184 お馬さんの末路
あーもう、なにあれ、なにあれ!
むかつく、むかつく!
ザトゥルさんが出て行った後、ジュストくんは物憂げな顔で外を眺めていた。
窓の向こうにはアイゼンの街並みと、都市を囲むようなうっそうとした森が拡がっている。
迷ったけど、私は彼に声をかけてみた。
「あ、あの、気にすることないよ? 私、ジュストくんをドレイとか、そんな風に思ってないから」
「わかってるよ」
そう言って振り向いたジュストくんは、少し悲しそうな顔で微笑んでいた。
「僕が自分の力で輝攻戦士になれないのは事実だしね。それを指摘されたのは悔しかったけど、ルーと隷属契約したことを後悔なんてしてないよ」
そ、そう……?
それならよかった、けど。
「ごめん、ちょっと頭を冷やしてくる」
「あっ、どこに行くの?」
「大丈夫だから。先にホテルに戻っていてくれ」
そう言ってジュストくんは部屋から出て行ってしまった。
やっぱり、ショックだったのかな。
奴隷輝士なんて、そんなの呼び方の違いだけじゃない。
私が前に呼んだ小説では、一生を添い遂げる、ふ、夫婦のように書かれていたし。
それにしてもザトゥルさんめ……
いくらジュストくんの恩人だからって、腹立つ!
「それで、貴女方はどうなされますか?」
床を踏みしめている私にメルクさんが尋ねてきた。
「ザトゥル先輩が仰った通り、城には客室を用意してあります。よろしければ私が案内しますが」
「メルクさんはどうするんですか?」
「私も一度城に戻ります。汚名を晴らしたいとは思いますが、私一人では吸血鬼には敵わないことは、身に染みて理解しましたから」
「だったら私も協力します。私たちで吸血鬼をやっつけて、ザトゥルさんを見返しちゃいましょう!」
お兄さんをやられた上、散々に言われて。
このままじゃメルクさんが可哀想すぎる。
名誉だかなんだか知らないけど、私はあなたの味方だからね!
「お気遣いありがとうございます。けど、私たちだけじゃ無理ですよ」
う……
そ、そうだよね。
勢いで言ってみたけど、大国で最高の輝士が二人がかりでも敵わないのに。
私なんかが手伝ったところでたいして変わらないか。
下手したら、勝手なことをしたとかで、またメルクさんが怒られちゃうかもしれない。
ちゃんと考えてから喋れって、前に誰かから言われたなあ。
「ごめんなさい。無責任なことを言いました」
「いえ、そうではなく、私たちでは吸血鬼には会えないんです」
「どういうことですか?」
「吸血鬼被害者には、ある共通した特徴があるんです」
「共通した特徴?」
私はこの部屋で寝ている吸血鬼被害者たちの顔を見渡してみた。
誰もが顔をだらしなく弛緩させていて、とても悲しい気分になってくる。
彼らに共通する特徴、それは――
「全員、若い男の人?」
「そうです。それも、決まって容姿端麗な男性が狙われている」
言われてみれば。
マルスさんは言うまでもなく、ビッツさんも見た目はかなりの美青年だ。
他の人たちもみんな、かなり整った容姿をしている。
「吸血鬼の趣向か、または輝力を奪う条件があるのか……とにかく、狙われるのは必ず若くて見た目の良い男性だけなのです」
狙われるのは決まって男性。
それに若さとかかっこよさの条件が加わるのかはわからないけど、どっちにせよ私たちだけじゃ吸血鬼に会うことさえできないみたい。
「星輝士に若い男はマルスを含めて五人いますが、そのうち三人は国外での任務に就いていますし、残りの一人は最初から戦う気がないみたいで……」
いない人を当てにしても仕方ないし、やる気のない人はもっと仕方ない。
若くてカッコイイ男の人かあ。
ジュストくんなら大丈夫じゃないかな。
だって、あんなにカッコイイんだもん。きゃ。
けど、彼はどっかに行っちゃったし。
「考えてもいても仕方ありません。案内しますから、城に向かいましょう」
「ちょっと待った」
部屋を出ようとした私たちを、博士が呼び止めた。
「お前らの誰か一人でいいから、吸血鬼被害者の看病を手伝ってもらえんか? ライン一人じゃこの数は診きれんし、かといって外の人間に任せたらどんな惨事になるか……」
「そういうことでしたら、私にお手伝いさせていただけないでしょうか」
フレスさんが手を上げた。
「簡単な治癒輝術なら使えますし、初級の看護資格も持っています」
「え、そうなの?」
「村ではお医者さんの手伝いもしていましたからね」
それがどんなものかわからないけど、資格ってことは結構難しい試験に合格したんだろう。
「勝手なことを言ってごめんなさい。でも、苦しんでいる人がいるのを放っておけないんです」
「ううん。じゃあ、終わったら迎えに来るから」
便利な輝術は使えても、フレスさんはあんまり戦いに慣れていない。
無理に吸血鬼退治を手伝わせるより、こっちにいた方が安全だ。
「ありがたい。早速で悪いが、患者に与える栄養剤をそこに書いてある分量通りに配分してくれ」
「はい、わかりました」
博士の指示に従ってフレスさんはせわしなく働き始めた。
私は彼女に「すぐ戻ってくるから」と告げてエレベーターに乗り込んだ。
※
下の怖い女の人たちを思い出して、エレベーターを降りるのが憂鬱だったけど、メルクさんと一緒だったおかげで大した非難は浴びなかった。
半泣きでエレベーターを死守しているラインさんが、なぜかこっちを見て敬礼していたけど、私たちはこの場を彼に任せて高層棟を後にした。
メルクさんは移動の間ずっと黙っていた。
会話ができそうな雰囲気はない。
やっぱりお兄さんがやられたこと、ショックなんだろうな。
「あ、ルー子!」
お城へ向って歩いていると、聞きなれた声に聞き慣れた呼び名で呼ばれた。
「あ、ダイ。よく中に入れたね」
白の生徒の証を持ったまま先に来ちゃったから、てっきり入れなくて困っているかと思った。
もしかして、壁を乗り越えたか……
まさか門番の人を張り倒したりしてないでしょうね。
「おう、コイツがあれば大抵の輝工都市には入れるからな」
そう言ってダイは、以前に見せてもらった何かの紋章を象った細工を見せてくれた。
これ、第一級国賓証とか言うやつだっけ。
なんだ最初から心配する必要はなかったんだ。
「あの子は、安らかに眠れた?」
「ん?」
「お馬さん」
大怪我を負って、歩くことができなくなっちゃった、馬車の馬。
早く楽にさせてあげるために、ダイは一人残って私たちを先に行かせた。
辛い役目を押し付けちゃった彼には本当に申し訳ないと思っている。
何故かダイは首をかしげた後、ポンと手を叩いた。
「ああ、大丈夫だぜ。今頃ぐーすか眠ってるんじゃねーか」
おい、ちょっとまて。
なんでそんな明るいのよ。
あんなに悲しそうに振る舞っておいて、その態度の変化はあんまりなんじゃない。
いや、辛い役目を任せた私たちがとやかく言えることじゃないんだけど。
「いや、苦労したぜ。重いのなんのって。馬車にさえ乗せちまえば簡単に運べると思ったんだけど、意外に大変でな」
「……は?」
「下手に動かしたら怪我が悪化しちまうし。偶然通りかかった旅の団体に手伝ってもらわなかったら、今頃まだ山ん中で苦労してたぜ」
「あの、何の話をしてるの?」
「馬の話だろ。放っておくわけにいかないから、どうにか運んでやろうって」
運ぶって、馬を?
何十キロもある馬を、一人で運ぶって?
こいつばかだ!
動物思いだけどばかだ!
「その団体が動物愛護なんとかってやつらでさ。もう馬車はひけないだろうし、引き取ってもらっちゃったけど、別にいいよな」
「あ、うん。それは別にいいんだけど……」
ばかだけど、なんだかんだ言って、いいやつなのかもしれないな。
「てっきり、一思いに楽にさせてあげるのかと思ったよ」
「オマエ……残酷な事言うなよ……」
平気で盗賊を殺そうとしてた子に言われたくない。
「動物だって友だちだ、傷ついてるからってトドメを刺せるかよ。オレの村では、自分の家で飼ってた動物は、人間と同じ墓に入るんだぜ」
へえ、そういうものなんだ。
私たちの感覚から見れば、特別な愛情を込めた愛玩動物以外は、友だちなんていう感覚はない。
特に家畜は人の役に立つためにいるのが当たり前だから。
文化の違いなんだろうけど、なんとなく自分が冷たい人間に思えてしまう。
機械に囲まれて動物と付き合わなくなった、輝工都市に住む人間の考え方は、生き物に対して冷たすぎるのかもしれない。
そんな私たちより、動物と一緒に暮らしていたこの子の方が、ずっと心が綺麗だったりするのかも。
「ところでその女、誰だ?」
だからって、礼儀がなくっていいってことにはならないんだぞ。
初対面の女性に対してその女呼ばわりはどうよ。
「星輝士のメリクさん。お城に案内してもらうところだったの」
「城に?」
「うん。先生の弟子だってことで、王様……じゃなかった、皇帝さまが特別に私たちに部屋を用意してくださるんだって」
自分で口に出してみて思ったけど、これって物凄いことなんじゃないの?
だって私たち、大国の一番偉い人に招待されてるってことなんでしょ。
「美味いもんは出るのか?」
「お望みなら存分に振舞われるでしょう」
メリクさんが言うとダイは目の色を輝かせた。
「よし、行くぜルー子。いざ王城へ!」
こいつは……食べ物のことになるとすぐこの調子になるんだから。
ま、いいけど。
今日はちょっとだけ、見なおしたぞ。




