009:雨傘90本、どうやって売る?
『リア充死ねぇ!』
「うおっ! レイピアで突くな!」
病院を出るや否やロザリィが襲ってきた。
『何あの甘じょっぱい雰囲気! 私の意識の奥深くからクサーッ!って言いなさいと、大いなる意志が命令してくるのよ!!』
かの有名なふんどし精霊の電波を受信したロザリィを適当にあしらいながら、再び俺たちはリカナ紹介へ向かった。
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店の近くまで戻ると、おっちゃんと出入り業者の人が口論しているのが見えた。
「馬鹿野郎! 10本持ってこいっつったのに、10ケースも持ってくるヤツがあるか!」
「でも社長~、1箱9本入りの商品を10くれって言われたらケースで持ってきますよ~~」
「こんなもん90本も在庫できるか!!」
あー、時々コンビニ店員がやらかしてSNSで拡散されたりする発注単位ミスだな。
俺も若い頃に卸ECサイトでUSBメモリを2本頼むつもりが100本ロット×2ケース頼んで、慌ててキャンセルの電話をかけたことがあるから、こういったミスはちょっと懐かしい。
契約書を交わさない会話だけの受発注のやり取りの場合、特に売る側が気をつけるべきだし、このにーちゃんの過失だな。
傍観してても全然話が先に進まないので、まずは事情を聞いてみよう。
「あのー…」
「お、やっと帰ってきたか。あの店すげぇだろ? …って今はそれどころじゃねぇ!」
また口論が始まりそうなのをひとまず手で制して…
「おにーさん、何を発注単位ミスったの?」
「うぅ…、実はコレなんだ…」
荷台の箱に書かれた品名は…雨傘か。
「なるほど、前に大雨が降ったときに勢いで注文したんだね…」
「おう、さすが察しがいいな」
しかし、あの三日三晩の大雨以降ずっと晴天が続いており、雨傘が活躍するのはもう少し先になるだろう。
本来は雨期に入る前に発注しておき、小雨が降り始めたタイミングで表に出して売るものなのだが、雨が降ったから傘を注文しよう! って、そりゃないよ。
そもそもこの世界の傘は「女性用」なのだから、その時点で販売対象となる顧客ターゲット数が2分の1になってしまうリスクもある。
……いや待てよ、そもそも女性用の装飾品の一種である傘を男性の大人が使おうとするから変人扱いされるだけで、子供が使うのであればイケるかもしれない。
子供が雨傘を必要とする理由…、雨傘があればどんなことが助かる…?
いくつかのシーンが頭で組み合わさり、一つのアイデアが完成した。
「おにーさん、相談があるんだけどっ!」
俺の言葉に、おっちゃんがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
結局、おっちゃんと俺のタッグで徹底的に買い叩き、とてもお買い得な値段で仕入れさせて頂きました。
ちなみに、今回は返品しようとしていたおっちゃんに対して俺の我が儘で仕入れたため、約束通りに俺の所持金から全額支払うことにした。
支出
雨傘30,000ボニー×90本
[現在の所持金 856,000ボニー]
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「あら? クリスくん、どうしましたか?」
学校内で傘を差して歩いてみたところ、カモ…もとい、校長先生が食いついてきた。
「実は最近、父の友人のリカナさんのお店で社会勉強のためにお手伝いをしているのですが、雨傘の運び込み作業の手間賃代わりに1本頂きまして…」
「でも、傘って大人の女性が使うものなのよ?」
狙った通りに反応してくれる、ナイス校長先生。
「はい、存じています。しかし大人の女性だけでなく、私たち子供が安全のために使うのも良いと思うのです」
「ほう…?」
「薄暗い雨の日には小柄な子供の姿は見えづらいので、登下校中に運搬車や馬車にぶつかってケガをしてしまうかもしれません。ですが、傘を差していれば遠くからでも見えるので、そういった危険を避けることができます」
「ふむふむ」
「それに、雨が降る日は教科書やノートを全て教室に置いたまま帰らなければなりません。もし傘を差せば、教科書を濡らさずに家に持ち帰って、家でも勉強することができます」
「……わかりました。それはとても良い考え方ですね。他の先生達と相談してみましょう」
計画通り!
「それを言うためにわざわざ傘を差して学校に来るなんて、面白い子ねぇ。もしかして、これでリカナさんのお店の傘が売れたらお小遣いがもらえるのかしら?」
「ギクッ。あはははー…、はい」
「素直でよろしい。君の家はお父さんがとっても偉い軍人さんで、ずっと一人で頑張っているのは前から知っているわ。その応援も兼ねて、ちょっと掛け合ってみるわね。それに、個人的にも買わせて頂くわ」
「ありがとうございます!」
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「一丁上がり!」
『アンタ、マジで裏表ありすぎて怖いわ…。何なの? 前の世界で演劇でもやってたの?? 丁寧語を喋るのを聞くだけでもサブイボ出るわ…』
ロザリィが気味悪そうに俺をジロジロを見ながらぼやいている。
「別に嘘はついてねーぞ。傘1本タダで貰ったのも本当のコトだしな」
おにーさんに「こんな晴れの多い季節に90本も売るのは難しいから、僕が実物をお客さんに見せるために1本欲しいナ~」って言ったら本当に貰えたのだ。
…そうやってメーカーからサンプル品をせしめる手口は前の世界で身につけたものだが。
ちなみに最近はずっと、学校が終わった昼から午後5時までしっかり外回りの営業活動をしているが、伝家の宝刀「愛しのあの子の薬を買うために頑張ってます!大作戦」はマダムに1回使ったきりだ。
このような高威力の営業トークを乱発すると逆効果で、客同士でヨコの繋がりがあった時に「アイツ、行く先々でその話をしてやがる」と、マイナス印象になる危険性が高いのだ。
なので、他のお客さん先に営業訪問するときは、社会勉強のためにリカナ商会の手伝いをしているという体でずっと回っている。
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そんなこんなで、親の顔より見たリカナ商会に到着。
いつも通りおっちゃんに挨拶ー…って、なんだか微妙に震えている。
「こんにちはおっちゃん。どうかしたの?」
「お前、一体何やった…?」
「はい?」
やべえ、何かしくじったか。
20件ほど訪問したけど、店の評判を落とすようなミスをやらかした覚えは無いんだが…。
それとも、マダムから苦情でも来たんだろうか…。
「192本だ…」
「はい???」
おっちゃんが手に持ってた紙が俺の前にバッと差し出される。
書類の内容は物品発注書、発注者名は……エコール校長。
おお、校長先生ってそんな名前だったのか!
「雨天時の登下校において当校生徒の安全を守るために雨傘を全校生徒191名分発注したい、だそうな。しかも、エコール校長自ら注文書を持ってきたうえ、個人的に1本買っていった! 一体何をどうやったらこんなことになるんだ!!?」
「雨が降ってる日の登下校は危ないから、傘を差したいって校長先生にお願いした!」
おっちゃんの目が点になった後、うーんうーん…と言いながら考え込んでしまった。
今回、俺はお客様相手ではなく、お客様のお客様をターゲットに商談をしたのだ。
つまり購買者は学校だが、実際の顧客は生徒ということになる。
これはマーケティング戦略における市場分析の基礎の基礎なのだけど、この世界にとってはオーバーテクノロジーと言えるかもしれない。
それにしても校長先生の権限があるとはいえ、この世界において決して安価とは言えない雨傘をポンと191本まとめて買える独自決裁権があるのは興味深い。
おっちゃんの契約書を見ると1本5万ボニーと書かれており、×191本で総額で1000万ボニー近いカネを一発で出したことになる。
俺としては学校サイドから生徒の保護者に購入を推奨してもらう展開を狙っていたのだが、これは完全に想定外だ。
まあ、これでミッションコンプリートだ!
「おっちゃん、これで在庫全部捌けたね」
収入
雨傘30,000ボニー×90本全額返金
雨傘販売利益45%9,000ボニー×192本
[現在の所持金 5,284,000ボニー]
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開始5日目で目標金額の10%突破。
このペースのまま不休で働き続ければ、理論上は50日でクレアを助けることが出来る。
このペースのまま……?
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「あれ?」
珍しく夜中に起きてしまったようだ。
やけに暗いな……いや、不自然に暗すぎる!
この暗さには見覚えがある……。
まさか……
『あの…』
後ろから声が聞こえて振り返る!
…ってなんでコイツらいつも後ろから来るんだ!?
俺の目の前に、光に包まれたローブ姿のお姉さんが降りてきた。
『私はラフィート 。貴方達が創造神ラフィートと呼んでいる、えーっと、いわゆる神様です』
え…、ということはもしかして…
「俺、死んだ?」