166 ▽ゴーレム起動
ジュストの一撃を食らって気を失って倒れているレギリオ。
その傍らでテオロは黙って彼の手を握っていた。
「テオロちゃん……」
ルーチェが彼女に近寄ろうとする。
と、ジュストに肩を掴まれた。
彼は首を横に振る。
親子の語らいに水を差すなと言いたいらしい。
「バカだよな。いい年して、いつまでも叶うわけもない夢なんか見ちゃって」
呟くような少女の声が部屋に響く。
「本当は自分が一番わかってるくせに。もう神隷輝士なんて必要とされていない。神様の下に人間がひとつになるなんて幻想だって」
テオロは立ち上がってルーチェたちの方を向いた。
「でも、そんな親父を私は嫌いじゃないよ」
思っていたのとは違うスッキリしたような顔で微笑むテオロ。
彼女は出会ったころよりも少しだけ大人びて見えた。
館に侵入するために着飾った女性らしい格好のせいかもしれないけど。
「だからって人に迷惑をかけるのはダメだよな。ま、一年近く反省したみたいだし、心を入れ替えてマジメに働くなら許してやるよ。親父を止めてくれてありがとうな」
「あ、いや。私は何もしてないよ」
実際、ルーチェは本当になにもしていない。
ただ彼を繋いでいた鎖を焼き切っただけだ。
まあこうして無事に親子が再会できたのだから、それでいいだろう。
これでテオロも教会を抜け出して危険な冒険をすることもなくなるはずだ。
「それにしても、お父さんを探してるなら言ってくれればよかったのに。そういう事情があって家出してたなら私たちも手伝ってあげられたかもしれないんだよ」
「あ、いや。ここに親父がいるって知ったのはついさっきだし」
「は?」
「フロアのおばさんが牢屋に神隷輝士が捕らえられてるって言ってたから調べてみたら、うちの親父でやんの。マジでビックリしたぜ」
言っている意味がよくわからない。
テオロは行方不明の父親を捜すために館にやってきたわけじゃないのか?
「冒険者が集まるって聞いてたから来てみたんだけど、単なるオバサンのしゃべり場でガッカリしたぜ。女装までして忍び込んだ甲斐もなかったよ」
その感想は否定できないのでなにも言わない。
それじゃ彼女は本当に偶然父親を見つけただけなのか。
というか女装もなにもテオロは女の子でしょ。
「確認したいんだけど、お父さんを連れて町の教会に戻るんだよね?」
「なんで私がそんなことしなきゃならないんだよ。目を覚ましたら適当に説教して放っておくさ。まだ見ぬ冒険が私を呼んでるからな!」
ああ、なるほど……
ルーチェは納得した。
テオロは根っからの冒険者器質なのだ。
なんだかんだ言って血は争えない親子である。
「ジュスト! どこにいる!」
どこからともなくビッツの声が聞こえてきた。
「そういえば王子には侵入しやすいよう囮をしてもらってたんだった」
「おーい、ビッツさん。こっちこっちー!」
ルーチェは廊下に出て大声でビッツを呼んだ。
彼はちょうど近くの角から姿を現すところだった。
「よかった大事はないか。他の皆は?」
「うん。ジュストくんとダイも……あ」
ルーチェはダイが深手を負っていることを思い出した。
それを伝える前にビッツが素早く現状を説明する。
「ならばすぐに逃げ出そう。この国の輝士団による調査が入ってしまったようだ。尋問されたらかなり面倒なことになる」
「あ、でも」
部屋の中を振り向く。
気絶したダイはジュストが背負っていた。
「こっちは大丈夫。はやく行こう」
「よし素早く脱出しよう。輝士団はまだ別館の方を調べている」
「フレスさんは?」
「彼女は客として入り込んでいるだけだし問題はないだろう」
「わかった。それじゃ……」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
脱出の計画を話し合うルーチェたちをテオロが呼び止めた。
「うちの親父はどうすりゃいいんだよ。このまま放っておいたら普通に捕まっちまうよ」
そう言えば気絶している人間はもう一人いた。
盗み目的で侵入したのだのだから捕まれば無罪とはいかないだろう。
「ルー、力を貸してくれ。輝攻戦士になれば二人まとめて運べるはずだ」
「あ、そっか」
ルーチェはその手があったかと納得してジュストに近づくと、
「……降ろせ」
ジュストに背負われたダイがボソリと呟いた。
身をよじって自らの足で床に立つ。
しかしダメージは深刻なようで、降りた瞬間にふらついて倒れそうになる。
「無茶しないの。フレスさんに治療してもらうまで大人しくしてなさい」
「オレのゼファーソードは?」
「ここにある」
「よこせ」
ダイは心配するルーチェを無視してビッツの所まで歩くと、ひったくるように剣を奪った。
「あの女はどこだ」
「は?」
「最初にオレを鎖に繋ぎやがった炎の剣の女だ」
言われて初めて気づいたがシュライプの姿が見当たらない。
重力による束縛から解放された後、いつの間にか忽然と姿を消していた。
「あの女にはやられた借りがある。ぜってーブッとばしてやる」
「いや無理だから! いま戦ったら本当に死んじゃうから!」
本気で言っているらしいのでルーチェは全力で止めた。
傍目から見ても彼の怪我は浅くないが、ダイなら本気でやりかねないから怖い。
「ルーの言うとおり今は脱出が最優先だよ。上手く逃げ延びたらまた探しに来ればいいさ」
「……ちっ。わかったよ」
いつの間にかレギリオを背負っていたジュストも言葉で援護してくれる。
ダイは渋々ながら了承した。
「よし、じゃあ今度こそ――」
行こう、とルーチェが言おうとした時、部屋が大きく揺れた。
「なんだ!?」
「地震……いや!」
どうやら部屋だけではなく館全体が揺れているらしい。
ただの地震ではない。
何か不気味な音が外から聞こえてくる。
「見ろ!」
ジュストが窓の外を指さした。
皆が一斉にそちらを向き、そして信じられないものを見た。
※
二人の女が茂みの中を走って本館へと向かっていた。
一人はフレス、そして隣には女輝術師フェーダの姿がある。
「……なぜ私を連れてきた」
「案内役がいてくれた方が迷わないからに決まってるじゃないですか。説明してもらっても地下牢の位置とかよくわかりませんから」
「私が素直に教えると思うのか?」
「あら、欲望の鏡はまだ私が持っているんですけど?」
「ちっ」
フェーダは歯がみする。
それがある以上、自分はこの娘に逆らうことができない。
もっとも欲望の鏡がなくとも抵抗をする気はとっくに失せているのだが。
「それにしても、あなたは一体何者なのよ?」
「ただの冒険者ですけど」
「ただの冒険者が輝士団とフォーマーを争わせるものか」
フレスの『お願い』によって気絶させられたフェーダだが、彼女が目を覚ました時に最初に見たのは武器を取って争うフォーマーと輝士団の姿だった。
自分たちが逃げるまで、ここを守るために頑張って戦ってください。
フォーマーたちにそう『お願い』したのは目の前の少女である。
「みなさんまだやる気があって助かりました」
「そういう問題ではない。輝士団に逆らった彼女たちがどうなると思ってる」
「ふふ」
少女は笑って誤魔化した。
そういう仕草は普通の村娘にしか見えない。
「五階層の大輝術はあなたのような若者が覚えられるものではない。そのくせ戦い方はまるでシロウトだしわけがわからない」
「私の輝術は借りものですからね」
彼女の言っていることはよく理解できないが、決して逆らってはいけない相手であることに変わりはない。
輝士団が乗り込んできた以上クーゲル侯爵の野望もおしまいだ。
時間稼ぎのフォーマーたちがいつまでも持つとも思えない。
フェーダは元々雇われただけの身である。
侯爵の野望には同調したが殉ずる義理もないので、少女に仲間の居場所だけ教えたらさっさと逃げ出すつもりだ。
「ちょ……ぶっ!」
考え事をしながら歩いていたら、なぜか少女はその場で立ち止まっていた。
それを避けようとして横にあった木にぶつかる。
打ちつけた鼻をさすりながらフェーダは文句を言う。
「何で急に止まるんだ!?」
「あれ、なんですか?」
少女が指をさす先を彼女の肩越しに見る。
館のすぐ隣に小山ほどもある巨大な岩の塊があった。
ただし、大まかな人型をした。
「あれは、ゴーレム!?」
「ごおれむ?」
「見ての通り、岩で作られた巨大な化け物だ」
「ひょっとしてエヴィルですか」
「いや古代神器の一種で……まさか、シュライプが!?」
あれを起動できるのは持ち主である侯爵。
あるいは侯爵から唯一許可を与えられた相棒の重装女輝士シュライプだけだ。
「何があったか知らないけど、アレが起動したならもうすべてが手遅れよ。ゴーレムは攻撃対象をすべて破壊するまで止まらないわ」
「つまり侯爵はピンチになってヤケになったんですね」
さりげなく核心を突くフレスは無視してフェーダはゴーレムから背を向ける。
「どこ行くんですか?」
「逃げるに決まっている。あなたも死にたくなければさっさと逃げなさい。悪いけど私は本気で逃げたいと思っているから『お願い』しても聞かないわよ」
「うーん、別に逃げる必要はないと思いますけど」
この少女は何もわかっていない。
第五階層の大輝術には驚いたがアレはその程度で倒せる相手ではない。
古代の術式で強化された岩の皮膚は輝攻戦士の一撃ですら防ぐ強度があるのだ。
「なら勝手にすればいいわ。私はさっさと逃げるから――」
「怖いなら寝ててください。数日は起きないでいいですからね。『お願い』します」
フレスの声が耳に入ると同時にフェーダの意識は再び闇に落ちた。
うるさい人間を眠らせたフレスはなぜか楽しそうな表情で風飛翔を唱える。
体が宙に浮き、ゆっくりと上昇してゆく。
「さて、ルーチェさんたちを手伝いに行きましょうか」




