179 帝都アイゼン
輝工都市の出入り制限の厳しさは、フィリア市に住んでいた私もよく知っている。
帝都アイゼンも例外ではないらしく、市街を覆う城壁は見上げるほど高い。
鉄格子と鉄扉で二重に閉められた門。
その前には、屈強そうな見張りの衛兵が四人も並んで立っている。
「よそ者は立ち去れ!」
いきなりこれだよ。
どう思う? こういうの。
しかも目が合うなり槍を突きつけられたし。
お馬さんのことでぴりぴりしている私は、反射的に怒鳴り返したくなったけれど、ジュストくんは冷静に白の生徒の証を取り出して見せた。
「そ、それは新代エインシャント神国の紋章!」
「大賢者様の遣いとして旅をしています。重病人がいるため、市内にいれてもらいたいのですが」
「だ、大賢者様の……失礼しましたっ!」
兵士たちは態度を一変させ、直立敬礼で私たちを通してくれた。
やっぱり先生って凄いんだなあ。
こんな遠くの街なのに、名前を言っただけで衛兵さんがこんなに素直になるなんて。
さすが五英雄。
ただのサディストじゃないんだね。
門を潜って、市内に入る。
多少雰囲気は違うけど、フィリア市とそう変わりない街並みが広がっていた。
正面には噴水広場があって、小さな子供や若い男女が楽しそうに過ごしている。
その向こうの通りは商店街。左右に色とりどりのお店が並んでいる。
建物の上階は四階建てくらいのアパートになっているみたいだ。
旅を始めてから曜日感覚が狂っていたけれど、どうやら今日は休日らしい。
フィリア市のルニーナ街にも負けないくらいの人で賑わっている。
この喧騒、人の多さ、フィリア市を思い出さずにはいられない。
見慣れた輝工都市の光景。
ただ一つ、噴水の向こうに聳える巨大な六つの長方形の建物と、その中央にある王城だけが、見慣れない威圧感を放っている。
「それにしても頭きちゃう。まず通行証を確認すればいいのにさ」
「僕もまさか、いきなり槍を向けられるとは思ってなかったよ」
ぷりぷりする私に、ジュストくんは苦笑いで同意する。
何を神経質になってるか知らないけど、あの衛兵の態度はさすがに失礼だと思う!
「過ぎたことはもう良いよ。それより、まずは医者を探そう」
ジュストくんの言うとおり、ビッツさんを看てもらうのが先決だ。
それが終わったらカーディナルの情報も集めなきゃいけない。
ダイが言うように、戻ってもう一度戦うとしたら、敵のことは少しでも知っておかなきゃね。
有名なケイオスみたいだし調べれば何かわかることもあるでしょう。
「お医者さんがいるところは知ってるの?」
「いや、あまり利用したことなかったし、あっても民間の町医者くらいだから。この場合はちゃんとした医療機関で診てもらう必要があるんだろうなあ」
「専門の病院を探さないと」
「まあ、日が暮れるまでには見つかるでしょ。適当に探してみようよ」
方向音痴のジュストくんがそんな事を言う。
一体その自信はどこからくるのか。
「ま、まずは役所に行ってみようよ。街の全体地図とかもおいてあるかもしれないし」
ジュストくんはなるほど、と頷いた。
大きな街だし、適当に探してたら日が暮れちゃう。
都市なら都市なりの探し方があるんだよ。
「役所なんて利用したことないから思いつかなかったよ。ルー、頭いいね」
「いや、これくらい普通……」
私たちは近くの人に役所の場所を訪ねた。
役所は商店街の真ん中辺りにあるらしい。
私たちは人ごみを抜け、教わった場所を目指した。
ジュストくんがビッツさんを背負っているせいか、やたらと注目を浴びてしまう。
「あの……」
フレスさんが遠慮がちに私の服を引っ張る。
「どうしたの? 迷子になるから離れない方がいいよ」
私が彼女に手を差し伸べると、フレスさんは恐る恐る握り返してきた。
彼女にとっては初めての都市だから、あまりの人の多さにビックリしているのかも知れない。
本当はジュストくんとも繋ぎたいんだけど……
いや、特別な意味じゃなくて、迷子にならないためにね?
「あの、気になってることがあるんですけど」
「なに?」
「私たち、白の生徒の証があったから入れたんですよね」
「そうだよ。すごい効き目だったね」
「じゃあですよ、キリサキさんはどうやって入るんでしょう」
「え?」
「ジュストのとルーチェさんの分、二枚しかありませんでしたよね? 後から来るキリサキさん、ひょっとしたら門番の人に追い出されちゃうんじゃ……」
「あ」
先を歩いていたジュストくんの足が止まる。
彼は困ったような顔でこちらを振り返る。
……考えてなかった。
多分ジュストくんも。
まさか門の前でずっと待ってるわけにも行かないし……
「だ、大丈夫! ダイならきっと何とかするよ!」
「そ、そうだね。きっと門番の隙をみて、ささっと進入するさ!」
そう言ってから、私は市街を取り囲む巨大な城壁に目を向けた。
いくらダイでもこれを乗り越えるのは無理だろうな。
ま、まあいいか。
考えてても始まらないし、きっと何とかするでしょ。
※
役所で聞いたところ、輝術診療所という所がさまざまな原因不明の病状に対応してくれるらしい。
ビッツさんは病気でもなく怪我でもないので、そこで診てもらうことにした。
アイゼンの街はとんでもなく広い。
移動には懐かしの定期輝動馬車を利用した。
フレスさんは期待通り馬車を牽く機械の乗物、輝動二輪に驚いていた。
うふふ。私も、あれ運転できるんだよ。
役所から東門のほうに向う道の途中に、その診療所はあった。
停留所で輝動馬車を降りて、その建物を見上げながら、私は呆然と呟いた。
「……診療所?」
てっきり小さな一戸建てを想像してたら、五階建ての大病院だった。
看板を観る。
間違っていない。
輝術診療所って書いてある。
私たちは顔を見合わせ、中に入って行った。
中では白衣を着た女性やお医者さんがせわしげに働いていた。
待合室には患者さんやその家族らしい人たちがいっぱいいる。
私は受付に行って、ビッツさんの症状を説明した。
「ああ、また吸血鬼被害者かい」
小太りの中年女性は、私の説明を聞くなりそう言った。
「吸血鬼?」
「残念だけど、それはウチじゃどうにもできないんだよ」
「そんな!」
せっかく来たのに、看てもらう前から無理だなんて。
「本当に、どうしようもないんですか?」
「慌てなさんな。その症例を担当している専門の先生がいるんだよ」
「その人はどこに?」
「待ってな。いま話つけるから」
おばさんは壁に掛けられた風話機でどこかに連絡を取り始めた。
「あの人、なに一人でブツブツ言ってるんですか?」
風話機を知らないフレスさんの目には、彼女が一人で喋っているように見えるらしい。
「あれは風話機って言って、遠くに離れた人と話が出来る機械なんですよ」
「機械、ですか」
フレスさんはよくわかっていない様子。
私は都市の外に出たときカルチャーショックを受けたけど、フレスさんからすれば逆なんだろうな。
おばさんは風話機を置くと、紙に何かしらのメモを書いて渡してくれた。
「ここにその先生がいる。ヘンネの紹介って言えば通してくれるから、連れて行ってあげな」
「ありがとうございます!」
私たちはお礼を言って、輝術診療所を後にした。
※
メモに書かれていた場所は、なんと例の高層棟の中だった。
見上げるようなその建物には、それぞれの入り口に古代文字で番号がふってある。
D号棟。
そこの二十八階にビッツさんを診てくれる先生がいるらしい。
門番でもいるかと思ったけれど、意外にも高層棟の中にはあっさりと入ることができた。
縦長に見えた高層棟も、下の階は大きく広い。
下の方は図書館やら遊技場やらのいろいろな施設が入っていて、六階から上が個別の部屋になっているらしい。
「二十八階分も階段を上がんなきゃいけないのかぁ……」
考えただけでげんなりしてくる。
住んでいる人も毎日大変じゃないのかな。
「エレベーターを使えばいいよ」
ビッツさんを背負ったジュストくんが言った。
「エレベーター?」
「うん。移動用の小さな部屋に乗って、行きたい階のスイッチを押すと部屋が動いて、その階まで連れてってくれるんだ。」
「へえ、輝工都市には凄いものがあるんですね」
驚嘆の声を上げるフレスさん。
今回は私も一緒に驚く番だった。
おっきな輝工都市には凄いものがあるんですね……
フィリア市にはなかったぞ、そんなもの。




