160 ▽ともだちのためなら
門番に案内されてフレスはホールに足を踏み入れた。
その瞬間、目の前の光景に圧倒され思わず感嘆のため息を吐く。
「これが貴族さまのお館かぁ……」
村の広場よりもずっと広いフロア。
所狭しと並べられた丸いテーブル。
クロスの上には色とりどりの料理が並ぶ。
それらを小皿にとって談笑するフォーマーたちは冒険者というより上流階級の貴婦人のよう。
空間そのものが貴族らしい彩りを湛えてフレスの目を楽しませた。
夢の中に張り込んだような錯覚さえ覚える。
ここは田舎の村娘には一生縁がないと思っていた高貴な世界である。
このまま溶け込んでしまいたいとも思ったが、自分にはともだちを救い出す使命があるのだ。
「いけない、誘惑に負けちゃダメ。私はルーチェさんを探しに来たのよ」
「あらお若い方。貴女も輝術師さんかしら?」
「はいっ!」
声に出して決意を新たにした直後、背後から声をかけられて思わず叫んでしまった。
「は、はい。さようでございますことよ」
思わず口から出た奇妙な言葉使いにフレスは赤面した。
田舎者だと思われたらどうしよう。
しかし目の前の女性は気にしたそぶりもなく上品に微笑んでいる。
「うふふ、可愛らしい方ね。私たちは貴族ではないのだから、固くなる必要はなくてよ」
「は、はぁ……」
「フォーマーばかりと思っていたけれど、現役の冒険者も結構来ているのね。さっきのピンク色の娘も凄かったわ。単詠唱なんて初めて見たもの」
「えっ」
間違いなくルーチェのことだろう。
フレスは詳しく聞いてみようとした。
「あの、そのピンク色の人って」
「若い世代の人たちが頑張っているのを見るのは嬉しくもあり、切なくもあるわね。私ももう若くはないとはいえあの頃の輝きを取り戻したいと……そう考えるのはいけないことなのかしら」
「あの」
「でも万が一エヴィルと戦って怪我でもしたら旦那に申し訳ないものね。こうやってあの頃を知っている仲間と思い出を語り合うだけで十分。侯爵さまは本当に素敵な場所をご用意してくださったわ」
ダメだ、なんだか知らないが一人でずっと喋っていて割り込む余裕もない。
かと言って逃げるように去るのも失礼な気がするし。
どうしよう。
「あら? あなた、ルーチェさんのお友達なの?」
また別の方向から声がかけられる。
フレスは助かったとばかりに力強く振り向いた。
「まあフェーダさま。お戻りになられたのですね」
「用事も片付いたので、もう少し皆さんとお話をしよう思いましてね」
術師服を着た、いかにも輝術師らしい三十代前後の女性である。
ホールの中には何人もの元冒険者がいるが、彼女が纏うの雰囲気は他の人たちとは違う。
「ルーチェさんを知っているんですか?」
「ええ。先ほど本館の方に招待された女の子ね」
「彼女の輝術は本当に素晴らしかったものねえ。蝶を模した火の術。華やかで、それでいて力強い。侯爵さまの目に止まるのも当然だわ」
一人で喋っている後ろの女性はとりあえず無視することにする。
どうやらルーチェがここにいたのは間違いないようだ。
そして侯爵に気に入られて別の場所に連れて行かれたのだ。
「ルーチェさんに会いたいのですが、どこに居ますか?」
「だから本館だよ。今頃は侯爵さまから特別なおもてなしを受けているはずさ」
答えるフェーダの声は若干苛立って聞こえた。
「でしたら私もそちらに案内してください」
「私の一存じゃ勝手に招待できないのよ。侯爵さまの許可がないと」
「侯爵さまにはいつ会えますか?」
「日に一度はこのホールにお出でなるからその時を待ちなさい。たぶん今日はもう来られないと思うわよ」
「ならせめてルーチェさんを呼んできてはもらえないでしょうか?」
「それは難しいと思うわ。今ごろ彼女は侯爵と大切な話をしているでしょうから」
「ともだちがどうしているか心配なんです」
あくまでも誤魔化そうとするフェーダの態度にフレスの声にも多少の怒りが込もる。
「本館の警備はネズミ一匹通さないほど厳重なんだよ。何を心配することがあるんだい」
「客人を気絶させるのが貴族流の歓待なんですか?」
話を逸らされ続けていい加減に我慢も限界に達した。
フレスは核心に迫る一言を突きつける。
フェーダの目つきが変わった。
「……なに言ってるんだ?」
「私もこう見えて輝術師なんですよ。ルーチェさんには保険をかけてありました。気を失ってこの敷地内のどこかに閉じ込められているのは間違いありません。外からの侵入者を通さないほど館の警備が厳重だというのなら、招いた本人に害されたと考えるのは自然じゃありませんか?」
「そうかい」
フェーダは服の胸元に手を差し入れた。
何らかの攻撃が来ると思ったフレスは身構える。
だが彼女の手にあったのは小さな黒い板のようなものだった。
「じゃあそれを踏まえた上であなたに『お願い』する。これからあなたを痛い目に遭わせるから、それが嫌なら友だちのことは忘れて返ってくれ」
フレスは呆れた。
なにを言うかと思えば。
「それルーチェさんに何かしたって自白ですよね? 馬鹿なんですか?」
「おや、自分が傷つくことを少しも恐れていないんだね。たいしたものだね」
「ともだちが危ない目にあってるのに黙って帰るわけないでしょう。いいからルーチェさんの所に案内してください。さもないと町に戻って通報しますよ」
「それじゃ困るんだよ……そうだね、説得が通じないんじゃ仕方ない」
フェーダは先ほどの板を頭上に掲げると大声で周りに命令をした。
「皆様、そこの小娘はこの素晴らしい会合を破壊する無粋な賊です! 私たちの憩いの場を守るため力を合わせてこいつを排除してください!」
その声に反応して周囲のフォーマーたちが一斉に動き出す。
手にした料理を置き、おしゃべりを止める。
まるで訓練を受けた兵士のようにフレスを取り囲んで逃げ道を塞ぐ。
「私たちにこんな素敵な場所を用意して下さった侯爵さまは素晴らしい方です」
「会合は潰させません、退屈なだけの日常はもう嫌なんです」
「国の調査なんか入らせませんよ」
「私たちの手で守るんです」
「あなたを逃がすわけにはいきません」
急に様子が変わったファーマーたちにフレスはうろたえた。
先ほどまでぺらぺら喋っていた女性ファーマーも腰から短剣を抜いて睨んでいる。
「な、何を言ってるんですか、みなさん。悪いのはあっちでしょう」
異様な雰囲気に圧倒されながらもフレスは必死に訴える。
しかしフォーマーたちはまるで聞き入れない。
その様子は明らかに不自然で、まるで何かに操られているようだった。
「……この人達に何をしたんですか」
「何もしていないさ。ただちょっと『お願い』しただけだよ。この古代神器を使ってね」
そう言う彼女の手には先ほどの黒い板がある。
「『欲望の鏡』といってね。これを持って『お願い』をすると相手は言うとおりに行動してくれるのさ。何故か女性にしか効果がないのが難点だがね」
なるほど女性の実力者ばかりを集めている理由のはそういうことか。
それを使って忠実な兵団を作り上げようとしているのだろう。
「人を操る道具なんて……」
「操っているとは人聞きが悪い。こいつは本人が全く望んでいない事は強制できないんだ。心の中にある迷いや余計な罪悪感は取っ払うためのアイテムってところかな。この会合を守るためあなたを排除したいっていうのは彼女たちの本心だよ」
先ほどフレスに『お願い』が通じなかったのは、彼女がルーチェを見捨てても良いとは微塵も思っていなかったからだ。
完全に人を操れるわけではない。
それでも使い方次第ではとてつもなく危険な道具だ。
「さて、説明した上でもう一度『お願い』するよ。ともだちのことは忘れてさっさと館から出ていってくれ。ここで見たことは一生人には話すんじゃないよ」
「お断りします」
フレスは即答した。
たとえ周囲を敵に回しても逃げる気は微塵もなかった。
ともだちを助けたいという彼女の気持ちには一点の揺らぎもない。
フレスの強い意志にはそんな古代神器が付け入る隙間など微塵も存在しない。
「……たいした根性じゃないか。この期に及んでまったく保身を考えないなんて、聖人か頭がイカれているかどっちだい」
「どちらかと言えば後者だと思いますが、あなたたちを恐れる理由もありませんから」
周囲を取り囲むのはただの女性ではない。
かつて魔動乱期に世界中を旅してまわった歴戦の冒険者ばかり。
一線を退いて長い年月が経つとはいえ、ある程度の戦闘技術は保持しているだろう。
それが少なく見ても三十人以上。
彼女たちはフェーダが一言『お願い』すれば躊躇なくフレスを排除する。
それでもフレスは少しも恐怖を抱いていなかった。
「現状ここにあなたの味方は誰もいない。この館には誰も立ち入れないし、捕らわれた仲間は絶対に脱出できない牢屋の中にいる。これがどういうことかわかるか?」
「助けは期待できないってことですよね」
「わかっているのなら何故恐れない? お前がどれほどの輝術師かは知らないが、この人数を相手にひとりで勝てると思ってはいないだろう」
「ええ、そうかもしれませんね」
やはりフレスはまるで動じない。
それどころかフェーダの方が彼女の態度に気圧されてしまっている。
不気味なものを見るような目を向けるフェーダにフレスは淡々と独り言のように呟く。
「絶体絶命のピンチです。これは仕方ないですね。私の力じゃどうしようもない状況です。このままじゃ間違いなく殺されちゃいます。だけど、ここで旅が終わるのは困っちゃうから――」
空気が変わった。
異様な雰囲気がそうさせたわけではない。
明らかに部屋の温度が数度下がっている。
フレスを中心に冷たい風が吹き始める。
「あなたの力、借りますね。おじいさん」
冷気が突風となって吹き荒れた。
フレスの顔つきが一変する。
これまでの純朴そうな少女からは想像もつかないような邪悪ささえ感じさせるギラついた表情。
可愛らしい声はそのままにまるで歴戦の兵士のような堂々とした風格。
「な、なんだ……?」
「後悔しなさい、私のともだちに手を出したことを」
周りを取り囲む無数のフォーマーたちには目もくれず、フレスは瞳を閉じて輝術を唱えた。




