089:エクレールの決意
『チアちゃんーー! めをあけてよーっ! チアちゃーーんっ』
シルフィは泣きながら、倒れたチアに呼びかけている。
『チアちゃ…ぎゃうっ!』
カトリに蹴り飛ばされたシルフィは、そのまま失神して動かなくなった。
ようやく我に返ったラピスとティーダが、走り出した。
『ティーダさんは戦闘をお願いします!!!』
「あいあいさーっ!」
ティーダは高く跳躍し、そのまま全力で爪を振り下ろした。
カトリが刀で受け止めると、二人は鍔迫り合いになる。
その隙にラピスが血まみれのチアを抱き上げて、すぐに後退しながら詠唱を始めた。
『アークヒール!!』
聖なる光がチアを包み込み、傷が癒えていく。
生気の無かった顔色がみるみるうちに回復し、寝息を立て始めた。
『良かった……』
でも、根本的な問題は解決していない。
『カトリぃっ!!』
ボクが呼び掛けても、殺意に支配された瞳は全くボクを見ていない。
「なん……て……馬鹿力……。人間のくせに私を圧すとか、コイツ化け物かっ……ぐあああぁっ!!」
刀に気を取られていたティーダの脇腹をカトリが蹴りとばした。
「くそっ……ぅぅ……」
床に倒れて痛みに悶絶しているティーダに向かって、狂気の刃が振り下ろされる!
……だが、その刃はティーダに届かなかった。
『ギリギリ……間に合ったかな……』
その言葉と共に、ティーダを守るように立ち塞がる虎男……ノーブルがその場に倒れた。
「なっ! どうしてっ!?」
『同族の女を守るのはタイガービーストの性分でね。例え敵だとしても、それを見捨てちゃ男じゃないぜ……』
「そんな……なんでっ……私……!」
ティーダが横たわったノーブルに泣きながら抱きついた。
「ははっ、綺麗なお嬢ちゃんに抱かれながら逝くなら本望……さ」
そのままリソースの光となって消えていった。
「うぅ……」
床にへたり込んだまま動かないティーダ。
再びカトリの刃が襲いかかろうとしたその時!
「オラアアアアァァッッ!!!」
ボトムの効果が切れて動けるようになったフォスタがカトリを突き飛ばした!
受け身を取ることもなく床を転がるカトリを眺めながら、フォスタは腰の刀を抜く。
「この腑抜け野郎め。てめぇの故郷を焼いたのは俺じゃねえっつーの。そもそも俺は衛生兵だから戦闘要員ですらねえ。八つ当たりも甚だしいわっ」
怒り心頭なフォスタが文句を言いながらカトリに向かって刀の先を向けた。
「そんな八つ当たりで人の女を切りつけておいて、ただで済むと思うなよっ。」
そして、カトリ対フォスタの闘いが始まった。
・
・
激しい二人の攻防が続く中、ボクは……魔王ラムダに対面していた。
『………』
「どうした妖精の娘よ」
『キミ、最初からこれが狙いだったんだね』
ボクが悲しそうに呟くと、目を逸らされた。
『やっぱり人間は、とても弱い生き物だ……』
「………」
『わざわざ、カトリにかけた術の解き方を説明するなんて、自分の弱点をバカ正直に白状するようなものだからね』
「ああ、全く馬鹿だな、私は……」
そしてボクは……
パシーンッ!!
魔王に思い切り平手打ちをした。
『ホントはこんなもんじゃ許せないんだけどね』
そう言って踵を返したボクは、一人に狙いを定める。
魔力を極細に、一点集中、涙で視界がぶれるけど、絶対に外さない。
『ホーリーライト!!!』
超高速の光の弾丸を放つと、まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ……カトリの心臓を撃ち抜いた。
驚愕の表情を浮かべるフォスタとシルフィの目の前で、カトリは仰向けに倒れた。
静まりかえった大広間。
最初に口を開いたのは……
「いってぇ……げぶっ」
カトリその人だった。
『正気に戻るのが遅いよ!』
「すまねえな……」
『というわけでキミは死ぬよ』
「軽々しく言いやがって……」
『でも、大丈夫だから』
「………やめろ」
そのままカトリは動かなくなった。
『まったく、魔王の話を聞いてた時は、たかが人間のためにそこまで尽くすなんて、リリーって妖精はバカだなーっとか思ってたんだけどね』
溜息ひとつ。
『ボクもバカだよ。大バカだよ! あははっ……』
そう言うと、ボクは詠唱を始めた。
『エクレールさんっ!』
ラピスが悲しそうな顔で駆け寄ってきたけど詠唱を継続する。
詠唱を完了してから、ボクは女神様に笑顔で手を振った。
『いろいろ言いたい事はあるんだけどさ、こっちの世界のヤツが好き勝手に渡り人を呼び出せるのは禁止した方が良いと思うよ?』
『エクレールさん……』
『あと、妖精はもっとレア度を高めて、もっと大事に扱ってほしいよ。いっその事、人間から見えないくらいでちょうど良いんじゃない?』
『検討します……』
『それにそれに、女神様の権限が弱すぎだよ!! 地上を大波で全部飲み込むとか、魔物を全部聖なる力で吹き飛ばせるとか、そんくらいにならない?』
『はうっ、そこまで激しいのは無理かも……』
『最後に…………カトリの事、よろしくお願いします』
『………』
そしてボクはカトリに抱きついた。
『さようなら、愛してるよ』
愛する人に口づけを交わしてから、最期の言葉を唱えた。
『resource transfusion..』
~ 第五章 全ての始まり 完 ~
これで、エクレールに生き返らせてもらったカトリが魔王を倒し、世界は平和になりました。
めでたしめでたし~っ!
……自分的にはその結末の方が好みなのだけどね。
でも、そうじゃないんだ。
もしカトリ達がこのまま勝利していたら、人々は不殺生の呪いがかかったままだし、人間達は魔法が使えないはずだろう?
でも、今の人間達は普通に殺生は出来るし、魔法だって使える。
この意味、君なら分かるだろう?
だから、この後の結末を目の当たりにした女神様はあまりに悲しかったせいなのか、天界に何十年も引きこもっちゃうんだ。
それで女神様が居ない間に「悪意」と呼ばれる存在が生まれたのだから、何とも言えないのだけど。
ここから先の話は正直、あまり好きじゃないんだ。
それでも見るのかい?
君も物好きだね。
そこまでの覚悟なら止めないよ。
行ってらっしゃい。




