090:過去と未来
不思議な夢を見た。
エクレールがずっと目の前で俯いている。
どうした? と声をかけても、答えてくれない。
しばらくすると、こちらを見上げて泣き出した。
『いやだああああああっ!!! かっこつけて、さようならなんて言ったけど、イヤだ! イヤだ! イヤだ! イヤだ! こんなの無いよっ!! わあああああんっ!!!』
エクレールがこんなに取り乱して泣く姿なんて、初めて見た。
『たとえ……世界の理がボクを消したとしても、この想いだけは、絶対に消させない!! キミは誰にも渡さないっ!! 渡すものかあああぁぁっ!!!』
思わず手を伸ばすと、エクレールはそっとその手に触れて頬を寄せ、それからゆっくりとこちらに飛んできて自分の胸元に抱きついた。
声をかけようにも、声にならない。
自分がどんな顔をしているのか分からないが、それを見たエクレールは『しょうがないなぁ』と言いながら笑って涙を拭うと、そのまま淡い光になって消えた。
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「………」
気づいたら仲間達に囲まれていた。
『カトリさんっ!』「おにーちゃん!」
ラピスとチアが抱きついてきた。
フォスタ、シルフィ、ティーダ、ティンクも立ったまま心配そうに自分を眺めている。
「エクレールは……?」
しかし、誰も返事をしない。
分かっている……。
さっきの夢は、本当にエクレールの最期の言葉だったんだ。
無言のまま立ち上がり、ラムダに向かって歩み寄る。
「で、自分の同じ境遇のヤツを増やして、満足か?」
「いいや、自分の時を思い出して、余計に辛い気持ちになったよ」
全くふざけた奴だ。
そんな返事をされるくらいなら、まだ魔王らしく高笑いでもされた方が良かった。
「本当にすまないと思っている。だが、我が目的のためには、こうするしか無かったんだ……」
「……どういう意味だ?」
訝しげに問いかけると、ラムダは溜息を吐いた。
「実は、私はこの世界に呼ばれた渡り人をずっと監視してたんだ」
「……」
「そして、君とあの妖精の娘が想い合っている事を知り、今回の計画を実行に移すことにした」
それは、どういう意味だ?
……その疑問に対して意識を向けてしまったのが全ての間違いだった。
直後、ラムダは一瞬で後ろに回り込んできた!
「なっ……!!?」
「汝の魂よ、我が糧となれっ!!!」
その直後、凄まじい力で首を絞められて視界が暗転した。
「がっ……ぁ……!!」
「我が目的のためには、リリーと魔王の力と私の魂だけではとても足りなくてね……」
「魔王、てめぇっ!!!」」
「ボトム!」
全員が一斉に床に叩きつけられ、行動不能に陥った。
何も出来ないまま、ラムダの詠唱が続く。
「やめ……ろ……」
手を伸ばそうとするが、全く身体が動かない。
畜生……!
「だけど、君なら私と同じように………………かもね」
魔王が何かを呟いたが、うまく聞き取れなかった。
「ありがとう。そして、ごめんなさい。今行くよ、リリー……」
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『あの……』
………。
『改めまして、私は……』
ラピスだろう。
『あっ、はい……そうですね』
で、これから自分は元の世界に帰されるのだな?
『あっ、はい……そうです…ね』
じゃあ、さっさとしてくれないか。
『あっ、あのっ……!』
何?
『申し訳ありません……』
別に君の責任じゃないだろう……。
魔王の作戦にまんまと乗せられた自分の責任だ。
『あうぅ……』
それに、ラピスは人間同士の争い事に干渉できないんだろう?
『気づいていたのですね……』
当然だろう。
人の心が読めるだの何だのと言ってたのに、全く手出しをして来ない時点で察していたよ。
『何か……』
ん?
『元の世界に戻る前に、何か願いはありますか?』
願い……か……。
………。
「エクレールに会わせてくれ」
だが、ラピスは俯きながら涙を流したまま、口を開かなかった。
分かっているさ……、ただ聞いてみたかっただけなんだ。
「すまない、今のは忘れてほしい」
『本当に、申し訳ありません……』
「じゃあ代わりの願いだ」
『はい……』
「次に生まれ変わった時は、誰も愛すること無く、独りで生きたい……」
『っ!?』
「どうして自分はこの世界に呼ばれたんだ。誰かを愛したうえ、その子を失い、しかも魔王の計画を止めるどころか荷担してしまった。こんな事なら、この世界へ呼ばれる事無く、山の中で独り野垂れ死んで居れば良かったのに……」
『そんな事っ!!』
「自分が来なければエクレールだって死んでないんだろうっ! この世界はずっと不殺生の呪いに守られながら平和が続いていたはずだろうっ! もうこんな辛い思いは嫌だ……。だから……早く逝かせてくれ……」
ラピスが悲しそうな表情のまま手をかざし……そこで意識は途切れた。
『それでは、この方を宜しくお願いします……』
『任せとき。ただ、すぐに転生させたところでこっちの世界は酷いモンや。しばらく様子見てから、殺し合いとは無縁な人生になるように上手いことやったる』
『ありがとうございます……』
…
……
………
~~
魔王ラムダの狙いは最初から「人間を愛している妖精の魂」と「妖精を愛している人間の命」だった。
だからラムダは妖精リリーの最期について私達に話したのだ。
魔王の企みは計画通り実行され、カトリの予想した未来は現実のものとなってしまった。
ただし、魔王がスキルを放っているところを私が無我夢中で一発ぶん殴って、黒色の宝玉を奪い取ったためか、人間達に付与された魔法スキルは「一種類の属性のみ」という中途半端なものとなった。
それでも不殺生の呪いで踏みとどまっていた私怨や殺意が一斉に解放されたのだから、世界中で暴動が勃発。
ライン公国に至っては反乱によって王家は消滅し、いくつかの国に分裂してしまった。
しかも「人間が魔法を使う」というイレギュラー要素は、世界の理に対して負担がとても大きかったらしく、おかげでこの世界は常にリソースが枯渇しっぱなしだ。
生物の誕生に必要なリソースすら不足しているのだから、とても歪な状況だと言えるだろう。
そんな困った状況ではあるのだけど、しばらくして人間達は和平への道を歩み出し、魔法を活かした文化が創られ、再び世界に平和な日常が戻った。
もしかすると、魔王はここまで狙っていたのだろうか……?
そして、魔王に戦いを挑んだ勇者達がどうなったのか。
まず、レヴィート王国の王子フォスタこと、渡り人アッシュは元の世界に帰らなかった。
その理由は言うまでもなく「妻のチアとその子供達を残して行けない」から。
フォスタの監視役だった妖精シルフィは変な性格だったけど、魔法を教える能力にとても長けており、シルフィの教育を受けたふたりの子供達はめきめきと才能を開花させ、人間としては最高レベルの魔力を持つようになった。
その子孫達もまた、強い魔力や才能を継承しており、将来がとても楽しみだ。
獣神ティーダの監視役だった妖精ティンクは、バカみたいに高威力の魔法ばかりを追求した成果もあってか、なんと今では「大妖精」と呼ばれる程のお偉いさんになってしまった。
あんなヘナチョコ妖精程度が偉くなったところで、全然怖くないんだけどねぇ~。
ラピス……もとい、創造神ラフィート様は、戦いの後に天界に帰られたまま、ずっと姿を見せることは無かった。
どうやらその間に他の神々と激しい喧嘩を繰り返し、この世界のルールを大幅に修正することに成功したらしい。
エクレールの最期の願いはほとんど聞き入れられ、召喚スキルsummonは使用不能になり、ほとんどの人間は妖精の姿を見る事すら出来なくなった。
ただ、ラフィート様自身は地上の生き物を殺生する程の権限は無いそうで、出来ても『悪い子をお仕置きするくらい』なのだそうだ。
ちなみに、あの戦闘で死にかけたチアにアークヒールをかけた事に関しては厳しい罰があったらしいけど、私にトラウマを残した恐怖体験に関しては『神の名を騙る不埒者を成敗』と言う大義名分があるためお咎め無しだったらしい。
理不尽なりぃ……。
最後に。
魔王とカトリは、全ての人間に魔法を与えるadd-magicskill-target-humanというスキルが発現すると同時に消滅してしまった。
ただし、ラフィート様曰く「彼らは神に頼ることなく、自らの意思だけで転生を果たして、新たな幸せを掴もうとしている」だそうで、人の身でありながら根性だけでそんなコトが出来るのだなぁと正直驚いている。
滅びてしまった元・プライア国の領土だった島の魔物達は、魔王が消滅した後も消える事無く生き残った。
その子孫達が今もあの島に居るのだけど、今さら人間達と争う気は無いらしく、平和に暮らしているそうだ。
命をかけて私を守ってくれたノーブルには、今でも感謝している。
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「……それにしても、随分と昔の夢を見たなぁ」
あの戦いからしばらくは毎日落ち込んでばかりいたのだけれど、今ではラフィート様に与えられた力のおかげで日々充実している。
その能力の名は「見通す目」。
ラフィート様は心の中で考えている事まで全てお見通しらしいが、私は残念ながらそこまで見る事は出来ない。
それでも、相手の名前や趣味趣向、好物、好きな相手などが一通り分かるので、商売にとても役立つ。
しかも、見える要素の中に「これまでの転生履歴」があったのが、最高にステキ!
「こんにちは~」
おっと、お客さんが来てしまった。
でも、やってきた二人の姿を見てニヤリと笑う私。
「いらっしゃいませぇ~。こんにちはクリスくん、クレアちゃん~。今日は二人一緒なのねぇ~」
「今日は、とか言わないでくれませんっ!? やっと落ち着いたんだからっ!!」
実は前回クリスくんがプレゼントを買いに来た直後にクレアちゃんが家出してしまい、街中が大騒ぎになってしまったのよねぇ。
「でも…まだちょっと許せないので。今日はクリスくんに…おごってもらいたい気分…かな?」
「なぬっ!?」
やいのやいの。
子供ふたりが私の前で言い合いをしている。
私の目に映っている二人の名前はクリスとクレア。
クリスくんは一つ前の名前が知らない文字で読み取れないのだけど、二人の転生前の名前を見ると、凄く嬉しい気分になる。
「ふふふっ♪」
「ほらー、店長さんに笑われたじゃないか!」
『アンタ、カネ持ってんだからケチケチしないで出しなさいよ。甲斐性無いわねぇ』
「てめぇ!!」
「まあまあ、お二人さん。私が選んであげるから、仲良くそこで座ってなさいな。カレンちゃんスペシャルセレクションをお届けしちゃうよん~」
私の言葉を聞いて、素直に並んで椅子に座る二人を見て、さらに幸せな気分になる。
「こんちはーっす」
「こんにちは~」
あら、次のやってきたお客様はフォ…じゃなくて、セフィルくんとエマちゃん。
「いらっしゃいませぇ~。君たち別々にデートしてるのに、ウチのお店に来てくれるなんて、嬉しいわぁ~」
私がそう言うと、4人が顔を見合わせて「あっ!?」とか言ってるのが可愛らしい。
うん! 今日もいつも通り、ステキな一日になりそうだ。
だから……
この幸せが、一生続きますように。
ねっ♪
To be continued..




