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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
EX1 入学 - nuova stagione -
135/800

135 ▽友達以上

「いたっ、痛いってばっ!」

「ガマンしな。こんな怪我してんのにバカみたいに動き回るからだ」


 ジルとナータはお城デパートのトイレにいた。

 少年グループを全滅させた二人は隔絶街を離れすぐさま衛兵の詰め所へ向かった。

 自分たちがケンカをしたと正直に言うわけにいかないので不良グループ同士の抗争で輝術が使用されるのを見たとだけ伝え、衛兵が現場に到着したのを確認すると二人はさっさと逃げ出した。


 お城デパートへと向かう途中でジルはようやくナータの怪我に気がついた。

 当然、病院に行くように勧められたけどナータは断った。

 病院が嫌いだということもあるけれど、輝術による怪我だということがわかったら衛兵に嘘をついたことがばれてしまう。

 乱闘の参加者だとバレたら自分たちの身も危うい。


 そう言われればジルも病院に行けない理由は納得するしかなかったが、せめて応急手当だけでもと近くの医療ショップで包帯と消毒液を買ってきてくれた。

 街中で肌を晒すわけにも行かないのでこうして狭いトイレの個室で手当てをしてもらっている。


「も、もっとこう優しく……」

「うるさいな。嫌なら退学覚悟で病院に行きな」

「病院に行ったからってすぐに治るわけじゃないじゃない」


 輝術は必ずしも万能ではない。

 一般人が使用できる輝術は職業に応じた専門的、且つ狭い分野でしか効力を発揮できないし制限も多い。

 例えば医療の輝術なども負った傷をぱあっと治してしまうようなことはできない。

 そういう輝術がないわけではないのだが少なくとも街の医者が使えるようなものではない。

 医療関係の輝術師というと人間の自己治癒を程度の許す限りで早める薬草の栽培や、内科なら対ウィルス用の薬品製造の補助をする程度だ。

 もちろんそれによって多くの人間が助かっている。


 銀髪が使った輝術は二階層の攻撃術。

 かなり高度な術だったはずだ。

 氷を製造すること自体は基本的な術なのだが、人を傷つけられるレベルともなると習得には相当な努力が必要となる。

 ひょっとしたら昔は優秀な王宮輝術師かなにかが落ちぶれた果ての姿だったのかもしれない。

 ……どうでもいいことだが。


「も、もういいってば!」

「まだ包帯巻いてない」

「大丈夫だからっ、本当にたいしたことないから。薬草だけで十分」


 ナータはめくっていたシャツを下ろして処置の中止を訴えた。

 幸い傷は浅く血は出ていたが軽く肉が裂けた程度だ。

 動けなかったのは突然の不意打ちに驚いたの、絶望的な状況に対するショックのためだったようだ。

 怒りに我を忘れて動き回ってみればたいした痛みも感じなかった。

 放っておいても二、三日で治るだろう。


「一応念のために……」

「大丈夫だってば!」


 なおも心配するジルを必死に拒絶する。


 そんな親切にされると、こっちが心苦しいじゃないのよ。

 ジルは安くない金額を払って購入した包帯を使いたがっていたが、ナータとしてはありがた迷惑でもある。

 酷いことをした相手に親切にされるのは仕返しよりもずっと堪える。

 こんな狭い個室で肌を見せるのが恥ずかしかったのもあるけれど。


「それはあんたが持って帰って自分で使いなさい。普段からあんな風に暴れてるならいくつあっても足りないでしょ」

「恩人に対して随分な言い様だな」


 ナータの軽口にジルは笑って対応した。

 つられてナータも笑ってしまう。


「頼んでないわよ……でも」


 助けてもらったことは事実だ。

 正直、彼女が来てくれなかったらと思うとゾッとする。

 ハッキリ言えば感謝している。

 それにさっきのを見た後じゃ迂闊にケンカも売れない。


 単なるスポーツ少女だと思っていた。

 しかし今はこいつのとんでもなくアブナイ一面を見てしまった。

 お嬢様学校の生徒がチンピラとはいえ輝術師にケンカ売るか? フツー。


「ありがとね」


 お礼の言葉は自然に口を出た。




   ※


「じゃあ聞かせてもらおうか?」


 軽い手当てを済ませてトイレを出たところでジルが「感謝してるならお茶くらい奢れよ」と言ったのをきっかけにナータたちはお城デパートのカフェに足を運んだ。

 ジルにケンカを売り氷水をぶっかけられた因縁の喫茶店に。


「どうしてあたしを毛嫌いしてたのか」

「うっ」


 窓際の席に案内したウェイトレスが去るとジルは単刀直入に切り出した。

 あまりにもはっきりと訊かれてナータは思わず言葉に詰まってしまう。

 ここに来る前から予想はしていた。

 さっきの恩もあるし言われずともこちらから切り出そうと思っていた。

 それでも面と向かって訊かれると非常に答え辛い。


「まさか理由もなく、なんとなく気に食わなかったなんて言わないだろううな? あたしとしては恨みを買うようなおぼえは一切ないんだけど」

「あ、あー……」


 そんな風に言われると非常に気まずい。

 こちらとしては十分すぎる理由があるのだが、それが非常に理不尽で自分勝手なものであることは自覚している。

 よく考えなくても恨まれて当たり前だと思う。

 自分の軽率な行動に対する罪悪感が針になってナータの良心を突き刺した。


「そ、その前に少しいい?」


 居たたまれなくなり搦め手から話をもっていくことにした。

 決して話を逸らすわけじゃないと自分に言い聞かせながら。


「何を」


 ジルはテーブルに肘を着き組んだ手に顎を乗せてじぃっと覗き込んでくる。

 その視線はナータの目を見据えて揺るがない。


「あっ、あのねっ」


 ナータは頬が熱くなるのを感じた。

 緊張しているわけじゃない。

 これから切り出す言葉に多少の気恥ずかしさを感じているだけだ。

 思い切って口を開こうとした時、


「お待たせしました」


 ウェイトレスが絶妙のタイミングでコーヒーを運んできた。

 勢いを削がれ思っていたよりもずっと小声になってしまった。


「あんたと、その、ルーちゃんは……」

「ルーチェ?」


 入学式の時点で二人の共通点はルーチェの知り合いだということだけ。

 ここで彼女の名前が出ることはジルにとっても不自然ではないはずだ。

 だけど言葉の途中で聞き返されると挫けそうになる。


「だから、その……」

「なんだよ。はっきり言えよ」


 視線を外しコーヒーカップの中身をじいっと見つめる。

 闇色の中にすべての恥じらいを捨て去り、ナータはこの二日間気にかかっていたことを口にした。


「どっ、どういう関係なのかなっ」

「は?」


 ジルが素っ頓狂な声を上げた。

 質問の中身が予想外だったようだ。


「どういうって……友だちだよ。中等部からの」

「ほ、本当にただの友だちなの?」


 視線をまっすぐ合わせ身を乗り出す。

 ジルは僅かに怯んだように顎を引いた。


「た、ただのって……他にどんな友だちがあるんだよ」

「他にって……」


 恥ずかしさがこみ上げてきたナータは視線をジルの手元に落とした。

 言うの? 言っちゃうの?

 言葉は喉元までこみ上げているのに一歩を踏み出せない。

 そうしている間に視線の先でジルは砂糖もミルクも入れないままコーヒーを啜っていた。


 こちらが口を開くのを待っているんだろう。

 ええいままよ。ここまで来たらもう言うしかない。

 ナータは覚悟を決めた。


「だから、つまり……」

「つまり?」

「二人は付き合ってるのかって聞いてるのっ!」

「ばぶぅっ!」


 ジルは思いっきりコーヒーを噴き出した。

 ナータはその飛沫を顔に受けることになった。


「きゃー! 何やってんのよ! 汚いわね!」

「おまえがアホなこと言い出すからだっ!」


 アホ呼ばわりは心外だ。

 こっちとしては思い切って切り出したつもりなのに。


「な、なによっ。真面目に訊いてるんだからねっ」

「あのなインヴェルナータ」


 ジルは吐き出したコーヒーをおしぼりでふき取りながら言い聞かせるように低い声を出した。


「こう見えてもあたしは女だ」

「そんなこと言われなくてもわかってるわよ」


 初めて会ってのは昨日の入学式。

 いくら他人同士が集まるからといって女子高に制服を着て紛れ込むバカな男はいない。

 仕草は確かに男っぽいけれど華奢な体つきとお世辞程度なら端整と言えなくもない容貌はどう見ても女性そのものだ。

 いや、もしかしたらこういう男もいるかもしれないけど。


「ルーチェも女だ」

「当たり前でしょ」

「わかってるんだったら……」


 ジルは目を閉じ、眉間にしわを寄せてこめかみを押さえた。


「変なこと言うなよっ。女同士で付き合うとか――」

「なんで変なことなのよっ」


 聞き捨てならない言葉にナータは即座に反応した。

 ジルは目を丸くしてこちらを見ていた。

 薄笑いを浮かべて頬を掻き次の言葉を捜しているようだ。


「え、えーと……」


 即座に後悔した。

 覚悟はしていたがやっぱりそういう反応をされると辛い。

 顔を逸らし窓の外に視線を向けた。

 二人の間になんとも居づらい無言の空気が流れる。


「か、確認するぞ?」


 先に耐えられなくなったのはジルだった。


「なによ」

「おまえはルーチェとあたしが仲良くしてたから嫉妬してきつくあたった。そうだな?」


 ジルも頭の回転はそれなりに速いらしい。

 一足飛びで結論を察してくれたのは助かった。

 しかし最も肝心な部分を避けている。


「そ、そうよ……」

「ま、まあそうだよな。自分の小さいころの友だちが知らない奴と親しげにしてるのを見るのは複雑な気分だよな。うん」


 なんだか無理矢理自分を納得させようとしているかのような言い方だ。


「べ、べつに単なる友だちに嫉妬するほどわがままじゃないわよ」


 似たようなものだけど、はっきりと訂正しておきたかった。

 ナータ自身中途半端に理解されてるよりはきっちりと知っておいてもらいたかった。

 キツくあたってしまったことへの免罪としての意味でも。


「えっと……つまり」

「……」

「おまえはルーチェのことをとても大切に思っている。はっきり言えば、好きなんだな」

「そうよ」

「それは、友だちとして……だよな?」

「……いや」


 ジルがいきなり席を立った。


「あ、あはっ。ご、ごめんな。あたし無神経で、そういうことよくわからなくってさ。あ、お詫びに奢るから、あたしはこれで――」

「ちょっと、ちょっと! いきなりなに言ってるのっ!」


 ナータが慌ててジルの手を掴む。


「きゃーっ! あ、あたしはそういうシュミはないからなっ!」

「か、勘違いしないでよねっ! 別に女なら誰でもいいってわけじゃないんだからっ!」


 いつの間にかカフェ内の視線が二人に集まっていた。

 妖しい会話が大いに周囲の興味を引いたみたいだ。

 注文したピザを運んできていたウェイトレスもどうしたものかと立ち尽くしている。

 しかしその目には明らかに好奇の色が見て取れた……


「ばっ、場所変えようか」

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