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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第3章 大賢者様の修行 - country sisters -
115/800

115 後遺症

 コンコン。


「どうぞ」


 ノックしたドアの向こうから、優しい声で返事が返ってきた。

 恐る恐る部屋の中に入る。

 ベッドの上で本を読んでいるフレスさんの姿が目に入った。


「あの……おはようございます」

「おはようございます。目が覚めたんですね」


 フレスさんは依然と変わりない笑顔で迎え入れてくれる。

 けれど、あんなことをしてしまった私が、恨まれていないわけがない。

 先生が帰った後、私は真っ先にに彼女に謝りに行くべきだと思った。

 力の入らない足を気合で動かしたここまでやってきた。


 でも、いざ面と向かってみると何から話していいのかわからない。

 いきなり罵声を浴びせられるくらいの覚悟はしてきたんだけど……


「そんなところに立ってないで、こっちに来て座ったらどうですか?」


 フレスさんはベッドの脇に置かれている椅子を私に薦める。

 それきり無言で私の顔を見つめてくる。

 断るわけにも行かず、私はそれに腰掛けた。


「あ、あの、ごめ」

「体はもう大丈夫なんですか?」


 またしても出鼻を挫かれる。

 彼女が心配で来たのに、逆に心配されてしまう。


「あ、ちょっと足が重いけど、問題ないです。私よりフレスさんの方こそ大丈夫ですか?」


 少し気が楽になって、私は自然に彼女の心配をすることができた。


「ええ、大丈夫ですよ」


 そう言うフレスさんの顔がわずかに曇ったような気がした。

 でもその言葉に少しホッとした私は、まず彼女を傷つけたことを謝罪することにした。


「あの、私、敵を倒すのに夢中で、フレスさんを傷つけてしまって」

「いいんですよ。大賢者さまから話は伺っています。ルーチェさんは私を救うために戦ってくれたって。悪いのは私の体を乗っ取ろうとした輝術師だって」

「ごめんなさい……!」

「もう、謝らないでくださいってば。私はぜんぜん気にしてませんから」


 何度も頭を下げる私。

 肩に、フレスさんの手が触れる。

 その優しさに安堵して、顔をあげようとした時に私は見た。

 フレスさんのはだけた胸元に、大きな火傷の痕。


「あの、それ……」


 私の視線に気づき、フレスさんは慌てて胸元を抑える。


「あ、あはは。秋も近いのにまだ暑いですね。そんなに見つめられると恥ずかしいです」


 照れたように誤魔化すフレスさん。

 だけど、私はしっかりと見てしまった。


「やっぱり、私のせいで……」

「ち、違うんですよ。これはこの前お料理をしている時にお鍋をひっくり返して」


 フレスさんは冗談っぽく取り繕おうとする。

 なんて言うべきかわからなかった。

 女の子に体にあんな大きな痕を残してしまった。

 それがどういうことなのか、私だったらどう思うか。

 私はその場で椅子から降りて床に手をついた。

 ひたすら謝る以外に思いつかなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「や、やめてください。本当に大丈夫なんですよ。大賢者さまに治療をしていただいて、痛みももうないんですから」

「ごめんなさい」

「もう、本当にやめて――きゃっ」


 フレスさんは私を起こそうとして、ベッドから体を乗り出した。

 そして、そのままもつれるように倒れこんできたので、私は慌ててその体を支えた。


「だ、大丈夫ですか?」

「えっと、あの、これは」


 ベッドから落ちた彼女は、なぜか不自然な格好で私にもたれかかっていた。

 はじめはどこかを痛めたのかと思ったけど、奇妙に投げ出された足を見てゾッとするような不安を覚えた。


「まさか、足を……?」

「違うの!」


 フレスさんは彼女らしくない大声を上げた。

 私は自分の嫌な予感が当たったと感じた。


「……ごめんなさい」


 その言葉を発したのは、私ではなくフレスさん。


「ごめんなさい。ルーチェさんは何も悪くないのに、ごめんなさい」


 顔を伏せてぽろぽろと涙を零すフレスさん。

 私の胸を、さっきまでとは違う苦しさが締め付けた。


「動かないんです。私の足、動かなくなってしまったんです。わかってるんですけど、ルーチェさんは、私を救ってくれたんだって、わかっているんですけどっ」

「フレスさん、泣かないで」

「こんな風になって、あなたを恨んでいる自分がいるんです。自分が悪いってわかってるのに、誰かのせいにしないとおかしくなりそうで……ごめんなさい、ごめんなさいっ」

「ごめんなさい。フレスさんを助けられなくってごめんなさいっ……」


 私はベッドの上に身を乗り出し、今にも壊れてしまいそうなフレスさんの身体を抱いた。

 二人でごめんなさいを繰り返し、私たちは泣き続けた。




「私、いっぱい修行して立派な輝術師になります。それで、いつか必ずフレスさんの足を元通りにしてみせるから」


 十分以上泣き続けた後、私は思い切って決意を述べた。

 彼女に後遺症を残してしまった償いは、人生を費やしてでもしなければ。

 自分のためだけじゃなく、本当に立派な輝術師になろうと思った。

 フレスさんは真っ赤な目を擦りながら微笑んだ。


「そんなに思いつめないでください。一緒に泣いてもらっただけで、ちょっとスッキリしましたから」


 フレスさんがかなり無理をしていることは明らかだった。

 それは彼女の優しさだと私は思う。


「畑仕事は無理でも、子どもたちに勉強を教えてあげることくらいはできます。だから本当に気にしないでくださいね。ルーチェさんには、私なんかのためじゃなく、世の中のために立派な輝術師になってください」

「ごめんなさい、本当に……」

「もう、謝るのはナシです。何度も言うけど怒ってなんていませんから。ちょっとルーチェさんを困らせてみたかっただけなんです。私の方こそごめんなさい」


 こんな目にあってまで、そんなことを言ってくれる。

 その優しさが眩しくて、悲しくて、辛かった。


「それと……ごめんなさいついでに一つお願いがあるんですけれど」

「あ、うんっ。何でも言って」


 少しでも償いになるのなら、何でもしてあげたい。


「ジュストが帰ってきたら、一日だけ貸して欲しいんです」

「え?」


 そう言っても、別にジュストくんは私のじゃないですけどっ。

 あ、でも、ジュストくんはこれから私と一緒に村を離れるんだ。

 正直、フレスさんのことがなくても、私はエインシャントに行きたいと思い始めていた。

 自分の中にあるわけのわからない力を、きっちり扱えるようになりたい。

 英雄になれるなんて思っていないけれど、もう自分のせいで誰かに悲しい思いをさせたくないから。

 けれど、新代エインシャントへ行くってことは……


「そんな顔しないでください。別に奪おうっていうわけじゃないんですから」

「奪うなんて、そんなこと」

「知ってますよ。ルーチェさん、ジュストと一緒に新代エインシャント神国へ行くんですよね」

「……知ってるんだ」

「邪魔をする気なんてありません。だから、一日だけ、一日貸してくれるだけでいいんです。彼がまた、いなくなってしまう前に、一日だけ思い出づくりがしたいんです。前の別れのときは……最悪でしたから」


 彼女はそう言って真っ直ぐな目で私を見る。


「お願い。最後に一日だけでいいんです」


 そんな、頭を下げられても困る。

 私だって彼のことは好きだけど、このままじゃ彼女から何もかも奪ってしまう事になる。

 彼女の精一杯の頼みを拒否することなんて私にはできない。


「わかりました……がんばってくださいね」


 けれど、胸の奥でチクリとした痛みを感じた私は、やっぱり自分勝手な人間なんだろうか。

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