155 ▽必殺! 大衝拳!
扉の向こうから現れたのは二人の若い女性を侍らせた白髪の老女だった。
「みなさん、楽しんでいただけていますか?」
この老女がクーゲル侯爵らしい。
領主というからには男性だとばかり思っていたが女性だったのか。
それなら女性の冒険者ばかりを集めた理由もわかる気がする。
単純に同姓の方が気も休まるということだろう。
よく見れば門番を含め使用人も女性しかいなかった。
「では余興を開始いたしましょう。腕に自信のある方は是非とも壇上へ!」
クーゲル女侯爵が合図をすると藁を束ねた物体が運ばれてきた。
サイズは大きめの樽くらいで中央を太い木の棒で固定してある。
「あれ、輝力で強化されてるよ」
ルーチェは流読みでその物体がただの藁の束ではないことを見抜いた。
おそらくこれを相手に技を振るって冒険者たちの力を図ろうというのだろう。
「どうする?」
「決まってる、行くぞ」
ルーチェの質問にダイは即答した。
「本館に入るにはあの婆さんに認められなきゃならないんだからな」
「でも認められたらあの人の所で働かなきゃいけないって……」
「姉さんがいないってわかったらさっさと出て行くよ」
二人が相談し合っていると先に藁束の前に歩み出た人物がいた。
先ほど馬車の中で一緒になった元モンクの女性である。
「壊してしまっても、かまわないのだろう?」
自信満々の表情で腕を鳴らして自分の腰程度の位置にあるクーゲル侯爵の顔を見下ろす。
「おやおやずいぶんと逞しい方ですね。もちろん構いませんよ。あなたのお力を存分に振ってください。私は強い女性が大好きなのです。お名前は、ミセス?」
「エルメルです。以後お見知り置きを」
見た目に似合わず、ずいぶんと可愛らしい名前である。
エルメルはクーゲル侯爵に一礼すると巻き藁の正面に立ち腰を深く沈めた。
軽く半身を引いてハンマーのような拳を強く握りしめる。
「まさか、輝力で強化された物体を素手で……?」
ダイが真剣な表情でエルメルを凝視する。
彼だけではない、ざわついていたホール内が水をうったように静まり返っている。
誰もが固唾を飲んで壇上の女性を凝視していた。
「るるうぅおおおおおおおおおおおおっ!」
まるで獣のような咆哮がエルメルの口から飛び出した。
空気を切り裂くほどの気合。
彼女は巨体を踏み出す。
同時に巻き藁めがけてその剛腕を撃ち出した。
「《大・衝・拳》!」
拳が巻き藁に突き刺さった。
※
「フッ……」
究極の一撃を終えたエルメル。
彼女はゆっくりと拳を引いて不敵に笑ってみせる。
「どうも調子が出ないみたいね」
藁はぴくりとも動いていなかった。
隣で真剣に見ていたダイがずっこける。
ホールの中はなぜか満場の拍手が巻き起こった。
「ふっふっふ。そう簡単に強化された巻き藁を破壊などできませんよ。あなたの素晴らしい気迫が見られただけで満足です。さ、他に誰か試してみたい方は?」
オブラートに包んだ言い方だがエルメルはクーゲル侯爵のお眼鏡に敵わなかったのだろう。
その証拠に侯爵の表情は明らかに落胆しているように見えた。
彼女は次の挑戦者を望んでいる。
「じゃ、行ってくる」
「あ、ちょっと!」
ルーチェが止める間もなくダイがエルメルと入れ替わりに巻き藁の前に立つ。
「おやおや、ずいぶんとお若い方ですね」
クーゲル侯爵の感想にあちこちからお上品な笑い声が聞こえた。
「お嬢さん、お名前は? どちらからいらしたの?」
ダイは何も答えずに黙って巻き藁の前に立つ。
その無愛想な態度に周りからは顰蹙の声が上がるが当の侯爵は気にしていないようだ。
左手に東国風の片刃の剣を持って藁を睨みつけるダイ。
その表情は真剣そのものである。
ざわめきの中、ひときわ大きく聞こえるカチャリという甲高い音。
次の瞬間。
ダイの握る剣は刃をむき出しに藁の反対側にあった。
刀身を鞘から抜きざまに一撃を食らわせる《一ノ太刀》はダイの必殺技である。
斜めに断ち割られた巻き藁の上半分が派手な音を立て壇上から落ちる。
それがホールの床に転がって会場中が息を飲む。
そして一呼吸の後、
「お、おおおっ」
先ほどエルメルに送られたものとはケタ違いの拍手が沸き起こった。
「素晴らしい。見事な剣技、確かに拝見させていただきましたよ。今度はちゃんとお名前を聞かせていただけるかしら、無口な剣士さん」
クーゲル侯爵も嬉しそうな顔でダイに歩みよっていく。
もし握手でも求められたらさすがに正体がバレてしまうだろう。
これは危険だと感じたルーチェは慌てて壇上に立った。
「はいはい! つぎ私! 私がやります!」
右手と大声を上げながらダイと侯爵の間に割り込んでいく。
侯爵は怒ることもなくお上品に手の甲を口元に当ててクスリと笑った。
「あら、これはまた可愛らしいお嬢さんだこと」
「ありがとうございます。あのっ、この娘は私の友だちで可愛いんだけどちょっと不愛想だから、私が代わりにお話をさせていただこうかとっ」
ものすごい注目を浴びて逃げ出したいほど恥ずかしかったが、なんとかダイの正体を誤魔化そうと必死でしゃべる。
「あなたは輝術師さん? 奇麗なピーチブロンド……まるで聖少女プリマヴェーラ様のようね」
「はいっ、輝術師です。聖少女じゃありませんが今から火の術を使ってみますっ」
ルーチェは申し訳程度に一礼するとダイを後ろに隠すように立った。
そして握った拳を左から右へと振る。
「なっ、こんなところで炎の術を使うつもりかっ……クーゲル侯爵、私の後ろに!」
侯爵の後に立っていた護衛の女性が彼女を庇うように前に出た。
妨害のつもりか何かの輝言を唱えようとしたが、それより先にルーチェの開いた手のひらから一匹の蝶がはばたいた。
「火蝶弾」
炎が蝶の形に燃え、ルーチェの目の前でひらひらと飛んでいる。
それを続けざまに二つ、三つ、四つと生み出す。
火の蝶はしばし彼女の周囲を踊るように舞っていたが、手を叩く合図とともに消滅する。
「まあ……」
「た、単詠唱だと!? 見たこともない独自の形状、しかもなんという操作性! 一体どれだけ高度な術式を組み立てているんだ!?」
侯爵は口元に手を当てて感嘆の表情を浮かべる。
それ以上に彼女を守る護衛の女性の驚き方は尋常じゃなかった。
ルーチェにしてみればたいしたことはしていない。
ところが天然輝術師である彼女の輝術は普通の輝術師の使う輝術とは全く違う。
輝言を唱えないのも特殊な形なのも彼女にとっては当たり前なのだ。
「美しいわ、なんてお見事なんでしょう」
「お若いのにたいしたものね」
「感動が止まりませんわ。あの娘は聖少女プリマヴェーラさまの再来よ」
周囲の人たちもベタ褒めである。
ダイの後だからこの程度で大丈夫か不安はあったが、まさか室内で閃熱掌や爆華炸裂弾を使うわけにもいかない。
実際のところ、操作性以外は火矢と同程度の簡単な術なのだが、侯爵が認めてくれたようで助かった。
「すばらしいわ、可愛らしい剣士さんと輝術師さん。もしよかったらわたくしの屋敷に遊びにいらっしゃいませんこと?」
ルーチェとダイは顔を見合せた。
侯爵やそのお付きの人に見えないよう、互いに握った拳を合わせた。
※
フレスは仮眠から目覚めた。
宿の食堂に降りると、ジュストがなにやら上機嫌だった。
「どうしたの、鼻歌なんかうたっちゃって」
「あフレス。ちょうどよかった、見て欲しいものがあるんだ」
彼はなにやら大きな壺を抱えていた。
やたらと悪趣味な造形の一見してメッキだとわかる金色の壺である。
「この壺を見てくれ。こいつをどう思う?」
「悪趣味」
見たままの感想を述べる。
ジュストはわかってないなぁ、と肩をすくめた。
「さっきの行商人がこの村に来ててね。助けてあげたお礼だとかで安く譲ってもらったんだ。なんでも幸運を呼ぶ壺なんだって。こいつを大事に持ち歩けば誰も不幸にならないそうだよ」
「それどう考えても詐欺だよ。いくら払ったの?」
「さ、詐欺って……なに言ってるんだ。あんなに良い人そうだったのに」
騙された可能性を少しも考えていなかったのかジュストの顔色があからさまに変わる。
やはり見た目どおりに重いのだろう。
ジュストはその壺を一度テーブルの上に置こうとして手をすべらせた。
「あ」
ものすごい音を立て床に落ちた壺はあっけなく砕け散った。
「ああああっ! 二万エンもしたのにっ!」
「ジュスト、みんなのお金の使い方についてじっくり話し合おう」
とりあえずは割れた壺の破片を拾う。
そう思ってしゃがみ込んだ時、ジュストのさっきの言葉が耳に蘇る。
こいつを大事に持ち歩けば誰も不幸にならない。
単なる詐欺師の宣伝文句のはず。
なのに、なぜか無性に気になった。
いまここにいない仲間……ルーチェたちの身になにかあったのではないか。
一度胸に湧いた不安はなかなか消えない。
フレスは割れた壺の始末をジュストに任せて窓の向こうにうっすらと見える高台に視線を向けた。
その向こうにあるはずの、クーゲル侯爵の館へと。




