118 村で過ごす最後の夜
出発は翌日に決まり、今夜はみんなで最後の食卓を囲むことになった。
すぐにでも出発するつもりだったらしいダイやビッツさんも誘っての夕食。
私とフレスさん、それからスティとソフィちゃんも手伝ってくれて、四人で腕によりをかけて料理を作ることになった。
結局、フレスさんの告白はうまくいかなかったけど、何故かスッキリした顔をしていた。
「キリサキさんの言葉で決意しました、私も自分のやりたいことをやってみようと思います」
お鍋の中身をかき回しながらフレスさんが言う。
やりたい事が何なのかまでは教えてもらえなかったけれど、フレスさんなら何をしてもきっと素敵な女性になれるはず。
だって、こんなに優しくてみんなから愛されている人なんだもん。
自分で一歩を踏み出す勇気さえあれば、何だってできると思うよ。
意外としたたかだってこともわかったしね。
最初はキツイ態度だったスティも、今ではすっかり打ち解けてくれた。
刃物の扱いだけは上手なスティは見事にキャベツを千切りにしている。
「ルーチェさんの料理も美味しかったわよ、でも、姉さんには敵わないけどね」
打ち解けてみれば、スティは重度のシスコンってだけの話だ。
フレスさんのことを話すとき、フレスさんと会話をするとき、スティは本当に楽しそうに喋る。
自警団に入ったのも、ローザさんの事件の後に落ち込んでいたフレスさんを守るためだったんだって。
フレスさんが言うには、
「スティは可愛くて器量がいいんだから、早く姉離れしていい人を探して欲しい」
とのこと。
ケイオスがいなくなってからも、ソフィちゃんの様子は特に変わらなかった。
相変わらずの無表情だし、お人形さんのような雰囲気はそのまま。
けれど、少しずつ口数は多くなっているような気がする。
「悪いやつをやっつけてくれて、ありがと」
ジャガイモの皮をむきながら、心持ち感情の色がついた声で言う。
封じられたケイオスの存在はずいぶん前に偶然見つけて知っていたけれど、彼女はそれを誰にも言わずに生活してきた。
ローザさんの事件の記憶を皆に思い出させてしまうのが怖かったのかもしれない。
これからは少しずつ笑顔が戻っていくといいなと思う。
あ、ところでひとつ聞いてみたいことあったんだ。
私はスープの味見をしているフレスさんとスティに隠れて、ソフィちゃんにそっと尋ねてみた。
「八年前に亡くなったローザさんって、どんな人だった?」
「なに考えてるんだか、よくわからない人」
「私と比べて、どう?」
「少しに似ているかもしれない」
私に似ているっていう四姉妹の長女、ローザさん。
フレスさんが言うにはお淑やかで優しい人。
スティが言うには力強くて逞しい遊び人。
本当はいったいどんな人だったんだろう。
「ったく、なんでオレがこんなこと……」
文句を言いつつも料理を運ぶのを手伝っているダイの横を通り、夕食が出来たことを報告するため、私は隣のジュストくんの家に向った。
「やあ、ルーチェ」
その途中で両手一杯に薪を抱えたビッツさんと会った。
何か手伝うことはないかと聞いてきたから、後でお風呂を沸かすための薪拾いをお願いしたら、快く引き受けてくれた。
いや、王子様にこんなことやらせていいのかな。
「構わないさ。今はただの客人だからね」
盗賊団としての暮らしが長かったせいか、変なプライドは持っていないようだ。
それにしても彼の変わりようには驚いた。
「やはり、まだ怒っているか」
「当たり前でしょ」
無理矢理キスされたんだもん。
そう簡単に許してはあげないよ。
けど、本当はそこまで怒ってはいない。
この人が本気で国の人たちを救おうとしていたことはわかっている。
もし本当に改心したなら、世の中の役に立つことで、しっかり罪を償って欲しいと思う。
ところで。
「あの……私を好きって、冗談ですよね」
「冗談なものか。私はそなたを守るためならばこの命とて惜しくはない」
そんなこと真顔で言われたらさすがに照れちゃうぞっ。
「私は恩人であるそなたのために戦えることを誇りに思う」
無意味に髪を振り乱してカッコつけてる。
そういう仕草はさすがに王子様だなあ。
けど、ギャグにしか見えないぞ。
「もちろん、それだけが目的ではない。私はこの旅を通じて見識を広め、より人間的に成長してこの国へ帰ってくるつもりだ。それが、私を信じて犠牲になった部下たちへのせめてもの償いだと思っている」
スカラフに騙されていたとはいえ、彼の罪は簡単には許されないだろう。
牢屋に入って償うのも一つのやり方かもしれないけど、与えられたチャンスを活かし、平和のために命を賭けることを選んだ。
その気持ちが本物だってこと、しっかり見せてもらうからね。
「それじゃあ頑張って、りっぱな王様にならなくちゃですね」
「そなたが望むなら、いつでも王妃の椅子を用意するよ」
私は曖昧に笑って誤魔化し、彼と別れた。
不思議と顔がにやけてしまう。
人に好きになってもらうのって、意外と悪くないかもしれない。
残念だけど、私はジュストくん一筋だから気持ちには応えられないけどね。
ノックをしても返事がなかったので、無断で上がらせてもらう事にした。
「ジュストくーん、ネーヴェさーん」
返事はない。
どこか出かけてるのかな。
みんなで夕食を食べることは伝えてあるから、遠くには行ってないハズだけど。
二人を探すために裏の畑の方へ行ってみることにした。
えーと……あ、いたいた。
畑の近くの岩に腰掛け、二人で何かを話している。
どうも真剣な話をしている様子だ。
ひょっとしたら、別れを惜しんでいるのかもしれない。
さて、どうしようか。
いけないとは思いつつも、私は気づかれないように草陰から二人に近づいた。
お母さんに甘えるジュストくんの姿、ちょっと見てみたい。
「じゃあ、あの人に会うつもりはないんだね」
「ああ。アタシは村を離れる気はない」
ギリギリ声が聞こえる位置に隠れ、聞き耳を立てる。
どうも別れを惜しんでいるような雰囲気じゃない。
いったい何の話をしてるんだろ。
「でも、アンタが行きたいっていうなら止めはしない。もう子供じゃないんだ。自分がやるべき事は自分の頭で考えてみるんだな」
「ありがとう、母さん」
「アンタはやっぱりあいつの息子だね。一度決めたら、周りが何て言おうが聞きやしない」
こっちからじゃネーヴェさんの表情は見えないけれど、ジュストくんは悲しそうな顔で彼女のことを見ていた。
話している内容はよくわからない。
だけどジュストくんの顔を見てたらなんだか罪悪感がわいてきた。
親子の別れのシーンを立ち聞きなんてやっぱり良くない。
このまま立ち去ろう。
そう思ったけれど、直後に聞こえたジュストくんの声に私は思わず足を止めた。
「ごめん。けど僕はルーと一緒に行きたいんだ」
え、ええ?
私と行きたいって……やっぱり、ジュストくんは私の事……
「きっと彼女は世界の救世主になる。僕は、そんな彼女の力になりたいんだ」
ガクッ。
そ、そうだよね。
好きとか、そういう意味じゃないよね……
「そうかい。ならしっかりとそこに隠れている彼女を守ってやんなよ」
「え?」
ぎくうっ!
ば、ばれてる……
「あ、あは」
愛想笑いをしながら、私は草むらの中から出て姿を見せた。
「ルー? どうしてこんなところに……」
「ご、ご飯、できましたよ」
「盗み聞きとはとんだ救世主だね」
一日に二度までも……
私、恥かしくて死にそう。
「そんな子どもっぽいところも、リムにそっくりだけどね」
呆れたように言うネーヴェさんだったけれど、不思議とその声と表情は優しさに満ちていた。




