が求められていたのだよ」
「どういうことですか?」
ウォスゲートから現れたエヴィルの数はあまりにも多過ぎた。
今の五大国が成立し、人間同士の戦乱が終わって百余年……
「当時の大国の輝士団には、エヴィルと戦うだけの練度も覚悟もなかったからさ」
俺は彼女に、歴史から導き出される冒険者の必然性を語ることにした。
「反撃の準備が整うまで、エヴィルが待ってくれるわけもない。輝士の役目は第一に自国の防衛だからな。幸いにも、近年の技術革新によって、富と資源、そして人手だけはあった」
ふと、冒険者になる前の記憶が甦る。
とある小さな町で、毎日手の皮膚がボロボロになるまで水仕事に明け暮れていた頃のこと。
現代でも問題になっているが、当時から住む場所による格差はあった。
特に苦しい思いをしていたのは、働き手として必要とされなくなった、地方の村の余剰人員である。
農業技術の改良により、貧村の民でも飢えに苦しむことはほとんどなくなった。
しかし、それゆえに人々は、日々の糧を得るための仕事に事欠くことになる。
食料だけはどこにでもあるが、タダで手に入るわけがない。
食い扶持を得るための賃金を得るには、町に出て働かなくてはならない。
雇い主の機嫌を伺いながら、同じ人間とは思えないような過酷な労働を強いられた。
夢も希望もない、ただ己の人生を切り売りするだけの空虚な毎日。
そんな人々が飛び付いたのが、冒険者という希望である。
「エヴィルと戦えば金が手に入る。あの頃は、一攫千金を夢見る者たちで溢れてたんだ」
当時、冒険者ギルドに登録すると、それだけで十分な支度金が手に入った。
装備を整えてエヴィルを狩ればさらに儲けられる。
その上、大国はギルドを設立すると同時に、剣士鍛錬所を開いたり、輝術取得のための洗礼儀式への門戸を大きく開いたりと、冒険者のバックアップにも力を入れた。
おそらくは雇用対策も兼ねていたのだろう。
五大国はどこも率先して冒険者を集め、自主的に戦場に赴かせた。
命の危険という代償はもちろんあった。
だが多くの若者が英雄になれる夢を求め、冒険者ギルドに名を連ねていた。
いつしか貧しい身分の人間だけではなく、教養ある町の子弟にとっても、冒険者は名誉ある仕事とされるようになっていた。
「でも、それって……」
やはり聡明なのだろう。
彼女はこのシステムの矛盾に気づいたようだ。
俺は指摘される前に自分の口から、わずかな自嘲を込めてはっきりと言う。
「そう。都合のいい捨て駒さ」
わずかな金をバラまけば、喜んで命を捨てる兵士のできあがり。
冒険者支援は、大国が戦備を整えるまでの時間稼ぎだったのだ。
溢れた余剰人口も、名誉の戦死という美しい理由で、無理なく減らすことに成功した。
実際、魔動乱期だけで、ミドワルトの人口はおよそ六割にまで減ったと聞く。
その結果が、現代の異常なまでの輝工都市への富と人口の偏在に繋がっているのは言うまでもない。
だが、そんな冒険者たちの活躍の甲斐もあって、大国は輝士団を編成し直す時間を得た。
終盤になって、ようやく組織的な反攻を開始することができるようになったのだ。
冒険者に頼り過ぎて、多少時期を逸した感は否めないが……
反攻の時期になると、冒険者の絶対数はかなり減っていた。
中には運良く輝士団に取り入れられたりした者もいたが。
「魔動乱を終わらせたのが、五英雄という冒険者だったのは皮肉なことだがな」
しかし、彼らが活躍できたのは、間違いなく大国の輝士団が大規模な反攻を行ったおかげだ。
結局のところ、命を賭けて戦った者たち全員が、間接的に世界を平和に導いたのである。
「俺たち冒険者がいたからこそ、今の平和はあるわけだ」
言葉を締めくくってから、俺は空を見上げた。
違う、と心の中で何か反論する。
そんなものは後付けの理由だ。
本当は、ただ楽しかっただけなのだ。
あの熱狂の時代が、あの仲間たちと共に命を賭けて世界を回った、冒険の日々が。
国の思惑なんか関係ないのだ。
本当は平和でさえどうでもよかった。
戦後、輝士団の採用選別から洩れたあの日……
閑散とした冒険者ギルドの片隅で感じた気持ちは、祭りが終わる直前の寂しさによく似ていた。
「へえ……」
隣を見ると、少女は瞳を輝かせて熱心に聞き入っていた。
こんな俺の話を、真面目に聞いてくれていたのだ。
「私、魔動乱って五英雄の活躍だけで終わったものだと思ってました。でも、違うんですね。いろんな人たちの努力があったから、プリマヴェーラさまたちは英雄になれたんですね!」
「む、まあ、彼女たちが偉大な人物であったのは確かだがな」
大国の全面的なバックアップを受けたとはいえ、ウォスゲートを潜り、異世界に侵入してエヴィルの王を倒すなど、辺境の冒険者だった俺たちの想像の及ぶところではない。
きっと彼らは本物の英雄と呼ばれるにふさわしい者たちなのだろう。
可能ならば、同じ時代を生きたあの頃に、一度でいいから会ってみたかった。
「君は――」
五英雄に憧れて輝術師を目指したのか、と聞こうとした時。
ふと辺り薄暗くなったことに気づく。
妙だ。
わずか数秒前に見上げた空には、雲ひとつなかった。
太陽を覆い隠すような何かが、空から届く光を遮っている。
それが何を確かめようと、俺は頭上を仰ぎ、そして言葉を失った。
「な、な……」
空にエヴィルがいた。
いや、それはエヴィルと呼んでいいものだろうか。
小山ほどもある巨体。
大きな翼をはためかせて空を行く緑色の怪物。
知性を持たないため、分類上は中位に属するが、それが決して侮れるような存在ではないことを、俺はよく知っていた。
かつて、所属していた冒険者ギルドの総員が、それの討伐のために駆り出されたことがあった。
結果はほぼ全滅の憂き目に合い、命からがら逃げ出した。
あの苦い経験は決して忘れられない。
あの時の討伐対象と同じ、最悪の化け物がそこにいた。
ドラゴン、と呼ばれるエヴィルが。




