190 老いた輝攻戦士
しばらくは剣を打ち合う音や、カーディナルの電撃らしき音が後ろから聞こえていた。
けれど西地区を抜ける頃にはもう、周囲は静寂に包まれていた。
「はぁ、はぁ……」
全速力で走ったから、かなり疲れた。
ダイを担いだままのジュストくんも、流石に息が上がっている。
「ど、どういうことなのか、説明してくれるよねっ」
来る途中で立ち寄った二十四時間ショップの前で立ち止まり、私はジュストくんに尋ねた。
ジュストくんはダイを背負ったまま私の方を向く。
「昨日、あれからザトゥルさんのところへ行って問い詰めたんだ。どうしてカーディナルと戦おうとしないのかって」
「戦おうとしない?」
ザトゥルさんはこれまでカーディナルと一度も戦っていない。
それは、よく考えたらおかしな話だ。
だって、ザトゥルさんみたいな一流の輝攻戦士が一人で出歩いていたら、すぐにカーディナルの方から狙ってくるはず。
さっきのやり取りを見ても、カーディナルがザトゥルさんを避けていた感じはない。
「ザトゥルさんの体は、もうボロボロなんだって」
「え……?」
「輝攻戦士は体に掛かる負担がとにかく大きいんだ。若いうちならともかく、四十年以上も輝攻戦士をやっていると、体力を維持するのが難しくなる。やがては、衰えた体が大きすぎる輝力に蝕まれて……」
私は皇帝さまがザトゥルさんに期待をしていなかったことを思い出した。
皇帝さまもわかっていらしたんだ。
あの人に、これ以上の無茶をさせちゃいけないって。
「この数年、ザトゥルさんは一線を離れ、南方の国境で若い輝士の剣術指南をやっていたらしい。本当はエヴィルなんかと戦える状態じゃないんだってさ」
「それじゃ、この前の村でカーディナルと戦ったのは……」
「かなり無茶をしていたみたいだ。その後、数日は体がまともに動かなかったって」
そうだったんだ。
ダイやジュストくんと比べても豪快な戦い方をする人だったし、ものすごく強かったから、そんなこと少しも気がつかなかった。
「かと言って、帝都の危機を放っておけるような人じゃない。ザトゥルさんはカーディナルを倒すため、慎重に対策を練っていたんだ」
「マルスさんに戦わないように言ったのは……」
「実際に刃を交わしてみて、あの人じゃ勝てないことに気付いていたからだろうね」
今回ダイが完膚なきまでにやられるのを見て、カーディナルが普通に戦っても勝てない相手だってことはわかった。
正面から戦ったんじゃダメだ。
倒すなら、相手の裏をかかないと。
「その作戦って言うのは?」
「それはわたしが説明してあげるよ」
私の質問に答える声は、近くの民家の屋根の上から聞こえてきた。
「特殊な投薬によって、自分の輝力を毒に作り変える。その上でわざとわたしに輝力を吸わせ、内部から操作して破壊する。奴隷輝士処刑方の応用みたいなものだね」
見上げると、そこには凄惨な笑みを浮かべたカーディナルが立っていた。
「ザトゥルさん!」
彼女の手の先には、無造作に襟首を掴まれたザトゥルさんがいた。
気絶しているのか、されるがままにうな垂れていて、ジュストくんの声に反応もしない。
「そんな子供だましは通用しない。あいにくだけど、こう見えても輝力の扱いと知識に関してはスペシャリストを自負してるんだ」
カーディナルはゴミを捨てるように、ザトゥルさんを屋根から放り投げた。
ジュストくんが受け止めようとするけれど、ダイを背負っていたために間に合わず、ザトゥルさんは大きな音を立てて地面に落下した。
「せっかくの上物の輝力を無駄にしただけ。楽しみにしてたのに、がっかりだよ」
おやつを食べ損ねた少女が手近なおもちゃに八つ当たりをするように。
無邪気だけど、残酷に。
カーディナルはザトゥルさんを冷たい目で見下ろした。
「貴様……!」
ジュストくんは背負っていたダイを地面に降ろすと、怒りを込めた瞳でカーディナルを睨み付けた。
「言っておくけど、そいつが勝手に倒れたんだからね。壊れかけの体で無茶したらボロボロになるのは当然だよ。大人しく私に食べられておけばよかったのに、ただのバカだよ」
「ザトゥルさんを侮辱するな!」
ジュストくんが大声で怒鳴る。
尊敬する人を侮辱され、本気で怒っているようだ。
「このままじゃこっちも不完全燃焼だし、一人くらいはまともに食べておきたい所だけど」
カーディナルは明るくなり始めた西の空を見上げた。
ため息をつき、ふわりと宙に浮き上がる。
「もう朝が来ちゃうから、また今度ね」
「待てっ!」
ジュストくんが抜き身の剣を握り締め、カーディナルを追いかける。
カーディナルはバカにするように手を振ると、そのままどこかへ飛び去ってしまった。
後には私とジュストくん、それから気を失ったままのダイとザトゥルさんだけが残された。
「ザトゥルさん……」
ジュストくんは剣を鞘に納め、倒れているザトゥルさんに近寄った
外傷は見当たらないけど、体はボロボロなんだろう。
ダイもだけど、早く手当てできる場所に運ばなくちゃ。
「わ、私がダイを運ぶからっ」
ジュストくんはザトゥルさんを、と言おうとした私に向けて、ジュストくんが手を差し伸べてきた。
「一刻も早く連れて行きたい。僕が二人を運ぶ、だから……」
彼が言おうとしていることはすぐに理解できた。
怪我人を放ってまで意地を張ることはできない。
私はジュストくんの手に触れ、輝力を送った。
※
翌日、私たちは博士のところへ向かった。
ザトゥルさんもダイも、輝力を吸われたわけじゃない。
けど、いちおう吸血鬼にやられた被害者として、博士の部屋に寝かせてもらっている。
星輝士や白の生徒を一般の輝術診療所で診てもらうのは混乱の元になるし、マルスさんの一件以来、吸血鬼被害者は絶対に公表しないようになっているそうだ。
ザトゥルさんの具合は非常に悪いらしい。
体がボロボロだったことに加え、投薬によって無理矢理毒化させた輝力が自分自身の体を蝕んでいるようだ。
治療が成功するかも五分五分。
仮に一命を取りとめたとしても、二度と輝攻戦士として再起はできないらしい。
「天下の星帝一三輝士が、たった二日で四人もやられちまうとはな……」
フレスさんに看護の指示を与え、博士はどっかりと椅子に座り込んでため息を吐いた。
ちなみに、吸血鬼騒動とは全然関係なくやられたユピタは自宅で療養しているらしい。
そのユピタをやった張本人のダイは明け方近くに意識を取り戻した。
いまも一番窓側のベッドに横たわっている。
輝粒子を破られたことで受けたダメージは大きく、とてもじゃないけど動き回れる状況じゃない。
けど、それ以上に敗北したショックが大きいのか、私やフレスさんとも口をきいてくれなかった。




