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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
3.5章 旅の道中 - ancient sacred treasure -
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146 ▽機工職人の町

 ビッツたちは近くにある大きな武具店に入った。


 武具店にしては珍しく店内にはかなりの人がいる。

 ダンスフロアくらいの敷地内に半透明のケースが所狭しと並んでいた。

 その中には剣、槍、斧などさまざまな種類の武具が陳列されている。


 気になったものがあれば店員に頼んで手に取らせてもらえるシステムのようだ。

 万が一の盗難への対処のためか店の入り口には武装した兵士が立っている。


「いないね」

「うむ。ジュストが立ち寄ったか店主に聞いてみよう」


 店主はカウンターの奥で大ぶりのブロンズソードを磨いていた。

 ビッツは彼ににジュストの特徴を伝えて尋ねるが、そのような人物は来店していないという。

 ふとビッツはカウンターの中にある見慣れない物に目を向けた。


「店主。それは何か」


 見た感じは細長い筒。

 見ようによっては槍先のない槍にも見える。

 だが本体の部分は金属製で柄の部分が不自然に膨らみ、指が二本入るくらいの取っ手がついている。


「こいつは『火槍(かそう)』だよ」

「カソウ?」

「正式な名前はまだないんだがね。槍のように長いからそう呼んでる」


 店主の簡潔な説明にビッツはより深く尋ねる。


「なんだそれは、武器なのか」

「武器と言っていいものか……東町の工場にいる偏屈な職人が開発したんだが、こういう玉を飛ばして遠くにいる敵を攻撃するんだってよ」 


 店主はカウンターの下からちょうど筒先の穴に入るくらいの黒い玉を取り出した。


「射出武器の一種か。中にバネでも入っているのか?」


 矢のような先端の尖ったものならともかく、この程度の玉をぶつけたところでたいしたダメージにはならないのではないかと思うが。


「火薬と弾を包先から詰めて、こっちに火のついた縄をセットするんだ。それで引き金を引くと」


 店主は火槍を両手で持って水平に構えて小さな取っ手のような部分に指をかけた。


「バン。人間の頭蓋骨くらいなら簡単に貫通する威力で弾が撃ち出されるって仕組みだ。弾丸自体が輝鋼精錬されてりゃエヴィルの胴体だってぶち抜くだろうよ」

「エヴィルさえも……」


 一般的に現在のミドワルトでは射出武器はあまり活用されていない。

 弓矢やボウガンではエヴィルに対して有効なダメージを与えることができないからだ。

 遠距離攻撃手段としては輝術師による集団法撃という高威力の攻撃手段がある。


 新代エインシャント神国で伝統的に受け継がれているロングボウ部隊や、一流の弓術を修めたアーチャーなどの例外はあるが、あくまで技量の高い特殊な戦士のための武器と見なされており一般的ではない。


 人間同士が争う時代はとっくに過去の物となった。

 大規模な集団戦闘はもはや起こらず、輝士や冒険者に求められのは凶悪なエヴィルを確実に仕留めることのできる高威力の近接武器である。

 弓矢を始めとする射出武器は衰退の一歩を辿っていた。


「まあ、問題点を改善して量産に成功すれば使い道はあるかもしれないがね」

「問題点があるのか?」

「第一に製造がやたらと難しい。砲撃の威力に耐えられるような硬度の銃身作りのノウハウが確立されていなくてね。偶発的にできた高精度の輝鋼精錬物質を組み合わせてようやくひとつ作れる。まともに組み立てようとすれば数丁で町はずれに家が建つほど金がかかるんだとよ。コストパフォーマンスが悪すぎて製作した職人も三つ作った時点で量産を断念したらしい」

「なるほど」

「第二に火薬の精製が非常に厄介なんだ。エヴィルストーンは知ってるな? その中でも燃焼性の高い赤石が原料なんだが、こいつをまとまった数だけ仕入れると馬鹿みたいにコストがかかる。そいつを消耗品としてバカスカ使いつぶしていくんだから、どれくらい出費が酷いのか想像がつくだろう」


 エヴィルが命を失った時に姿を変えるエヴィルストーン。

 それは古くからさまざまな方法で活用されてきた。

 赤石は燃料として、橙石は輝鋼精錬の材料としてなど。

 その入手危険度を考えれば高値で取引されるのは当然のことである。


「その点は問題ないな。エヴィルストーンなどこの先いくらでも手に入るだろう」


 ビッツの独り言は店主には聞こえなかったようだ。

 彼はさらに次の問題点をあげる。


「第三の問題点はこいつを扱える人間がほとんどいないってことだ」

「どういうことだ? 火薬と弾を込めて撃てばいいだけではないのか?」

「反動が強すぎてまともに照準が定められないんだよ。こいつを撃った時の衝撃は撃った本人が勢い余って倒れちまうほどだ。それを抑え込めるほど腕力があるやつなんてそうそういねえよ」

「なるほど」


 店主の話を聞き終えたビッツはしばし彼の話を頭の中で反芻する。

 やがて改めて彼に頼み込んだ。


「親父。こいつを売ってくれ」

「はぁ?」


 人の話を聞いていたのか、と言いたげな表情で聞き返してくる。


「言っておくが兄ちゃんに扱えるようなシロモノじゃねえぞ。コレクターとして欲しているってんなら相応の代金は――」


 ビッツは店主の言葉を遮るように金貨の詰まった小袋をカウンターに置いた。


「共通通貨に換金すれば三〇〇万エン程度にはなる」


 店主は袋の中を覗き込んで目を丸くする。

 彼はそれを懐にしまい込むと額に汗を浮かべたニヤケ面でビッツを見上げた。


「あんたも大層なモノ好きだな。いいぜ、こんなものでよければ持って行きな」




   ※


 火槍を購入したビッツは店内を振り返る。

 ルーチェがある一角でショーケースの中を熱心に眺めていた。


「なにを見ているんだ?」

「えっと、私もなにか護身用の武器を買っておこうと思って。先生からもらったナイフはいつの間にかなくしちゃったし」


 ルーチェは遠距離からの攻撃を得意とする輝術師であるから、必ずしも武器が必要というわけではないだろう。

 だが旅を続けるにあたって携帯できるサイズの武器を持ち歩くのは悪くない。

 手元に武器があるというのはそれだけで安心に繋がる。


「しかし、そなたが見ているのは武器ではなくて農耕道具なのだが」


 彼女が熱心に見ているケースには鎌や包丁といった生活用刃物が並んでいた。

 なぜこんなものが武具店にあるかというと輝鋼精錬された切れ味抜群の超一級品だからだ。

 平和な時代でも技術者はなにかと最先端技術を応用したがるものらしい。


「ねえ、これは何て読むの?」


 ルーチェは長方形の刃をもつ厚手の包丁のようなものを指差した。


「それは(ナタ)だな」

「なた?」

「うむ。薪を割ったり枝を斬り落としたり……武器に使えないことは、ないか」

「柄の部分にインベルって書いてあるのは?」

inver(インバー)と読む。おそらくこの辺りの生活用具を作っている鍛冶師の名前だろう」


 ルーチェはしばらくケースの中を眺めたり、何事かぶつぶつ呟いていたりしていた。

 やがてぼそりと呟くと、


「よし、いんべる(なーた)と名付けよう」


 近くにいた店主を呼びつけた。


「これくださいな」

「毎度」


 奇妙な新型武器と農耕用刃物を購入した二人が武具店から出る。

 すると、ちょうど店の前を不安そうな顔でうろついているジュストに出くわした。

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