220 ▽消滅
苦しそうに呻きながら、地面に横たわる四人の盗賊たち。
ビッツさんはその横にしゃがみ込んで、一人ずつ首元に手を当てると、すぐに男たちは静かになった。
「え、あっ」
「殺したわけではない。また暴れられると困るので眠ってもらっただけだ」
トレフは地面にへたり込んでいた。
戦いが終わったのを実感すると同時に、火槍を撃つ前に感じていた恐怖が蘇ってくる。
「さあ、もう大丈夫だ」
ビッツさんが手を差し伸べてくれる。
その表情は、今朝と変わらない優しいものだった。
トレフは火槍を放りっぱなしにしていたことに気づく。
「あ、あのっ、ごめんなさい! 私、勝手にビッツさんの武器を使ってっ」
「ああ、驚いたぞ。しかし、そなたが盗賊の注意を引いてくれたおかげで勝つことが出来た」
ビッツさんは震えているトレフの手を取り、抱きかかえるように起こしてくれる。
「だが、あれは子どもが手にするものではない。反動が大きかっただろう、どこか痛めていないか?」
「だ、大丈夫です」
確かに撃った時の衝撃の大きさには驚いたけれど、お尻と頭を軽く打った程度だ。
指先が少しズキズキするけど、放っておけばすぐに治まる程度である。
「それよりビッツさんこそ、肩を斬られて……」
「なに、かすり傷だ」
そう言うが、浅い怪我には見えない。
現に今も血が流れ続けている。
「ちょっと待ってて下さい」
トレフは自分の服の裾を破ると、その布きれを彼の肩に巻き、とりあえずの止血をした。
「すまんな」
「あまり動かないでくださいね。早く村に帰ってきちんと手当をしないと」
「うむ。しかしトレフは手際がいいな。一度見ただけで火槍の弾込めをしてみせたのは驚いたぞ」
「あ、あれは違うんです」
トレフは自分で弾込めをしようとしたら、代わりに妖精がやってしまったことを話した。
「なんと……いや、あり得るかもしれんな」
「どういうことです?」
「見よ」
二人の傍で横たわっている火槍。
その上を妖精がくるくる回るように飛んでいる。
まるで泉の上で踊っていた時のように、楽しそうに。
「エヴィルストーンが燃焼したことで、漏れ出た輝力を吸収しているのだ。おそらくはその過程を覚えたのだろうな」
「エヴィルストーン? モレデタキリョク?」
彼の言葉はトレフにはよくわからない。
「そう言えば、もう一匹はどうした?」
「あ……」
言われて思い出したが、少し離れた場所に寝かせたままだ。
トレフは急いで草をかき分け妖精を探す。
翅の生えた少女はすぐに見つかった。
が、やはり目を閉じたまま小さく震えている。
両手でそっと抱きあげて、ビッツさんの所まで運ぼうとするが――
「えっ……?」
妖精はトレフの手の中で淡く輝き始めると、一瞬後には形を失って、細かい光の粒になって消えてしまった。
「えっ、えっ。妖精どっか行っちゃった」
いつも現れる時のように、光の球になったのかと周囲を見回す。
しかし、今回はどこにもその姿は見えない。
「やはりか……」
「どうして? なんでいきなり消えちゃったの?」
「いいかトレフ。おそらく妖精というのは――」
「おいおい、やられちまってるじゃねえか!」
ビッツさんが何かを口にしようとした時、遠くから野太い男の声が聞こえてきた。
「どうなってんだよ。いつまで経っても呼びに来ないから様子を見に来てみれば、まさかあんな男とガキに負けたんじゃないだろうな」
「おい、あれって輝動二輪じゃねえか」
「うおっマジか。一獲千金っ!」
次々と現れる、ぼろ布を纏ったような格好の男たち。
会話の内容から見ても間違いなくさっきの盗賊たちの仲間だろう。
前からだけじゃなく、後ろからも近づいてきている。
五、六、七……八人も。
「最悪だな」
ビッツさんが苦々しげに呟いた。
彼はただでさえ腕を動かすこともできない怪我を負っている。
こんな状況で、さっきよりも大勢の盗賊に囲まれるなんて……
「ど、どうしようっ」
「一応、交渉を試みる」
パニック状態のトレフと対照的に、ビッツさんはあくまで冷静だった。
火槍を手に立ち上がり、盗賊たちに呼びかける。
「お前たち、そこで止まれ」
「あ?」
「倒れている仲間が見えるだろう。同じ目になければさっさと立ち去れ」
下手に出ることなく、あくまで強気で脅しをかける。
この状況ですごいハッタリだと思った。
が、盗賊達は怯えてくれなかった。
「おい、優男が何か言ってるぞ」
「なに言ってやがんだ。やれるもんならやってみろ」
「武器は持ってねえみたいだし、まさか四人ともあの棒きれ一本でやられたのか?」
「こりゃ頭も引退時だな」
「大方キタネエ不意打ちでも食らったんだろうよ」
火槍を武器だと認識していないのだろう。
まったく脅しが通じていない。
「……子ども連れゆえ、無駄な殺生はしたくないと思っているのだが」
「うひひ。弄り甲斐ありそうだなあ。なあ、あのガキは俺がもらっていいよな」
「ひっ」
盗賊の一人が剣を舐めながら嫌らしい視線をトレフに向ける。
「どうしても聞いてもらえぬなら、仕方ない」
交渉は失敗。
ビッツさんは深く溜息をついた。
「トレフ。顔を伏せて目をつぶっていろ」
「えっ」
「あまり気分のいいものではないからな」
そう言いながら、ビッツさんは懐から白い小袋を取り出した。
火槍に入れる粉が入っていたのと同じような袋だ。
しかしその口は固く結ばれている。
ビッツさんは火槍を立て、筒先から小袋の中身を入れて行く。
先ほどの粉は赤色だったが、こちらはオレンジ色である。
粉を入れ終わった後は、球の代わりになにやら楕円形の物体を込めた。
それをすばやく奥まで押し込んで行く。
「オイコラ、何してやがる」
「最後の警告だ。死にたくなければ今すぐに立ち去れ」
火槍を構えてビッツさんが低い声で脅す。
盗賊はかえって怒りを増すだけだった。
「うるせえ、やっちまえ!」
五人の男が剣を振り上げ向かってくる。
目を瞑れと言われたが、トレフは男たちから視線が放せなかった。
ビッツさんは小さく舌打ちをして、指先に力を込める。
その直後。
黒い蛇のような何かが宙を切り裂いた。
ビシィ、と強く叩く音が聞こえる。
と同時に盗賊の体が吹き飛んだ。
音は連続する。
ある者は肉を切り裂かれて叫び声を上げる。
ある者は上からの力に強引に地面に叩きつけられた。
またある者は、黒い何かに捕らえられ、森の向こうへと放り投げられた。
「はっ、ああっ?」
最後に残った盗賊が、マヌケな声を出して周囲を見回す。
トレフに嫌らしい視線を向けた気持ち悪い男だ。
すでに立っている者は彼しかいない。
木の上から人影が降ってきて、男の背後に着地した。
「幼い少女に手を出すような外道は、地獄で懺悔しろ」
その人物は盗賊の首筋を掴むと、信じられない力で思いっきり地面に叩きつけた。




