093:旅立ちの前に
学校からの帰り道。
「……」
俺の手に握られている一枚の紙の最上段にはこんな文字が書かれていた。
<進路調査票>
どうしてファンタジー世界にこんなモノが……。
って、どうせ教職に就いた渡り人がこのシステムを持ち込んだのはわかりきってるんだけどさ!
教職がスーパーブラックだというコトは巷でも有名だし、俺と同じように転生して来た人は山ほど居るのだろう。
「クリスくん、また難しい顔してるね?」
ちょっと前にも同じようなコトを言われた気がするけど、クレアが俺の手に握られた紙を見て「なるほど」と呟いた。
「まさか12歳で将来を決めにゃならんとは、異世界はヘヴィ過ぎるよ」
「春には卒業だからね。そこからは大人として見られるから……」
「異世界の成人はっや!!」
確かに医学が進歩する前の人類はもの凄く短命で、成人も早かったという話しは聞いたことはあるけど、まさか12歳で成人扱いとは。
「んで、大人のレディになられるクレア様は何と書いたのかね?」
「はい、どうぞ」
クレアは鞄の中から、綺麗に折りたたまれた紙を取り出して渡してきた。
そこに書かれていたのは……
第1希望:[結婚]
第2希望:[ ]
第3希望:[ ]
「………」
ものすごくストレートに求婚されてしまった気がする。
「しょ……将来的にはその予定なのだけど、この世界における法的に婚姻可能な年齢まで待って欲しいかなー……なんて?」
「分かった。来年を楽しみにしてるね」
「13歳かーーーーーーーーーい!!」
俺のツッコミを華麗にスルーしながら嬉しそうに笑うクレアに溜め息を吐いていると、セフィルとエマがやってきた。
「お前ら、道端で何騒いでんだ……」
「あっ、進路調査だねー。クレアちゃんは何て書いたのー?」
そう言いながらクレアから紙を受け取ったエマが、顔を赤くして「ひゃあ大胆ーーっ!!」とか騒いでて笑ってしまった。
「セフィルは城に戻って王子様の本業復帰かい?」
「本業って、ヘンな言い方するヤツだなぁ……。俺は卒業した後は、再び世直し旅に戻ろうかなーって思ってるよ」
「ああ、そういえば父さんがそんなコト言ってたっけな」
元々セフィルは「なんちゃら団?(って言ったら超怒られるけど)」とか名乗りながら、世直しのために兵士を引き連れて旅をしてたんだった。
「この国が平和だと言っても、やっぱり悪巧みをするヤツは居るもんさ」
「なるほどなー。俺は……やっぱ商人かなぁ。何だかんだでそれが一番肌に合ってる気がするよ」
そう言いながら、その場でササッと第一希望に書き入れた。
「地属性持ちのお前なら、馬車で悪路を走る時も道を均しながら進めるだろうし、ちょうど良いじゃないか」
セフィルも賛同してくれて一安心だ。
「……クリスくんの横に乗って馬車旅行。アリかも」
うーん……。
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その日の晩のコト。
いつも通り就寝した俺は……真っ暗な世界に放り込まれた。
『というわけで、お久しぶりです』
「……」
俺の目の前には女神様、つまり創造神ラフィート様が居る。
「ここに放り込まれると死んじゃったんじゃないかと思ってめっちゃ焦るんで、普通にお店で話しません? 週イチで下界に来てるじゃないですか……」
俺がジト目で突っ込むものの、女神様は「まぁまぁそう言わずに」と適当に返してきた。
『そんなことよりも、クリスさんにひとつお願いがありまして』
「お願い?」
わざわざ女神様が渡り人を呼び出してお願いとは、一体何事なのだろう。
訝しげにラフィート様を見ていると、急に真剣な顔つきに変わった。
『はい。……"悪意"に関する事です』
悪意……そいつはクレアの命を奪い、エマを苦しめ、世界中の人々を恐怖に貶める病である「リソースリーク」を生み出した悪の元凶だ。
『商人になるという生き方をやめてほしいとは言いません。ただ、セフィルさんと旅を共にして頂けませんか?』
「何故セフィルと???」
まあ嫌がる理由も無いし、三人とも喜ぶだろう。
ただ、女神様がそれを俺にお願いする理由が分からない。
『彼が初めに向かおうとしているのは、北西の海を越えた先にあるプライアという国なのですが、その国はかつて魔王の家来だったモンスターが統治しているのです』
なっ!?
「魔王って、この世界にはそんなのが居たんですかっ! というかモンスターもっ!?」
この世界にやってきてそろそろ二年になるけど、そんな話全く聞いたことがない。
『世界的に見れば、モンスターが全く生息していないこの地域が珍しいだけなのですけどね。南の大陸に行けば普通にツノの生えたウサギとかがピョンピョンしてます』
ふーむ……。
やっぱ、ずっと同じ国の中で暮らしていると、外の世界の情報はなかなか手に入らないモノなのだなぁ。
「でも、そんなモンスターの巣窟に子供だけで行くなんて危険じゃないですか」
『ああ、別にそれは問題ありませんよ。そこに居るモンスターは人間と敵対していませんし』
「???」
『歴史的にちょっと色々ありまして、魔王亡き後に彼らは人間と争うことをやめ、島で細々と暮らす道を選んだのですよ』
うーん、世のRPGだと魔王を倒すと同時にモンスターがパッと居なくなるイメージだったのだけど、そういうコトは無いんだなぁ。
だとしても『俺が次の魔王だフハハハー』みたいなヤツが現れても良い気がするのだけど。
『……魔王の最期が結構アレな感じだったので、モンスター達も色々と思うところがあったのですよ』
アレな感じって……。
「でもまあ、モンスターが襲ってこないというのも理解したよ。けど、それでどうして"悪意"が関わってくるんです???」
『……プライア国のお姫様が原因不明の病に倒れたのです』
「っ!?」
『そもそも、この世界におけるモンスターはリソースの結晶体なので基本的に病気はしません。そんな彼らが原因不明の病気で倒れるとすれば……』
リソースリークか……。
再びこの病気と関わることになるとは、嫌な因縁だな。
「だとしても、俺が付いて行って何か力になれることってあるの?」
『リソースリークの治療に関しては大丈夫そうなのですが、クリスさんはそこでとても重要な出会いがあります。でも、その真相は自らの目で確かめて頂ければと思います』
「うーん???」
不思議なコトを言うんだなぁ……。
『というわけで改めて、創造神ラフィートより貴方に使命を課します。商人クリスよ、プライア国で勇者の剣を探しなさい』
もっと訳が分からなくなってきたアァァ!!
「なんでいきなりファンタジー風になっちゃうんだよ! 全然わけわかんねーよ!!」
『それではご多幸を~』
「え、え、ええええええーーーーーっ!?」
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チュンチュン……。
外から小鳥の鳴く声が聞こえる。
「……とりあえず皆に相談すっか」
俺はそう呟くと、隣のベッドで寝ているセフィルを起こした。




