094:あの男が街にやってきた!
この国では12歳で魔法学科を含む全課程を修了し、そこからは自らの力で生きることになる。
つまり12歳で成人と同等扱いなわけで、クレアから初めてそれを聞いたときは、さすが異世界は色々と自分の知っている常識とは随分と違うのだなぁと驚いた。
と言っても、ほとんどの子供は家族と共に家業の手伝いなどをしながら生活をすることになるので、単に学校生活が終わるだけなのだけど、その「ほとんどの子供に含まれない俺たち5人」は今、俺の父の前に座っていた。
「さて、お前達の選んだ道を聞かせてもらおう」
重い雰囲気の中、まずは俺が口を開いた。
「父さん。俺は行商として世界を巡りたいと思ってる。だから家を出るよ」
俺の言葉を聞いて、父は驚くことなく頷いた。
「私はクリスくんと一緒に行きます」
再び父は頷いた。
だが、問題なのは残りの3人だ。
「リュータス、俺はちゃんと親父の許可を取ったぞっ!」
そう言って広げた手紙には、国王の署名付きで俺と共に世直し旅をすることを許可する、みたいなコトが書いてあった。
「当面はクリスと共に旅をしようかと思っている。ただ、今回からはリュータスの同伴は不要だ」
一応、渋々ながら「う、うむ……」と父は頷いた。
まあ国王から許可が出ているのだから、拒否する権利は無いのだけども。
「わ、私もセフィルくんに、つ、付いていきまっすっ」
微妙に噛みそうになりながらエマも意思を伝え、それも承諾が得られた。
そしてあと一人……メルフィが居るけども……ねぇ。
「私もご一緒し……」
「駄目です」
「はうっ!」
案の定、バッサリでした。
「セフィル王子が旅をする事については国王様直々に許可が出ましたが、メルフィ王女に関しては王妃様からは何も伺っておりませんので……。このままお城へ戻ることをお薦め致します」
「うぅぅ……」
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「残念だったね、メルフィちゃん……」
「はうぅ……」
エマに頭を撫でられながらトボトボと歩くメルフィを見て少し心痛めながらも、こればかりは仕方ないなぁ…という気もする。
セフィルみたいに、一国の王子が黄門様ばりに世直し旅に出るだけでもヤバいのに、その妹まで同伴となると、どう考えても許可が出ないだろう。
そんな妹の姿を見ながらセフィルは、かんらかんらと笑っている。
「まあ、さっさと旦那捕まえて、そいつを引き連れて世直し旅に出れば良いんじゃないか? 王族が夫婦で世直し旅だなんて、まるで小説みたいだぞハハハ」
とんでもなく無責任なコトを言っちゃってまぁ……。
俺が溜め息を吐きながらメルフィを見ると「その手があったか……」と呟いていて、この国の未来が心配になってきた。
「旦那を……捕まえる。旦那を……」
そう言いながらメルフィが俺をガン見してくるのは何故だ……。
止めてくれ、その視線はオレに効く。
もとい、クレアがやたら力を入れて俺の手をギューギューと握ってくるのが怖いです。
あと、小声で「この小娘を一年振り切れば勝ち……」とか呟いてるのも怖いです。
「でも、皆さん冷たいですー。私をかばってくれても良いと思うのですよー……」
不満そうにブーブー言うメルフィを見て皆で苦笑する。
俺は商人として、セフィルは世直しのため、という表向きの理由を付けて説明したけども、もちろん他に理由はある。
この旅の本当の目的、それは……
―――― "悪意"という災厄の正体を暴くこと。
あの日の夜、創造神ラフィート様に召喚された話は、朝起きてすぐに三人へ伝えた。
プライア国に行くことを誰にも伝えていなかったセフィルは一瞬凄く驚いたが、すぐに「これからも宜しくなっ!」と嬉しそうに笑った。
だけど、この旅が必ずしも安全だという確証は無い。
だからこそ、メルフィには付いてきて欲しくないのだ。
~~
その頃、ホース・タンプ社の馬車停留所にて。
「到着したぜ旦那!」
「おう、ありがとうなー」
ついにやってきました神都ポートリア!
レヴィートからひたすら馬車を乗り継ぎ乗り継ぎ……うーむ、腰にくるぜぇ。
ちなみにポートリアが目的地ではなく、船に乗って隣の国に行く事が目的なのだが、バカな同僚の尻拭いで休日返上で働いた分は、代休として港町でちょっとした観光をしようと考えているのだ。
「さて、ひとまず宿でも探すか」
俺が独り言を呟くと、御者のおっちゃんから手招きされた。
「うちと提携してる宿屋がいくつかあるから、それ紹介してやるよ」
そう言って様々なチラシを渡された。
って、こんなファンタジー世界で、旅行会社と宿泊施設のタイアップ!?
……ハハーン、さてはアイツの仕業だな。
「もしかして、ここに髪の毛クルンクルンしてるガキンチョが出入りしてねえ?」
「なんだ、クリス坊の知り合いかー」
はははビンゴ!
自力で特効薬の代金を稼いだとか言ってたし、イーノも「すごいんだよー! おうじさまだったよー! ビューンってきたー!」とか言ってたし、やっぱヤツの中の人マジぱねぇな。
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提携宿泊施設の一覧表をゲットした俺は、買い物に不自由しなさそうな西教区から宿を探し、無事に中長期滞在可能な部屋を確保できた。
俺の持ってきたクソ重い機材を盗むバカは居ないだろうし、貴重品だけを持って商店の連なるエリアに出てみたが……
「カップルばっかりかよ……。さすが観光地だな」
残念ながら前の世界で非モテだった俺が、異世界に来て突然モテるようになるわけもなく、独り寂しく見知らぬ街のトリッパーだ。
「キョウは爆薬マニアだし、イーノは何考えてんのか分かんねーし、研究者は独り身の呪いでも掛かってんのかなぁ」
ブツブツと悲しい事を呟きながら歩いていた俺だったが、近くを歩いていた「五人組」の姿を見てそんな気分が一気にぶっ飛んだ!
「ははは、何たる幸運っ」
俺は五人組の真ん中にいる「髪の毛クルンクルンのガキンチョ」の肩を叩いた。




