21 ひとりぼっちの昼休み
「な、なあ。なにがあったんだ? 今度はいったい……」
「知らないっ」
あまりにイライラしてたもんだから、ついジルさんに対する応えも乱暴になる。
「けど珍しいね。二人がケンカするなんて」
「なぁ……」
ターニャとジルさんがしみじみと顔を見合わせる。
いや、言い争いならしょっちゅうなんだけど。
こんなふうに時間を跨いでケンカし合うなんて初めてかもしれない。
けどあんな態度って許せる?
せっかく私から謝ろうとしたのに、完璧に無視なんて!
教室でも目もあわせようともしないし!
ちなみに今はHR後の休み時間。
「しかしルーチェはともかくナータがあんなになるなんてなぁ」
どうせ私は短気ですよっ。
「入学式のすぐ後以来じゃない? ジルと派手に言い合った時」
「うわ。その話はやめてくれ。けどあそこまで露骨にしなくてもなぁ……」
今、ナータは廊下側にある自分の席に座っている。
窓際の席に固まっている私たちとはちょうど教室の逆側。
何をしているかというと机に頬杖をついてこっちと反対側を見ている。
廊下側、何もない真っ白な教室の壁を。ただじーっと。
私を無視していますよって意思表示するためだけに!
全身から「私に話しかけるな」オーラを発していて誰も近づこうとしない。
近くの席の人たちもナータの雰囲気から何かを察して机を離して安全な場所に避難している。
「わがままなんだよ、ナータは」
私が無事でいる事でジュストくんは悪い人じゃないってことはわかったはず。
なのにどうして自分の間違いを認めようとしないのよ。
「私が言うことを聞かなかったら悔しいだけなの。私が男の人といるのが珍しいからって、それが何かの間違いみたいに決め付けてさ」
「男ぉ?」
ジルさんが変な顔で聞き返す。
ターニャなんか持っていたペンを落としてる。
そんなに私が男の人といると変かな……。
「そう。昨日の危ないところを助けてくれた人。偶然なんだけどお父さんの知り合いで家に遊びに来たんだ」
私はナータにも聞こえるように大きな声で説明した。
直接話しかけられないなら嫌でも耳に届かせてやる。
勝手に勘違いしてるだけだって、しっかりとわからせてやるんだ。
「それでお礼も兼ねて街を案内してたんだけど、ばかなナータがそれを勘違いして――いたっ!」
な、何っ?
どこからともなく何かが飛んできて猛スピードで私の側頭部を直撃した。
ジルさんが床にしゃがみ込んで落ちたものを拾う。
消しゴムだった。
ナータの方を見ると彼女は変わらず頬杖と突いたまま何もない壁を見ている。
机の上にさっきまでなかったペンケースが置いてあった。
消しゴムを投げた犯人は一目瞭然。
むかむかむかむか。
直接的な攻撃を受けて私は怒りに打ち震えた。拳を握り締めて立ち上がった。
「お、おちつけ。授業も始まるし今はやめておけ」
ジルさんに抑えられた私は何とか自分を抑えて席に戻る。
もう絶対に謝らない! ナータが間違いを認めるまで絶対に私から話しかけてなんかやらないんだからね!
※
四時間目の授業が終わり、昼休みの時間がやってくる。
いつもだったら四人で仲良くお弁当を広げる時間。
けどナータはもちろん参加しないし私も気まずい中で食事を取るのは耐えられない。
「お、おいルーチェ」
お弁当を持って教室を出ようとする私をジルさんが呼び止めた。
「どっか別の場所に行って一人で食べる。悪いけど」
「わかった」
何か言おうとするジルさんを制してターニャが答えた。
彼女はやたらと心配したりはしないけどちゃんと私の気持ちを理解してくれる。
「ごめんね」
「いいよ。こっちは任せて」
二人に謝って私は廊下に出た。
教室を出る瞬間、チラリとナータの席を見ると彼女は机を壁の方に向けて一人で食事を始めていた。
※
さて。
教室を出てきたのはいいけれど、どこへ行こう。
お弁当を持ってウロウロしてる間に休み時間が終わったら意味がない。
どこか落ち着ける場所を探さなきゃ。
とは言っても教室以外で食事をすることってほとんどないからどこへ行けばいいのかわからない。
中庭なんかは常にいくつかのグループが陣取っていて、外で遊ぶのが好きな娘たちがボール遊びをしている。
どっちも一人でご飯を食べてたら気まずい場所。
部室にでも行こうかな。
けどわざわざ鍵を借りに行くのも面倒だし、理由も説明しづらいからなあ。
校内をぐるっと回ってみたけどどこへ行っても大勢の中に一人はやっぱり寂しい。
考え方を変えてみよう。
一人でいてもおかしくない場所。
となればやっぱり静かなところでしょ。
そういうわけで図書室へと向かうとしましょうね。
※
南フィリア学園の図書室は町の図書館と比べてもそん色ないくらいに広い。
蔵書数も豊富で知識や物語を求める少女たちが日々有効利用している。
私も時々利用するけど、お昼休みなんかだとよく食事中の人も見かけたのを思い出す。
思ったとおり図書室の中はまばらに人がいた。
多少カビ臭い本のにおいが気になるけど、厳粛な雰囲気を演出してくれてると思えば悪いものじゃない。
何人かいる生徒はみな静かに本を読んでいるか、もくもくとお弁当を食べているだけ。わいわい騒ぐような人は誰もいない。
うんうん、気持ちを静めるためには最適かもね。
「ルーチェ先輩?」
カウンターから私を呼ぶ声がした。
「あ、やっぱり。こんにちは」
……はて?
先輩って呼ぶからには下級生だろう。
一年生の知りあいと言えばひまわりの後輩くらいだけど、この娘は違う。
薄いブルーのショートカットと大きな目。小ぢんまりとしていて可愛らしい顔。
最近どこかで見た覚えがあるけど……
「あ」
思い出した。
「えっと、ナータの後輩の娘?」
「お話するのは初めてですね。剣術部一年でポエマといいます。エマと呼んでください」
カウンター越しに彼女はぺこりとお辞儀をした。
そうそう。昨日ナータと会った時一緒にいた後輩の娘だよ。
剣術部の一年生でナータのことを慕っている女の子。
頭を上げたエマちゃんはにっこりと微笑んでいた。
かわいい娘だなぁ。
「よろしくね。エマちゃん」
私も笑顔で挨拶を返す。
「昨日はごめんね。気分悪くさせちゃって」
私とナータのどっちが悪いかはともかく、この娘をまきこんじゃったことは申し訳ないと思うから彼女にだけは謝っておきたい。
エマちゃんは少しも表情を変えずにっこり笑顔のままで――
「本当ですよ、最悪の気分です。あんなところで貴女に会わなければ最後まで楽しく先輩と過ごせたのに」
あ、あれ?
ききまちがい……かな?
「せっかく先輩と二人っきりだったのに貴女のせいで台無しです。先輩は機嫌悪くなって帰っちゃうし、昨日の夜はハラワタ煮えくり返って眠れませんでした」
どうやら聞き間違いじゃないみたいだよ。
天使みたいに無垢な笑顔のまま堂々と文句を並べてくる。
は、はっきりいって、怖いぞっ。
「ルーチェ先輩は今日はどうして図書室に?」
「あ、あの、今日は気分を変えてみようかなーって思いまして」
「なるほどぉ。インヴェルナータ先輩と同じ教室にいるのがいたたまれなくって逃げ出してきたんですね。この臆病者」
「…………」
流石の私でもはっきりとわかる。
この娘、私を思いっきり嫌ってる!
「あ、あのじゃあ。私は探し物があるから……」
私は彼女のことをほとんど知らないし、後輩と口げんかなんかしたくない。
そそくさとその場を離れるとできるだけ図書室の奥へと逃げた。
せっかく図書室に来たんだから何か本でも読みながら食事しよう。
手近にあった絵本を手に取り、お弁当と一緒にページを開いて――
「食事しながら本を読むのは止めてください。みんなの本なんですからきたない手で汚されると困ります」
いつの間にか目の前にいたエマちゃんに怒られた!
相変わらずにこやかな表情だけど有無を言わせない調子。
「ご、ごめんなさい」
確かに彼女の言っていることは正しい。
汚したらまずいし、私は素直に謝って本を閉じた。
でもきたない手はひどいよ。食事前だからちゃんと洗ったもん。
エマちゃんは少し困ったような表情を見せて、
「すいません。私もできればうるさいことは言いたくないんですけど、いちおう図書委員なもので、ルーチェ先輩みたいな当たり前のルールも守れない非常識な人を注意するのも仕事なんです。悪く思わないで下さいね」
ぐさぐさぐさ。
明確な悪意を持った言葉の棘が容赦なく突き刺さる。
「……ごめんなさい」
もう一度私が頭を下げるとエマちゃんは、
「いいんですよ、次からは気をつけてくださいね」
と、まるで年下を諭すように言ってカウンターの方へ戻って行った。
……わざわざ私を注意するためにこんな奥まで着いてきたのかな。
確かに悪いとは思うけど、そんなに嫌われるようなことしたかなぁ……?




