123 ▽幼なじみとの再会
「えっ、えっ?」
突然のことにルーチェは大いに慌てた。
何がなんだかわからない。
ひょっとしたら自分はこのままどこかに連れて行かれてしまうのでは?
こんな綺麗な顔をしているが実は彼女は不良で連れていかれた場所には怖い仲間がたくさんいて、そしてリンチという制裁を加えられてしまう……
いつだったかそんな事件を映水放送のニュースで見たことがある。
しかしそういうのは比較的程度の低い中等学校での話であって、まさか高等学校、それも名門南フィリア学園にはそんな人がいるわけない。
でももしそういう人が実際にいてこの人がそうだとしたら。
ああ、自分はなんてついていないのだろう。
入学早々痛い目を見る羽目になるくらいならもっと気をつけて周りを見ていればよかった。
などと考えをめぐらせていると意外にも少女はとても明るい声で笑顔で話しかけてきた。
「ルーちゃん! 久しぶりっ!」
「え? ……く、苦しいですっ!」
抱き潰すつもりなんじゃないかというくらい強烈な抱擁に思考が遮断される。
ルーチェは自由が残っている右手で少女の腕を叩いて苦しさをアピールした。
「あ、ごめん」
ようやく解放されたルーチェはけほけほと軽くむせた。
「な、なんなんですかっ?」
彼女が怒っているのではないことがわかって少し強気にでる。
一歩後ろに下がってキッと彼女を睨んだ。
「え? ……ルーちゃん……もしかしてあたしのこと覚えてないの?」
少女の顔が悲しみに歪む。
意外な反応にルーチェはなぜか罪悪感をおぼえた。
なんで?
私、何か悪いことした?
どうして出会ったばかり人にこんな顔をされるのだろう。
彼女がなんと言ったかもう一度頭の中で反芻してみる。
覚えてない?
私が、この人を?
いくら考えてみてもこんな美人の知り合いなんて……
「あ」
ふとある可能性に思い至った。
でも、まさかそんな――
「もしかして……ナータ?」
信じられない思いで考えられる名前を上げてみる。
と、彼女の表情がぱあっと明るくなった。
そしてまたもや強く抱きしめられた。
「あはっ! 思い出してくれた? 嬉しいっ!」
「苦しいってばっ」
「あ、ごめんごめん」
本気で抵抗すると美少女は申し訳なさそうに身体を離した。
「久しぶりだね。ルーちゃん」
陽だまりのような微笑みを浮かべ、澄んだ楽器のような声でルーチェを小さい頃のあだ名で呼ぶ。
初等学校時代の同級生、インヴェルナータ。
愛称はナータ。
家の都合で市外に引っ越して以来、実に三年ぶりの再会だった。
「元気だった?」
ナータはルーチェの手をとり心底嬉しそうに声を弾ませた。
「あ、うん。ナータも元気だった?」
懐かしい友人との思いがけない再会は驚き以上の嬉しさがあった。
「うん。元気げんき。ルーちゃんに会えなかったのは寂しかったけど!」
「懐かしいね……あんまり綺麗になっちゃってたから最初誰だかわかんなかったよ」
「あはは、またまた冗談言って」
「冗談じゃないってば……あ」
ふと後ろを向くとジルとターニャがじっとこちらを見ている。
すっかりほったらかしにしてしまったようで申し訳ない。
「紹介するね。初等学校時代の友だち」
「インヴェルナータよ。よろしくっ」
ナータは人差し指と中指を額にあてて元気に挨拶をした。
「へー、幼なじみって奴? よろしくな」
ジルじゃルーチェ頭の上に乗りかかり上から乗り出すようにしてナータに握手を求めた。
「ジルさん重いよ」
「だってルーチェの頭がちょうどいい高さにあるからさ」
「ちょっと太ったんじゃないの?」
「おま、なに言いやがる!」
「おもいおもいー」
からかわれたジルはより強く体重をかける。
こんなじゃれあいは日常茶飯事である。
ルーチェは笑いながら抵抗するそぶりだけをしてみせる。
「ともかくよろしくな、えっと。インヴェ――」
ぱしん。
乾いた音が耳に届いた。
握手を求めたジルの手をナータが払った音だったと理解するまでに少しの時間が掛かった。
「な、なにすんだよっ」
あからさまな拒絶にジルが怒りの声をあげる。
しかしナータは不機嫌そうな表情を隠そうともしない。
「あんたなんかと仲良くなんてしたくないわ。さっさとルーちゃんの上からどきなさいよ、重くて可哀想でしょ」
「な、な……」
頭の上でジルの身体が震えているのがわかった。
ゆっくりと重みが消えていく。
これはマズイ、と思った。
「な、ナータっ? どうしたのいきなり」
「別に。こんなシツレイな奴と仲良くなんかしたくないってだけよ」
ナータの声色は明らかに怒気をはらんでいる。
「失礼なのはどっちだ!? 人が挨拶してやってんのに、その態度はなんなんだよっ!」
「ほ、ほら。入学早々なにやってるの」
今にも掴みかからんと身を乗り出すジル。
彼女の制服をターニャが慌ててひっぱった。
「ナータもどうしたのっ?」
ルーチェもナータをなだめようとしたがハッとして動きを止めた。
下から覗き込むようにナータの目を見た瞬間ゾッとして動けなくなってしまう。
まるで汚れ物を見るように感情の見えない瞳。
それは見ているだけでこっちが凍り付いてしまうような暗く冷たい色をしていた。
初等学校時代のルーチェがよく知っている友達の顔じゃない。
ルーチェの胸に言いようのない恐怖感が沸き上がる。
が、それも一瞬のこと。
ナータはすぐに元の笑顔に戻った。
「大丈夫よ、なんでもないって。ほらそんなことより早く教室いこっ! あたしもルーちゃんと同じ一組なんだよっ」
一瞬前とはうって変わって子供のようにはしゃいで見せるナータ。
ルーチェは腕を掴まれ強引に引っ張られていった。
手を引かれながらルーチェは背後を振り向いた。
今にも爆発しそうなジルをターニャがなだめている。
片手でゴメンナサイのポーズを取ると、振り返ったターニャが「大丈夫」と無言のジャスチャーを返してくれた。




