092:チラシ作りのノウハウを
「うぅ、グスッ…。ずびばぜん、本当のごどなのに打たれ弱くて…」
やっと落ち着いてきたようだ。
「外観や品揃えはこれから改善するとして、とにかく広告の方向性をどうにかしないと。宣伝が下手だと、どんな商売も絶対コケるからね……」
前の世界でも、それは嫌なほど経験している。
営業ツールとして広告は必ず鞄に入れていたけど、こんな商品が安いですよ!みたいな内容のものは配るだけ時間の無駄だ。
もちろん、このおねーさんが作ったような奇をてらい過ぎるようなヤツも論外。
メジャーブランドともなれば広告の雰囲気だけでお客さんを集客するパワーがあるのだけど、セイントブラッドのように知名度の低い店の場合、表面の初めにはパッと見ただけで分かる特徴を書かなくてはならない。
このお店の場合は、店長のリベカが若い女性だからこそ、自分が着たいと思う若者向けの服を揃えているとでも書けば良いだろう。
次に、ターゲットに対して具体的かつ明確なメッセージを添えてやる必要がある。
仮に「若者向けです」と書いたところで、チラシを見た若者が自分のコトだと理解してくれなければ、それはメッセージになっていない。
むしろ、対象が狭まっても構わないので「意中の人に振り向いてほしい女の子に!」くらい尖っている方がピンポイントで刺さるのだ。
俺は、これらを踏まえたチラシの作り方をアドバイスした。
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「おじさん! この子なんなの!? 神様なの!!?」
おねーさんが面白い反応をしてくれた。
こういうのってテンション上がるよねぇ。
「我が社の観光部門の話は聞いただろう?」
「ああ、じーちゃんが大失敗やらかしたヤツを立て直したスゴい人が居るって話?」
「その立役者がこの子だよ」
「……(・◇・)……」
本日二回目の鳩、頂きました。
洋服店セイントブラッドの建て直し計画の要となるチラシ案も出来たので、早速印刷に取り掛かりたい…のだけど。
「あのゲロヤバなチラシは誰がどうやって作ったの?」
「ゲロヤバって……。私は火属性だから自分で印刷できるよ」
「へぇー」
そういえば学校で属性を書いたカードを作ってもらったときに先生が念写してたけど、あれは火属性魔法だったのか。
年輩の方々が「コピーを焼く」とか言ってたけど、まさかこの世界でも焼くことになるとはなぁ。
「見ててねクリスくん! 生まれ変わった私を!!」
おぉー。
「ライティング!!」
なんということでしょう! 目の前の紙に描かれているそれは……
「セイントブラッドは素晴らしい!」
「なんでだよっ!!!」
俺のツッコミを受けて、紙にバシバシ念写しているけども、全て「セイントブラッドは素晴らしい!」だった。
「うぅ、何度やってもダメなの……」
「おねーさん…お店が…大好きなんだね」
クレアがポンポンっとリベカの肩を叩く。
うーん、この人は致命的に広告印刷に向いてないんだなー。
「もう広告屋さんにお願いすれば?」
「そんなお金無いよぅ……。クリスくん、誰か念写スキル持ってる知り合いいないー?」
うーん、火属性スキル持ちって誰が居たっけな?
……あっ、思い出した!
「あまり期待出来ないけど、一人知り合いが居るから尋ねてみるよ」
「うー、お願いしますーー」
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「というわけでラーメン三銃士……じゃなくて知り合いを連れてきたよ」
俺に呼ばれた来たのは……
「おー、こんなところに服屋があったんだなー」
『あら、可愛いお店ですねー』
カトリ&フィーネの摩訶不思議コンビだ。
どうやら今日もデート中だったらしいけど、事情を伝えたところ、快く来てくれた。
「にーちゃん、俺がこれから伝える内容で試しに念写してみてくれ」
斯く斯く然々(しかじか)。
「うーん、大体分かったらやってみるよー。せーのっ、ライティングっ!」
慣れてない手つきで紙に手を触れると、一瞬で印刷が完了した。
慣れてないにーちゃんですらこの速さで念写出来るのだから、この世界でプリンタが発明されるコトは一生無いのだろうなぁ。
さて、完成したブツを見ると……
「うわっ!」「なん…だと…」「おお…」「すごーい!」『まあ…』
全員の驚愕の声が店内に響いた。
看板と同じ書体のロゴ、リベカそっくりの似顔絵、俺の指定した通りのコンセプトが印刷されている。
「にーちゃん! コレとコレとコレの商品と売価を焼いてみてっ」
吊ってある適当な服を3つ指示してみた。
「あいよー」
広告の裏面に、指定の服のイラストと値段が追記された。
フィーネですら驚愕の表情になる中、にーちゃんだけがポカンとしている。
「あれ? みんなどしたの?」
おねーさんがツカツカと近づいていく。
「キミ! ウチで働かない?」
「え? え?」
『ダメです! こんなおっぱぃ…コホン! こんな女の子ばかり来る店に獣を放つなんて!』
フィーネさん、言い直してるけど余計悪化してるよっ!
「ふーむ、この腕前なら我が社に……」
「おじさんは割り込まないでっ!」
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「俺は今の仕事が気に入ってるし転職は考えてないけど、週末に広告を作る手伝いくらいなら出来ると思うよ」
それを聞いて喜ぶリベカと、この世の終わりかと思えるほど絶望の表情になるフィーネ。
何しろ、やっとのことで作った意中の相手との時間を、突然やってきた女にかっさらわれたのだ。
しかも、おっぱ……特定の部位で物理的に絶対勝てない最強の相手だ。
にーちゃんがリベカにコロっと行ってしまってもおかしくない。
『ファッ!?』
フィーネさんが突然奇声を上げたかと思ったら、俺を涙目で睨んできた。
そういえば、こっちの考えてるコト分かるんだっけ……。
『ううううううぅぅぅー………』
いや、そんな目で見られましても……。
『か、カトリさんが印刷のお手伝いをする日だけ臨時で雇って頂けませんか!』
女神様、せっかく確保した貴重な週末を労働に費やすとか、不憫過ぎて泣きそうだよ!
『泣きたいのはこっちです!』
ごもっともです。
「うーん、お二方を雇うとなるとコスト的に問題が……」
『ぼ、ボランティアで……』
「ええっ! 良いんですかっ!?」
女神様はどこへ行ってしまわれるのか……。
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「ここまでお膳立てして店がコケたら逆にビビるなぁ」
「よく考えると、すごく豪華なお店だね~」
結局リベカさんは、週末限定とはいえ驚異の才能を発揮した新人デザイナー(印刷機能付き)と、世界で最も有名かつ最強の女性をタダ同然で雇用に成功してしまった。
俺のノウハウは一通り伝えたし、これで失敗したら後は知らんっ。
そんなコトを考えている俺を、クレアが嬉しそうにジーっと見ている。
「今回のクリスくん、何だかすごく楽しそうだった」
「そう?」
そういや最近はリカナ商会の内勤ばかりやってたものなぁ。
やっぱ対面型ビジネスは楽しくて良いよね。
「私を助けてくれた時も、こんなふうに頑張ったのかなぁ~、って」
そう言いながら上目遣いで見つめられると、ちょっと照れてしまう。
「んー、どうだっけなー?」
恥ずかしくて誤魔化したけど、俺の内心を察したのか、クレアは優しく微笑んでいる。
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バレル炭鉱の一件から約半年が過ぎ、もうすぐ春がやってくる。




