125 ▽強引で無邪気で可愛くてケンカっ早くて
「あ、見てみて! あのワンピ可愛くない?」
「まっ、待ってよ。そんな引っ張らないでってば」
はしゃぐナータに強引に腕を引かれてルーチェは洋服売り場へと連れ込まれた。
「今日はそんなもの買いに来たわけじゃない……」
後ろからぼそりと文句を言うジル。
必死に怒りを押し殺しているようなくぐもった声である。
ルーチェは申し訳なさでいっぱいになった。
学園生活一日目を終えたルーチェたちはルニーナ街の商店街に買い物に来ていた。
もちろんナータも一緒である。
市の北部に位置するルニーナ街には大型ショッピングストリートがある。
中でも五年前に建てられた『お城デパート』と呼ばれる王宮を模した巨大建築物は、内部にいくつものお店や施設が含まれる大型商業施設である。
ナータは放課後に集合の約束を取り付けるとそのままルーチェの手を引いて帰路に着いた。
最後まで突っぱねようとしたジルの主張は結局無視された。
家に帰るまではひたすらナータのおしゃべり。
内容はもっぱら中等学校時代の話だ。
ルーチェは多少気後れしながらも懐かしい友人と交わす久しぶりの会話に夢中になった。
ナータはよく喋るようになった。
今日だけで初等学校時代の一年分よりも多く彼女の声を聞いたような気がする。
自宅前まで来るとナータはそのまま来た道を戻ろうとした。
今どこに住んでいるのかと尋ねたらルーチェの家とは学園を挟んで反対側らしい。
ここからだと歩いて一時間近く引き返さなくてはならない。
ルーチェと話をするためだけにわざわざここまで一緒に来てくれたのだ。
着替えを済ませてシャワーを浴びると約束時間の三十分前ほどに集合場所へ向かった。
家にいても暇なので集合場所近くの本屋で時間を潰そうと思ったからだ。
ところがナータはすでに集合場所に来ていた。
結局、ジルとターニャが来るまでの三十分ほどナータのおしゃべりは続いたのだった。
そして現在に至る。
「ほらー、真っ白で可愛いし似合うと思わない?」
本当にこっちが気圧されるくらいにナータは明るくなった。
嫌ではないのだけれど昔とのギャップに気持ちを切り替えるのが一苦労。
「うん。いいんじゃないかな」
ナータが差し出したのはちょっと派手目の装飾が施されたパーティー用のワンピース。
実用的じゃないけれどナータになら似合うとルーチェは思った。
「やっぱり? じゃあちょっと試着してみてよ。すみませーん、店員さーん」
売り場の整頓をしていた女性店員がやってくる。
「はいはい、どうしました?」
「試着してみたいんですけど」
「ではこちらへどうぞ」
女性は笑顔で案内するがナータははたはた手を振り、ルーチェの腕を取って引き寄せた。
「あたしじゃなくて、この娘」
「え、私?」
「似合うって言ったでしょ」
「あれはナータならって意味だったんだけど……」
「いいから。さ、着替えてらっしゃい」
「だって私そんなにお金持ってきてない」
「いいのいいの。着るだけならタダだし」
「ええどうぞ、ご試着なさってくださいな」
強引なナータに背を押され、人当たりのいい店員さんにも優しく導かれて、つい足が試着室へと向かってしまう。
なんで私が試着することになるの?
どう聞いたってナータが自分で試着する流れだったじゃない。
「ルーチェ、インヴェルナータさーん。先に行ってるからねー」
お店の入り口からターニャの声が聞こえた。
隣には今にも爆発しそうなご様子のジルの姿も見える。
「あ、いま行く……」
「わかった! 後で行くから先行っててー!」
ルーチェの声に被せるようにナータが先に返事をしてしまった。
小さく手を振ってターニャたちはどこかへ行ってしまう。
一瞬ちらりと目が合ったジルはなんだか自分のことを責めているように思えた
「あ、あ……」
せっかく春休みから一緒に買い物に行く約束をしていたのに、これじゃほっぽらかしだ。
居たたまれなさに言葉を失っていると微塵も気にしていない様子のナータに肩を叩かれる。
「ほらほら早く着てみてってば」
かと言って再会を喜んでくれる無邪気な友人を恨むことなんかできない。
結局、流されやすい自分がいけないのかなぁ。
※
「あー、ムッカツク! なんなんだあいつは!」
ジルは怒りにまかせて叩きつけるようにコーヒーカップを置く。
少し残っていた中身がテーブルに飛び散った。
「おちついて、おちついて」
ターニャが困り顔でジルをなだめている。
普段ならそれで平静を取りもどすが今回ばかりはそうもいかない。
買い物を済ませ、いつまでたってもルーチェたちが来ないので、二人は時間つぶしに喫茶店に入った。
しかし好きなコーヒーを飲んでもイライラは収まらない。
「あの態度なに? 『あたしがルーチェの一番の友だちなのよー』って見せ付けるみたいにベッタリしちゃって。あれじゃ友だちっていうより……」
うっかり変なことを口走りそうになりそうになり、こほんと咳払い。
「……とにかく気に入らないのは、なんであたしにだけケンカ腰なんだよ! さっきだって眼中に入らないみたいに無視してくれちゃって、一体あたしが何したってんだよっ!」
口にすればするほどあのインヴェルナータとかいう外部生に対する怒りは増すばかり。
ハッキリ言って恨みを買うような覚えはない。
なんといっても今日が初対面なのだ。
他のクラスメートには笑顔で受け答えしてたのに、どうしてあたしにだけ!
「うっかり気に障るようなことを言っちゃったとかない? 他人にはなんでもないことでも本人にとってはすごく傷ついちゃうような事ってあるじゃない」
「なんも言ってないよ! ターニャだって見てたろ? あたしはあいつがルーチェの友達だっていうから仲良くしような、って言っただけで……!」
勢いに任せてテーブルを叩き身を乗り出す。
ターニャの体がビクリと震えた。
「あ、ごめん……」
「ううん、ちょっとビックリしただけだから」
うわ、最悪。
ターニャに当たっても仕方ないのに。
友だちを脅かしてどうすんだ。
頭を冷やすため手付かずだった氷水を一気に煽る。
口の中が冷たい。
ぼりぼりと氷を噛み砕いていると少しは熱も冷めてきた。
けどまだ怒りが収まったわけじゃない。
「だけど本当にどうしてなんだろうね。他の子には優しいのに。やっぱり気づかないうちに怒らせるようなことしちゃったんじゃないかなぁ」
「怒らせちゃうようなことねぇ…………全然思い当たんない」
今朝したことといえば挨拶を返そうとしただけだ。
怒らせるもなにもマトモに会話すらしていない。
「だよねぇ。私もジルが何かしたようには見えなかったもの」
ターニャはイチゴサンデーを一口すくって口に運んだ。
すでにナポリタンを平らげてしまったジルは空の皿を脇によけ肘を突いて窓の外を見た。
お城デパートの五階から見下ろす午後の商店街は人で賑わっていた。
ジルたちと同じように新学期の買い物に来ているのだろう、学生の姿も多い。
時々人々の間をすり抜けるように輝動二輪が低速で走っている。
フィリア市の中心街であるルニーナ街は今日も華やかだ。
ジルが外を眺めている間ターニャは気遣っているのか、何も言わずにデザートを食べ続けていた。
早食いのジルと比べるとターニャは食事に時間が掛かる。
待つのは嫌いでじゃないのでゆっくりと彼女が食べ終えるのを待った。




