223 ◆エヴィルにはこういう倒し方もあるのさ
そういうわけで、我々三人は一路街道を西に向かっている。
街道と言っても、ちゃんとした道が敷いてあるわけではない。
直線状に草が刈られ、むき出しの茶色い地面が伸びているだけだ。
言ってみれば目的地への道しるべに過ぎない。
無論、エヴィルは構わず出没する。
とはいえ、見晴らしの良い地形を選んで進んでいるので、敵が近づけば即座に対処できる。
馬車の交易路にも使われるルートなので、適度な距離ごとに休息所もあった。
残存エヴィルが活動を再開してからは、常駐する人間もいなくなっただろうが……
若夫婦の足も速く、このペースなら日が暮れる前に次の村にたどり着けるだろう。
今日はそこで一泊してから、翌日に改めて森を抜ける予定だ。
トラントの町に着くのは明後日の昼過ぎか。
心配な点があるとすれば……
「ねえねえ、ダイ」
「なんだよ」
桃色髪の少女が、先を行く黒髪の少年剣士の服の背中を掴む。
俺は周囲に気を配るため、二人の後方に少し離れた位置を歩いていた。
分岐路があれば、その都度立ち止まって、行くべき道を指し示してやっている。
「おなか空いたね」
「さっき食ったばかりだろ」
「ごはん食べたいね」
「全然」
「一緒に食べよう!」
「うるせえよ、食わねえって言ってんだろ!」
「怒鳴らなくてもいいじゃない!」
……若干、この二人は緊張感に欠ける節がある。
もちろん常に気を張り詰めていればいいというものではない。
俺と言う護衛がついたことで、安心している部分もあるのだろう。
だが、旅の途中は常に事件事故と隣合わせである。
特にエヴィルとの遭遇は、発見が数秒遅れただけでも命に関わる事態になりかねない。
さらに言えば、二人は異常に軽装なのだ。
乗っていた船が沈没し、荷物も流されてしまったという話だが、普通なら町や村にたどり着いた時点で、新たな装備を整えなくてはいけない。
なのに二人の荷物と言えば、衣服以外には、少年が持っている剣だけ。
少女に至っては、女将に持たされた握り飯とアップルパイしか持っていない。
ちなみに、焼きたてのアップルパイは先ほどから、香ばしい匂いを周囲に振りまいている。
少女が食欲を刺激される気持ちもよくわかる。
恐らく、はぐれた仲間に旅慣れた人間がいたのだろう。
そうでなければ新代エインシャント神国へ辿り着くなど到底できはしまい。
とはいえ、さすがに薬草の一つも持たずとは、いささか常識に欠ける部分がある。
その点だけでもやんわりと指摘しておかなくてはと思った直後、急に少女が足を止めた。
危うく背中にぶつかってしまうところだった。
「おっと。どうした?」
「エヴィルが近づいてます」
街道の進行方向から見て右側。
草原の拡がる方を向きながら、少女が呟く。
俺は目を凝らした。
確かに何かが近づいて来ている。
今は小さな点にしか見えないが、ものすごい速度でこちらに駆けてくる生物がいた。
「間違いないな、エヴィルだ」
少女は目がいいのだろうか。
はたまた勘が冴えているのか。
あんな遠くにいるエヴィルを察知したのには驚いたが、おかげで素早い対処ができる。
エヴィルが種族を識別できる距離にまで近づいた。
最もありふれた、しかし凶悪な四足の魔犬。
キュオンである。
「お出ましか。んじゃ、ちゃちゃっと片付けてやるぜ」
血気盛んな少年剣士が腰の剣に手をかける。
俺はそれを制し、二人の前に出た。
「いや、ここは俺に任せてもらおう」
あまり動じていないところを見るに、二人はキュオン程度なら倒せる自信があるのだろう。
だが、実力の過信は時に身を滅ぼす。
特に仲間とはぐれての戦闘は初めてのはずだ。
ここは少人数でも確実に勝てる戦い方を見せてやらなければならない。
俺は腰から下げた剣をスラリと鞘から抜き放った。
魔動乱期を共に潜り抜けた愛剣である。
もちろん、輝鋼精錬済みの逸品だ。
「えっと、援護します」
「いや、必要ないよ」
少女の申し出を俺はやんわりと断った。
「君たちは身を守ることに専念してくれ。護衛の力量が不明なままでは安心できないだろう?」
駆けだしの冒険者たちに見せてやろう。
これが熟練者の戦闘だ!
※
エヴィルと戦う時は、決して勝利を焦ってはいけない。
消極的と言えば聞こえが悪いが、最優先すべきはとにかく攻撃を食らわないことだ。
異界の魔獣の凶悪な牙や爪は野獣のそれとは違い、一撃を受けただけで易々と骨まで達する。
不意の油断が致命傷に繋がる可能性もある。
故に、まずは全力で防御に気を注がなくてはならない。
戦闘の基本方針は大きく分けて二種類。
完璧に受けるか、確実に避けるかだ。
重装備で固めた屈強な戦士なら、より安全に前者の手段を選ぶ。
だが、それには頑丈な盾や鎧が必要となる。
輝鋼精錬された武具ならばなお良い。
しかしそれだけの防具となれば大きな町でしか手に入らない上に、全身セットで揃えようとすればそれこそ家が建つほどの出費になる。
大半の冒険者はまず手がでないだろうし、中途半端な防具では常に破壊のリスクを負うことになる。
なので(不本意ながら資金に心もとない)俺は、回避重視の戦法を選んでいる。
急所への一撃への備えとして、一部を厚くしたレザーアーマーを装備。
しかし見た目以上に軽いので動きを阻害することはほとんどない。
実はエヴィルの行動には決まったパターンがある。
まるで何者かによって指示を受けているように、「こういう行動に対してはこういう行動を取る」という法則が存在しているのだ。
つまり、そのパターンを知れば相手の動きをある程度先読みし、誘導することすらできる。
それもまた、エヴィルが野生の獣と異なる点である。
無論、行動パターンのすべてを知ることは難しい。
より強力なエヴィルはパターンも多く、先読みも難しくなるだろう。
存在自体が噂に聞いた程度だが、知性を持った上級エヴィルにはそもそも法則が通用しないとも聞く。
だが、キュオンはもっともありふれたエヴィルの一種である。
その行動パターンの大部分は既に研究し尽されていた。
俺はわざとキュオンの眼前一メートルくらいの位置で剣を垂直に振った。
すると魔犬は後ろ脚をかがめ、小さく跳躍し一気に飛び込んでくる。
俺はそれを横に飛んでかわした。
攻撃を避けざま、下からすくい上げるようにエヴィルの腹部を撫で斬った。
薄皮を切り裂いた手ごたえがあったが、キュオンは血飛沫どころか血の一滴も流さない。
だが、確実にダメージは通っているはずだ。
わざと剣を右側で構え、左方向の守りを空ける。
そこを狙うように、キュオンは前足の鋭い爪を伸ばす。
「あぶないっ!」
少女の声が飛んだ。
俺が攻撃を食らうと思ったのだろう。
もちろん、これは俺が相手の動きを誘ったのである。
爪と爪の間へと正確に斬撃を叩き込む。
このカウンターは数ある反撃パターンの中でも難易度が高い。
だが、それだけに端から見ても、俺の技量がはっきりとわかるだろう。
無理をするのはこれで最後。
俺は攻撃を避けつつ、的確な反撃を重ねていく黄金パターンに入った。
あくまで狙うのは、敵の攻撃後の隙である。
間合いが離れすぎたと思えば、やり過ごして次に期待する。
そうして、少しずつダメージを蓄積させていくこと約五分。
十七度目の斬撃がキュオンの首元を掠めた、その時。
「ンギャアアアア!」
この世のものとも思えない雄叫びをあげて、キュオンの体が小さな粒子となって霧消した。
後に残ったのは赤いエヴィルストーンのみ。
戦闘に勝利した俺は、安堵のため息を吐き、剣を鞘に納めた。
当然ながら傷一つ、血糊一つついていない。
「あ、あれっ? エヴィルが消えちゃったよ?」
「心配する必要はない。もう倒した」
少女が目を丸くしてエヴィルが消滅したあたりを眺めている。
エヴィルが消えるところを見たことがないのか? と、疑ったが、
「だって、たいした攻撃もしてないの……じゃなくて、ええと、あんまり傷ついてるようには見えなかったのに、急に消えちゃったから、なんでかなって思って」
なるほど、その言葉で納得がいった。
どうやら彼女は、致死攻撃を食らって消失したエヴィルの姿しか見たことないのだろう。
「エヴィルを倒すのに致命傷を与える必要はないんだよ。一定量のダメージを受ければエヴィルの体は消失する。そういう風になっているんだ」
何故かとは聞かないでくれ。
とにかくエヴィルとはそういう生物なのである。
たとえば首を撥ね飛ばすとか、強力な輝術で焼き尽くすとかいった方法で倒すこともできる。
これなら普通の生物の死と変わりないので、見た目にもわかりやすいだろう。
だが、たとえ傷ひとつなくても、攻撃ダメージが蓄積すれば死に至る。
エヴィルはその過程が非常に目に見えにくいのだ。
「……なるほど、そういう戦い方もあるんだな」
黒髪の少年剣士は感心したように頷いていた。
「一撃狙いの攻撃はリスクも高い。仲間による確実なサポートがある時ならともかく、少人数、特に一対一の状況ではあまり狙うべきではない」
今回の戦いを通して、彼がそれを学んでくれたのなら、幸いと言うべきだろう。




