098:国交正常化
ワイワイガヤガヤ……。
船から降りる人々の表情は皆、驚きに溢れている。
『あー、この展開は何だか懐かしいわね……』
ロザリィが呆気にとられながら呟いた。
「まったく、良いアイデアとは言ったもんだな。お前、これ歴史に名前が残っちまうくらいの偉業だって理解してるか?」
セフィルの呟きに、エマもブンブンと頭を縦に振る。
「勘弁してくれ……。この偉業を成し遂げたのはお前の親父ってコトになってんだから、俺の名前は伏せててくれよ」
苦笑しながら呟く俺の視線の先には、プライア国の島に初上陸した、大陸側の人々の姿。
ほとんどの人はモンスターを見るのも初めてだが、何よりも自分たちの暮らしていた世界のすぐ近くに、全く姿の異なる生命が居て、しかも平和的に接してくるうえ、意志疎通まで出来るという事実に驚愕している。
「正直、たった4週間ほどで民間交流を回復させた国王の手腕は凄すぎるよ」
「ウチの親父は人を見る目は無いけど、外交だけは上手いんだよ」
民間人が発したら一発で処刑されるようなセフィルの暴言に、俺は再び苦笑した。
………
……
…
『良いアイデアとは一体……』
厳つい顔のプライア国王がにじり寄ってきて、思わず後ろに一歩引いてしまった。
「ぼ、貿易と……観光地として民間交流とのみを認めれば良いのですよっ」
「貿易は分かるが……民間交流とは???」
俺の言葉に、プライア国王は首を傾げた。
仕草は人間と同じなんだなー……。
「まず、我々の国ではプライア国どころかモンスターの存在を知らない者が大半です。つまり、70年間も国交をしなかったことにより、かつて人間側があなた方へ抱いていたであろう"恐怖"や"嫌悪"といった感情がほぼ残っていないのです」
『う、うむぅ……』
「ここで双方の国が国民に向けて、お互いの国のコトを伝えれば良いのです」
俺の言葉に国王二人が驚愕する。
……やっぱりプライア国王だけ顔が怖いよぅ!
「ただ、今のところプライア国には特使団などレヴィート王国関係者が泊まるための宿が一軒あるだけなので、多少は宿を増やして頂く必要があります」
プライア国王が頷く。
「そしてプライア国の皆さんは、国外に出る時は見分けが付くようにプライア国の紋章を装備し、なおかつレヴィート国の者と共に行動して頂ければ……。これに関しては、国民の方々を見張るという意味ではなく、モンスターと交戦中の南方諸国の人達と遭遇したときのための対処です」
『なるほど、確かに我が国民が通り魔に遭う危険性はそれで回避できるわけか……』
御国の皆さんなら通り魔を余裕で返り打ちに出来そうな気がしますけどね。
「あと……私は商人を目指しているのですが、是非とも双方で行き来できる貿易権が頂ければな~…っと」
上目遣いでプライア国王に懇願すると……爆笑された。
『うははは、やっぱ貴様の国の子供は面白いな! 貿易と民間交流と、ついでに留学制度も作ろうぞ!』
「うむ、私としても願ったり叶ったりだ! さっさと話を進めるぞ!」
そう言いながら国王二人が爆笑しながら勝手に話を進め始めた。
まあ、ここまでお膳立てすればもう大丈夫だろう。
…
……
………
「ちゃっかりと貿易権まで獲得したうえ、もういきなり船便で輸入品まで持ち込んでやがる。一体お前は何を持ってきたんだ?」
呆れ顔で呟くセフィルに、俺は一冊の本を突きつけた。
【わかる! 人間との交流マナー ~神都ポートリア編~】
「……何コレ?」
現物を見ても、まだよく分からないご様子。
「これ一冊があれば文化の違いにもバッチリ対応できる究極のマナー本だ。俺もクリスくんの知識を継承したとはいえ、前の世界との違いには結構苦労したから、異国に来た時の困惑する気持ちがよく分かるんだ。だからこそのマナー本である!! 異文化交流には欠かせないよねっ!!」
俺のセリフにロザリィが呆れ顔で溜め息を吐いた。
『アンタ……さっきもこのバカ王子が言ってたけど、これ歴史的瞬間なんだからね? 下手すると教科書に載る出来事なのよ?』
「そうだな」
『……神歴387年4月11日、大きく歴史は動いた。かつての大戦により途絶えたレヴィートとプライアの両国の国交が再び始まり、観光目的の民間人が訪れると共に、初の輸入品となるマナー本が持ち込まれた……って、ひとつだけ場違いすぎる要素があるじゃないの!! これどうすんのっ!?』
「はうあっ!」
まさか、俺はとんでもないコトをしでかしてしまったのか……!!
俺のせいで歴史本が大変なことにぃぃぃ!!!
「えーっと……そこは民間人が訪れると共に輸入品が持ち込まれた、で良いんじゃないかなー?」
苦笑するエマに、ロザリィが『チッ』と舌打ちした。
この野郎……!
・
・
「んで、これからどうするよー?」
宿に戻った俺達は今後どうするか、話し合いを行っている。
「今週末にはポートリアに帰るための船に乗ろうと思っているけど、とりあえず明日からこの街で輸出品を買いまくろうかと思ってるんだ。今日からボニート紙幣も利用できるようになったみたいだし、これで買い物には困らないだろう」
「さすがクリスくん、抜かりない」
俺の横でクレアがうんうんと頷く。
というのも、この国の通貨は紙幣や硬貨ではなく、なんと『宝石』だったのだ。
日用雑貨はレッド、野菜はグリーン、武器や防具はブルー、と色で分けていたのだが、エレメントサーチで鑑定したところ、それぞれルビー、エメラルド、ラピスラズリときたもんだ。
こんな狂った価値観の物価システムと交流しようものなら、一撃でシステムが破綻してしまうわけで、それを是正するだけでもとても苦労した。
「70年間、ずっと同じ島の中で独自の文化が形成されたはずだからな。それだけでも価値のある輸出品が得られそうで期待できるよ。マダムのお土産にもなりそうだしな」
そう言って俺は笑った。
そして翌日、俺はとある万屋で運命の出会いを果たすことになる。




