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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第3章 大賢者様の修行 - country sisters -
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102 森の主と火蝶

「……あのさ」


 しばらく無言で歩き続けていると、スティの方から話しかけてきた。

 私は振り向こうとして、それよりも先に違和感に気付いて足を止めた。

 背中にスティがぶつかる。


「な、何よ。急に止まって」

「何かいる」


 前方、私たちの進む方向。

 そこに何かが待ち伏せしている。


「な、なな、何も見えないじゃない」

「うん。でも確実にいるよ」


 スティの言うとおり、視界の中には何もいない。

 淡い光が照らす空間に怪しいものの姿は見つからなかった。


 でも、私にはハッキリとわかる。

 それは『流読み』を持つ輝術師の特性だから。


 修行を始めてから、輝力の扱い方は前より上手くなった自信がある。

 すると特に意識してなくても、自然と流読みを使っている状態を維持できていることに気付いた。

 もちろん術の照準とかは多少の集中が必要。

 だけど、軽い違和感くらいなら、特に意識しなくても感覚的に気付くことができる。

 簡単に言えば、とっても勘が鋭くなってるってこと。


 私の感覚は、前方に多少の悪意を持っている『何か』を鮮明に捉えている。

 ただ、この感じはエヴィルとかそういう凶悪なものじゃない。

 今すぐに襲いかかってきそうって感じでもない。


「ゆっくり進もう。上手くいけばやり過ごせるかも」

「な、なな、何がいるのよ」

「そこまではわかんない」

「もっ、もしかして、もしかして、お化けとか……っ!?」


 スティが私の腕に思いっきりしがみついてきた。

 さっきまで微妙に開いていた距離を全力で詰めてくる。

 ……ははーん、これは。


「その可能性はあるかもね。こんな夜中だし」

「ひっ!?」

「恨みを持って死んだ人が、夜な夜な人気のない森を彷徨っているのかも……」

「いやあああーっ!」


 耳元で響くとつぜんの大声に、むしろ私がビックリした。

 思わず耳を塞いだらスティの腕を振り解く形になってしまう。

 彼女は慌ててしがみついてきた。


「やだ、やだやだやだ! おいて行かないで!」

「あ、うん……」


 冗談だったのに、まさかこんなに怯えるなんて。

 普段のスティからは想像もできない姿。

 ちょっとしたイタズラだったのに……なんだか罪悪感。


 とりあえず、私たちはまた歩き始めた。

 スティは私の腕に力一杯抱きついたまま、下を向いて少しずつ足を動かしている。

 狼雷団の残党相手に躊躇なく斬りかかった自称自警団の姿はそこにはなく、小動物のようにぶるぶる震えるかわいい女の子がいるだけだった。


「歩きづらいよ、スティ」

「だって、だって……」


 お化け嫌いにしても尋常な恐がり方じゃない。

 過去に何かトラウマでもあったんだろうか。


 と、何かが私たちのすぐ真横を通り過ぎた。


「ひゃああーっ!?」

「落ち着いて。大丈夫だから」


 その姿はよく見えなかったけど何かの生き物のようだった。

 おそらく私が流読みで感じたのはこれだ。


 その『何か』は背後から再度近づき、またも私たちのすぐ側を通り過ぎる。

 今度はさっきよりも近く。

 強い風が私の髪を揺らした。

 驚かすつもりでやっているのは間違いない。


「いやーっ! いやあーっ! お願いだから成仏してーっ!」

「ごめんスティ、ちょっと離れててくれるかな」

「いやいやいや! おいて行かないで! ローザ姉さんに連れて行かれちゃう!」


 うーん、完全に怯えちゃってる。

 まあ、掴まれてるのは左手だしなんとかなるかな。


 飛んできた生き物の正体はわからないけど、その位置は完璧に把握できている。

 今は向こうの木の茂みの中で待ち構えている。

 どういうつもりかわからないけど、攻撃してくるなら反撃するよ。


 私はスティに掴まれていない右手を突き出した。

 心に火を描く。

 イメージをある形に変え、具現化する。


火蝶弾イグ・ファルハ!」


 掌の先に出現した火炎が蝶の形に燃え上がる。

 火の蝶は私の手を離れ、ものすごい速さで前方に飛んだ。

 それはちょうど飛んできた何かの生き物にぶつかって激しく燃え上がった。

 よし、命中!


 これが私のあみ出した、オリジナルの火の術。

 蛍光ライテ・ルッチで術のイメージを別の物に重ねることに成功した私は、その応用で火のイメージを蝶に重ねることを思いついた。

 もともと火の術は使えていたので、コツさえ掴めば形にするのは簡単。

 決まった形を取ることで、キッチリと威力を制御することに成功した。


 火蝶弾イグ・ファルハは威力こそ低いけれど、自由に作りだし、ある程度は自分の意思で自在に操る事ができる。

 もちろん流読みを使えば対象へと当てることも簡単だ。


「ほら、スティ。やっつけたよ」

「ふえ……?」


 私は離れようとしないスティを引っ張って、まだ燃えているそれに近づいた。

 消えろと念じると炎は一瞬で煙のように消失する。

 火が消えた後に残っていたのは、こんがりと焼けた大きな鳥だった。


「あっ……これ、森の主じゃない」


 スティが言うには、この鳥は森の主と呼ばれる大型の鷲。

 近くを通りかかった人間を脅かすのを趣味にしているいたずら者らしい。

 何人もの狩人が捕らえようとしたけれど、今まで成功した人は誰もいない。


 そのため、いつの間にやら神聖視され、森の主と呼ばれて敬われるようになった。

 村の中には神様の遣いだと本気で信じてる人もいるとか……


「や、やっつけちゃったの、まずかったかなっ」

「脅かしたコイツが悪い。誰かに見られる前に埋めちゃいましょう」


 スティは森の主の首根っこを掴むと、剣で近くの土を掘り返して、そこに放り込んだ。

 穴に土を持って踏み固め、汚れた手をぱんぱんと払う。

 そのワイルドさはいつものスティだった。


 一仕事終えると、彼女は気まずそうな顔でこっちをを見た。


「と、取り乱して悪かったわね」

「ううん」

「……あのさ」


 彼女は何かを言いたげに口を開き、言葉を詰まらせてあーあー唸る。

 私は黙って次のセリフを待った。

 三十秒ほどしてから、スティは意を決したように大きく頭を下げた。


「ごめんなさい、この前は言い過ぎた!」


 夜の森に謝罪の声が響く。


「あの後ね、あんたを追い出したことでフレス姉さんからすごい怒られて……あっ、て言っても、怒られたから謝ってるってだけじゃなくて、本当に言い過ぎたと思ってるし、あたしってこんな性格だから、いつも後先考えずに感情をぶつけちゃって、それでいっつも後悔してるんだけど……」


 腰を折り、地面を見つめたまま早口でまくし立てる。

 私はそんなスティの姿を見ながら、自然と口元がにやけてくるのを自覚した。


「それでさ、もしあんた……じゃなくて、ルーチェさんがよければ、村に戻ってくれば、なんて」

「うん」

「その、あたしのことを許して欲しいなんて言わないけど、姉さんのことは嫌いにならないであげてくれたら、嬉しいと思うんだけど……」


 ふふふっ。

 まったく、スティってば。

 可愛いこと言っちゃって、もうっ!


「嫌いになんかなってないよ。フレスさんも……もちろんスティもね」


 私はスティの前に立つと、彼女の髪をそっと撫でた。

 本音を言えば、ちょっとは恨んでいたかもしれない。

 けど、こんなに可愛く謝られちゃ、怒りなんか消えてなくなっちゃうよ。


 たぶんあの時は、私も修行が上手くいかなくて、余裕をなくしていた。

 こうやって多少は術を覚えて自信がついたから、お姉さんのために怒った彼女のことも許せるようになったのかも。


 スティが顔を上げた。

 淡い光が照らす中でもハッキリとわかるほど顔が赤い。


「か、勘違いしないでよっ。酷いこと言ったのは謝るけど、あんたが姉さんのライバルであることには変わりないんだからねっ。姉さんの敵は、あたしにとっても敵なんだからっ」


 はいはいツンデレツンデレ。


「でも……姉さんがあんたと仲良くしたいなら、表面上は仲良くしてやってもいいけどね」

「そうだね。仲良くしよう」


 手を差し出して握手を求めると、スティは恥ずかしそうに握り返した。

 視線が合うと、少しだけど笑ってくれた。

 打ち解けるまでは長かったけど、ようやく友だちになれたような気がする。

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