164 ▽村娘の奮闘
フェーダは驚愕した。
目の前で起こっていることが信じられなかった。
怪しい男女の一行からひとりだけ入館を許可された女。
聖職者の法衣こそ身に纏っているがその物腰はどう見ても田舎娘そのもの。
監視のためにホールに足を運んで見れば、その女はやはり先ほど捕らえた輝術師の仲間だった。
侯爵の目的はまだ外に漏れるわけにはいかない。
危険分子は速やかに、そして秘密裏に排除する。
フェーダは欲望の鏡を使って女をフォーマーたちに襲わせた。
その数およそ三十人。
一斉にかかれば多少腕の立つ輝術師でもひとたまりもない。
だが――
「氷礫陣」
フレスと名乗った少女が無数の氷の礫を放つ。
集団で襲いかかったフォーマーたちはまとめて吹き飛ばされた。
殺傷力はそれほど高いわけではないが、それでも第三階層の輝術である。
戦闘をするつもりでやって来ていない軽装の女性たちが直撃を食らえばひとたまりもない。
「あとは貴女だけですよ。はやくルーチェさんの居場所を教えてください」
すでにフェーダ以外の者たちはすべて戦闘不能になっている。
あるいは服を氷の刃で壁に縫い付けられ、あるいは半身を凍りつかされて動きを封じられた。
本来であれば今使われた第三階層の術くらいなら恐れるようなものではない。
フェーダが恐れているのはその直前に彼女が使った輝術。
二十以上のフォーマーをまとめて蹴散らした第五階層の大輝術だ。
「いい加減にしないと、また氷弾暴風雨を使っちゃいますよ?」
ホールの中は無数の氷の刃と圧倒的な冷気によって氷結地獄と化している。
大国の最上位の輝術師でしか使えないような輝術を、なぜこんな娘が扱えるのだ……?
「おまえは何者だ」
逃げ腰になっていることを自覚しながらもフェーダは問わずにはいられなかった。
この女、戦い方はまるでシロウトだ。
流読みすら使っておらず術の命中精度も低い
しかし、そんな些細なことが気にならないほどの圧倒的な攻撃力。
三十人からの元冒険者たちは、あっという間に全滅させられてしまった。
輝術師同士の戦いは、いかにして相手の先を読むかで決まる。
大局的な勝敗は策と兵数で決まる。
それが魔動乱の時代を生き抜いたフェーダの導き出した結論だった。
この少女はそんな彼女の持論をあっさりと覆して見せた。
「ひとさらいさんたちに自己紹介の必要はないと思います」
自分の半分も生きていない少女が圧倒的な攻撃力だけでフェーダの全てを上回った。
こんな女に冒険者時代にも味わったことのない恐怖を抱いてしまった。
フェーダのプライドはすでにズタズタである。
イチかバチかで戦いを挑むことすらできない有様であった。
「こちらの質問に答えたくないなら仕方ありませんね」
少女の手がフェーダに向かって伸ばされる。
あの手に触れたが最後、死ぬまで氷漬けにされる。
そんな予感がしてもフェーダの身体はすでに凍ってしまったように動かない。
少女の手が触れた。
そして、彼女の口は言葉を紡ぐ。
「ルーチェさんの居場所を吐いて気絶しちゃってください。『お願い』です」
「本館の地下牢の中だ」
フェーダの意識は闇の中に落ちた。
※
足が震える。
もちろん武者震いなどではない。
「ふ、わ……」
拾った『欲望の鏡』を手に女兵士から情報を聞き出した直後、緊張の糸が切れた。
フレスはその場に尻餅をついた。
足が震えて立つことすらできそうにない。
「こ、怖かったよぉ……」
さっきまで悪鬼のような強さで元冒険者たちを圧倒していた大輝術師の姿はすでにない。
戦いを終えたフレスはただの村娘の顔に戻っていた。
ともだちを助けたい。
その一心で無理やり気を張り詰めさせていだけなのだ。
「頑張ってみたけど、ルーチェさんや姉さんみたいに上手くはいかないよ……」
元々、フレスは戦いなどできるような性格ではない。
それでも自分の身を守るために、あるいは仲間のために頑張らなくてはと思ったから、尊敬する人たちを見習って気丈に振舞ってみた。
輝術もまだまだ上手には扱えない。
かつて自分の体を支配していた悪の輝術師。
あの老人が残していった力を使って力任せに押しきっただけだ。
「はやく、この力に慣れなきゃ」
それは本心からの願いである。
大賢者から聞いた話では強い輝力を持っている人間はエヴィルを呼び寄せるという。
ルーチェたちにははっきりと言わなかったが、彼女たちの旅に同行する最大の理由は『村のみんなに迷惑をかけたくないから』だ。
言ってみれば、これは呪い。
望んで得たわけではない他人の力。
たった一発で多くの相手を戦闘不能にしてしまうほどの力。
フレスは最初こそルーチェと同じような力が手に入ったと無邪気に浮かれていた。
だがこれは使い方を間違えれば破滅をもたらす危険な力なのだ。
とはいえ今はこれでも良かったと思ってもいる。
この力でともだちを救うことができるかもしれないんだから。
「えっと、本館の地下牢だっけ……はやく行かなきゃ」
フレスは意を決して立ち上がる。
まだ震えている足を無理に奮い立たせホールの出口へ向かった。
大きな両開きの扉に手をかけた、その瞬間。
「きゃっ!?」
扉はいきなり外側から開かれた。
同時に大勢の輝士たちがなだれ込んでくる。




