199 再戦に向けて
さて、そういうことでゆっくりしている余裕はなくなった。
街中を戦場になんて絶対にさせちゃダメだ。
私も白の生徒なんて言われているんだから、ケイオスの一体くらい、ぱぱっと片付けなきゃ。
誇りとかそういうのじゃなくて……とにかく、何とかしたい。
そろそろ夕暮れも近い。
お城に戻るための通りを歩いていると、路地裏からダイが出てくるのが見えた。
「ダイ!」
声をかけると、ダイは面倒くさそうにこちらを振り向いた。
腰にはゼファーソードをぶら下げている。
「なにやってるの。まだ完治してないから寝てなさいって言われてるでしょ」
「見りゃわかるだろ。すぐそこの川原で素振りしてたんだよ」
見てもわかんないよ。
そんな所に川があるなんて知らないし。
「またカーディナルと戦うつもり?」
「当たり前だ。負けたままでいられるか」
ダイのことだから、落ち込んでるとまでは思わなかったけど……
あれだけこてんぱんにやられたんだし、少しくらいは怯えたりするかと思った。
全然そんなことないみたい。すごい負けず嫌いだなあ。
「言っても無駄だろうから止めないよ。でも、せめて完全に怪我が治るまでは安静にしておきなよ」
「わかってる。だからこうして日没前には帰ろうとしてんじゃねーか」
ダイは戦闘バカだけど、決して頭が悪いわけじゃない。
カーディナルの実力を目の当たりにして、すぐさま再戦を申し込もうとは思っていないみたいだ。
「認めたくねーけど、オレ一人じゃアイツには勝てない。だからって他人任せにする気もないけどな」
「じゃあ、どうするつもり?」
「怪我が回復したら、ジュストと二人でもう一度挑戦する。あいつは何か考えがあるみてーだからな」
再戦するつもりなのはダイにも話していたらしい。
ジュストくんは自信ありげだったけど、私はまだ作戦の内容すら聞いていない。
それどころか彼とはあれきり会っていないんだけど、ダイはどこで話を聞いたんだろう。
「ジュストくん、どこかで修行してたの?」
「いや、図書館で調べ物をしてたぜ」
いろんな施設の入っている高層棟の中には図書館もある。
うーん、ちょっと行ってみようかな。
「ありがとう。じゃ、ちょっと行ってみるね」
「おう」
「怪我が治るまで、本当に無理しちゃダメだよ?」
「わかってるよ」
ぶっきらぼうに返事をするダイに手を振って、私は高層棟へと急いだ。
※
上階に博士の部屋がある高層棟D。
その二階と三階は図書館になっている。
二階は半分が読書室。
半分が通路を広めに取ってある本棚スペースで、学校の図書室と大体同じくらいの広さだ。
読書室にはジュストくんの姿が見えなかったので、三階に上がってみる。
三階フロアは本棚が迷路のように入り組んでいた。
見ているだけで頭が痛くなってくるほど本で溢れかえっている。
カビくさくて居心地が悪い。
早々に引き上げようとした時、ジュストくんの後姿を見つけた。
なにかの本を熱心に立ち読みしている。
なんとなく声をかけ辛い雰囲気があった。
音を立てないようにゆっくりと近づくと、彼は私に気づいて振り向いた。
「あれ、ルー?」
「あっ……こ、こんばんは」
うわ、気まずい。
足音を消して近づいて、私ってばなんか怪しいやつみたいだぞっ。
「いたなら声をかけてくれればよかったのに」
「い、いや、集中してるのを邪魔しちゃ悪いと思って」
ジュストくんは読んでいた本を棚に戻すと、壁にかけてある時計を見た。
「もうこんな時間か。そろそろ帰らないと」
「うん、私もそのつもり」
私はジュストくんが読んでいたらしい本の背表紙に目を向けた。
「『輝攻戦士戦術録』?」
「ああ、ちょっと調べたいことがあってね」
「やっぱり、もう一度カーディナルと戦うつもりなんだよね?」
「もちろんだ。ザトゥルさんの仇は必ず討つ」
ザトゥルさんがやられたときのジュストくん、普段じゃ考えられないくらい怒ってたもんね。
きっとすごく尊敬してるんだろう。
私はあの人、あんまり好きじゃないけど。
「最近見なかったから、てっきり秘密の特訓でもしてるのかと思ってたよ」
「いまさら多少の訓練をしても黒衣の妖将には歯が立たないよ。それよりも、別の手段を探した方がいいと思ってね」
ジュストくんは、ダイとは少し考え方が違うみたいだ。
「カーディナルに勝てそうな方法があるの?」
「一応ね。だけど、またルーの力を借りることになるかもしれない」
気まずそうに言うジュストくん。
私なら別にいいって言ってるのに。
何かを言おうとして迷っていると、ジュストくんは読んでいた本を閉じて本棚に戻した。
「さて、日が暮れる前に戻らないと」
「ジュストくんはどこに泊まっているの?」
「ザトゥルさんの家だよ」
他の人と違い、ザトゥルさんは厳密な意味での吸血鬼被害者じゃない。
被害者のためのベッドを占領したくない、自分がやられたことで街の人たちに心配をかけたくないなどの理由で、自宅療養することになった。
ザトゥルさんには家族がいないから、夜はジュストくんが面倒をみているそうだ。
「じゃあ、また明日ね」
「城まで送っていくよ」
二人っきりの帰り道……
とても魅力的な提案だけど。
「すぐ近くだし大丈夫だよ。私を送ってたら、ジュストくんが帰る頃には日が暮れちゃう」
私がそう言うと、ジュストくんは一応納得してくれた。
「わかった。それから、くれぐれも夜の外出は控えること。いいね?」
「うん」
「もしもカーディナルと出会ったら、その時はすぐに逃げて」
「わかった。けど、万が一のときはジュストくんが助けに来てくれるよね?」
「もちろん、すぐ駆けつける」
まっ……冗談のつもりだったのに。
そ、そんなこと真面目な顔で言われたら、かなり照れちゃうぞっ。
「でも、どこで襲われてるかわからないとっ」
「うーん、そうだなぁ」
ジュストくんは首を捻って少し考え、
「じゃあ、花火の術を打ち上げて知らせてよ。あれならどこから見てもすぐわかるからさ」
「そうするね。じゃ、お願いします」
彼の真面目な性格がなんだか可愛くて、私はこんな時にもかかわらず嬉しい気持ちになってしまった。
※
「あ」
「ノ」
お城に戻り、廊下の途中で見覚えのある顔と再会した。
おまんじゅう……
じゃなくて、えーと……
名前わすれた。
ダイにやられたおまんじゅうみたいな顔の星輝士さんだ。
「こ、こんにちは」
私に非はないとはいえ、この人に会うのは非常に気まずい。
ダイにやられた傷はまだ癒えていないのか、頭には大げさに包帯が巻いてある。
「だれかと思えば、あのクソガキのツレかノ」
この間から思ってたけど、どうしてこの人ってこんな変な喋り方なんだろう。
「あのクソガキのせいで散々なノ。首は痛いし、ママンは心配するし、ボキのメンツは丸つぶれなノ」
「ご、ごめんなさ……い」
うわあ、すっごい嫌な気分。
私は悪くないとかいう以前に、こんな人に謝る羽目になったことがたまらない屈辱だ。
「しかし、あのガキ、伝説の勇者だとかふいておきながら、結局は吸血鬼にやられてるノ。はっきり言ってお笑いなノ」
むっ。
なによ、おまんじゅうさんなんか、カーディナルと戦ってもいないくせに。
「ダイは自分で勇者なんて名乗っていませんよ」
「同じことなノ。素直にボキに吸血鬼退治を任せておけば、痛い目をみずにすんだノ」
こいつは……
ダイにやられたくせに、どこからそんな自信が出てくるんだろう。
「見てるがいいノ。怪我が治ったら、吸血鬼ぐらいボキが一秒で始末してやるノ」
コイツだけはさっさとカーディナルにやっつけてもらった方がいいかもしれない。
ひょっとしたら、コイツの輝力を吸ってあまりに酷い味にお腹を壊したりして。
いやダメだ。博士の部屋に行くたび、こんな奴の呆け顔を見ると思うとうんざりする。
看病するフレスさんもかわいそう。
「ダ、ダイに敵わなかったあなたが、カーディナルに勝てるとは思いませんけど」
さすがに黙っているのもストレスが溜まるので、精一杯の皮肉を込めて言ってやった。
「なんだ、負け犬の肩を持つかノ。さてはお前、あのクソガキの女かノ。せいぜい負け犬とベッドの中で慰め合ってるがいいノ」
うごっ!
こ、このまんじゅうめ、なんて下品なことを……
だ、だめだ、これ以上この人といたら、自分を抑える自信がない。
ダイの二の舞にだけはならないようにしないと
「ボキがあのクソガキに後れを取ったのは油断したからなノ。最初からやつの技を知ってたら、華麗な動きとスピードで翻弄してやったノ。やつの攻撃は威力があるけど、止まってなければ当らなかったノ」
あーはいはい言ってなさい言ってなさい。
なんだかんだ言ってもあなたは負けたんじゃないの。
負け惜しみなんて、かっこ悪いってば――
っと。
「おまんじゅうさん、いま何て言った?」
「おまんじゅうとは誰のことなノ」
「あ、ごめんなさい……それより、いま、どうやったら負けないって言いました?」
「簡単なことなの。動いていれば攻撃は当たらない。当たらなければ負けることはないノ」
当たらなければ負けることはない……
そうだ、それは当たり前のことだ。
昨日自分で言ったじゃない。
周りから見たら当たり前のことでも、自分からみたら気づかないこともあるって。
私、輝術の威力にばっかり目を向けていて、そんな簡単なことも気づかなかったんだ。
いま鍛えるべきなのは術の威力じゃなくて――
よぉし、希望が見えてきたぞ!
「それだよ、おまんじゅうさん! おかげで何とかなりそう!」
「なにを言ってるかわからないが、もっと敬えなノ。もしボキに服従するなら、今晩くらいは一緒に寝てやってもいいノ」
「――冗談じゃねえよデブ」
みよーん。
「うおっ! なんて目つきなノ! おまえみたいな怖いやつは願い下げなノ!」
ともかく、これで対処法が見つかった。
明日から……ううん、今夜から特訓開始だ!
「おまんじゅうさん、ありがとう! 二度と会いたくないけど、ありがとう!」
私は一応おまんじゅうさんにお礼を言って、再び城の外へ向かって……
走ろうとして、夜はカーディナルと出会う可能性があることを思い出した。
うん、やっぱり特訓は明日からにしようね。
「礼を言われて悪い気はしないが、ボキの名前はユピタなノ。間違えるんじゃないノ」




