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091:セイントブラッド

 ある日、リカナ商会の店番を終えて帰り支度をしていた俺に、珍しい人が尋ねてきた。


「こんにちはクリスくん」

「お久しぶりです、タンプ会長」


 この街一番の富豪であるマダムの友人でもあり、俺たちが王都など遠方へ行く際にいつも馬車を斡旋してくれる、ホース・タンプ社の会長だ。

 今までこちらから訪ねるコトは多々あったけど、会長自らが店に入ってきたのは今回が初めてだ。


「わざわざ会長自ら訪ねて来られるだなんて、ただ事では無いでしょう。どうしたんですか?」


「実はコレの事なんだよ…」


 会長から手渡されたのは1枚のチラシだった。

 表面には大きい文字で1行だけ…



「セイントブラッド」



 これは商品名…なのか?


 試しに裏面を見たところビッシリと文章が書かれていて、見た瞬間に読む気が失せた。

 でも、会長がわざわざ持ってきたものを無碍むげにすることは出来ないので、頑張って読破したところ、次のような内容だった。


 1.セイントブラッドは素晴らしい


 2.ああ素晴らしい


 3.とても素晴らしい


 4.お店の場所はコチラ


「商売ナメんなーーーーーーーーっ!!!」


「お、落ち着いてくれクリスくーん!」



「すみませんでした…」


「いや、君があそこまで取り乱す程なのだから、このチラシは使い物にならないことがよく分かった」


 うーん、それ以前の問題だったと思いますよ?


 昔たしか「この商品は美味しいです」「美味しいわ!」「美味しさで美味しさを損ねる」みたいに美味しいしか言わないネタCM風の動画があったのだけど、それと同じ狂気を感じるよ……。


「結局セイントブラッドって何なんです?」


「お店の名前だね」


 えええ……店の名前にブラッドとか付けちゃう系ですか。

 しかも裏面に自分の店の素晴らしさを延々と書くとか、色々とツッコミどころが多過ぎる。

 それに、やたら小さい文字の長文を読まされたのに、それが自画自賛だと知って、ちょっとムカついてきたぞ。


「会長、このチラシを作った人は何者なのですか?」


「うーむ、実は……」



 チラシの作者は、ホース・タンプの観光部門で赤字を垂れ流していた叔父の孫、つまり会長にとって従姪じゅうてつにあたる人らしい。

 観光馬車と称して循環バスを走らせるバカ野郎の血をしっかり継承し、見事に商才の無さを発揮してくれているようだ。


「状況はお察ししました。会長が僕に求めていることは、このどうしようもない店の宣伝……というより、建て直しですね」


「ああ…。私としてもどこをどうすれば良いやらでね」


 年齢差50以上の二人が似たような溜め息を吐いた。


「まずはその店を見てみないと……」


「ああ、外に御者を待たせているから私の馬車に乗るといい」


 会長と共に外に出ると、ダークブラウン色でシックなデザインの馬車があった。

 俺が散々下品とか言ったから、会長の年相応な馬車にモデルチェンジしたのだと思われる。


 その会長はさっきから俺を微妙にチラチラ見ている……。

 ここで俺が伝える言葉は一つしかない。


「新車、カッコイイっすね!」


「そうだろう!」

 


 会長の馬車で俺とクレアはセイントブラッドにやってきた。


「ここがセイントブラッドか……。クレアはどう思う?」


「ブラッドなのに青い看板なのは、不思議」


「カニの専門店なのかなぁ」


「カニ、食べたいね~」


 そんな不可思議な会話をしていると、会長がお店のドアを開けた。


「おーい、リベカは居るかー?」


「はーい」


 奥から二十歳くらいの女性が出てきた。


「紹介しよう、従姪のリベカだ」


「初めまして、リベカです」


「リカナ商会のクリスです」


「クレア…です…ジーー…」


 クレアの目線の先には…おっぱいおっぱい。

 俺が直視しないように気を利かせているというのに、全くこの子ったら!

 リベカもガン見に気づいたのか、ちょっと苦笑い。


 俺はそんな二人を後目しりめに、店の様子を確認してみる。

 セイントブラッドなんて名前で飲食店だったらマジでどうしようかと思っていたが、どうやら普通の洋服店のようだ。


「ここにある服は全ておねーさんの手縫い?」


「ううん、ここは小売り専門だね」


 並んでいる服を見た限り、これと言ってムチャクチャ奇抜な服があるわけでもなく、ちゃんと次の季節向けの衣服が並んでいる。


 となると、このおねーさんはPR能力とネーングセンスだけが絶望的なのか。

 会長の叔父の商才ゼロの血が多少薄まって、美的センスは良くなったと前向きに見るべきか、悩ましいところである。


「どうかねクリスくん?」


 腕を組んだまま頭を悩ませる俺。


「リベカおねーさん。優しく助言されるのと、厳しく指摘されるの、どっちがいい?」


 俺の質問に、胸の前で握り拳を作るおねーさん。


「このお店は私の夢だったの。ビシッとお願い!」


 その志や良し!

 コホンっと咳をしてから……


「とりあえず夢は分かったからけど、あのチラシは無いわー。裏の長文読んだ後から殺意沸いたわー。外から店を見て何屋なのか全く分からない外観もヤバいわー。せめて服売るならショーウインドウくらい付けようよー。セイントブラッドって名前付けてる時点でどう考えても若者向けでしょうに、この無難な品揃えは誰をターゲットにしてるの? あと、約1年前にこの街の産業を調査したけど、衣料を扱う店は22件、この北教区の近隣だけでも他に6店舗あるよ? それらの店もたぶん同じ卸問屋使ってるけど、他店よりおねーさんの店が優れているポイントは何かあるの? 普通は老舗に行くと思うけど?」


 まだまだ言いたいことは山ほどあるけど、まあこのくらいで許してやろう。


「……(・◇・)……」


「鳩が…豆鉄砲くらった顔…」


「う……」


 う?


「うわああああぁぁんっ!!」


 うわああああ! この展開、前も見たぞ!


『やーい、クリスくんの女泣かせー』


「ロザリィ! 前と全く同じセリフ吐いてんじゃねえ!」



 結局、リベカさんが泣き止むまで30分くらいかかった。

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