086:リリーの決意
『闇の炎!』
「聖なる矢よ、闇を貫け!」
魔王の放った攻撃魔法を弾き返しつつ、その場を飛び退くと、すぐ私の後ろからリリーが追撃に入る。
『ボトムっ!』
『ぐっぬぅ!!』
聞いたことの無い魔法だが、同時に魔王が地面に膝を付いた。
『グラビティショット!!』
リリーの小さい身体から放ったとは思えない程に巨大な黒い弾丸が、魔王を撃ち抜いた。
そのチャンスを活かして追撃するっ!
「紅蓮の炎よ、炸裂せよっ!!」
魔王の頭上で巨大な爆発が起こる。
『やりましたねっ!』
「まだだっ!!」
爆風が収まった後には、魔法をくらう前と全く同じ姿の魔王が居た。
『ふぅ、自らを最弱だと謙遜していたくせに、これだけの魔法を放つのだから、まったく困ったものだな』
全然困ってなさそうな口調で笑う魔王。
「だけど、力を封印された状態で、どうやって私達を倒すつもりだ?」
『確かに、我一人で貴様らを相手にするのは少し大変だ』
そう言いながら魔王が両手を上げた。
『add-magicskill-target-human..』
っ!?
魔王が不思議な呪文を唱えると同時に会場に居た人間達の足下に魔法陣が出現し、すぐに消えた。
何だ今のは……?
『この場に居る人間ども全員に、魔法スキルを授けてやったぞ。本来は我が手下どもに使うためのものなのだが……。無論、我を攻撃出来ないように制限付きだがな』
そう言いながらニヤリと笑い、口を開いた。
『我の魔力は絶大なり! この小娘どもは絶対我には勝てぬ! 小娘どもを片付けたら、次はここに居る貴様らを全員殺す! この場から逃げようとしても殺す!』
魔王の宣言に、会場が静まりかえった。
興味本位で残っていた民衆の中には、恐怖で泣き出す者も居た。
『だが貴様ら愚民共にチャンスをくれてやろう! そこに居る小娘どもを殺した者だけを逃がしてやる! 妖精と人間一匹ずつだから、二人は生き残れるなっ! ハハハハハハハッ!』
なんてクソッタレな手口を使いやがるっ!!!
「みんな騙されるなっ!! これが魔王のやり方なんだよっ!! 私を殺したところで絶対に助からないぞ!! この魔王は私が力を封印したから弱ってるんだ!! 私なら倒せる!! 信じてくれ!!」
周りに呼びかけるものの、皆の表情は困惑したままだ。
『さあ、どうするっ!!』
魔王が再び怒鳴った瞬間、左肩に凄まじい衝撃が走った!
「………え?」
振り向くと、会場に居た一人の男の子が怯えながらこちらに手を向けていた。
再び自分の左肩を見ると、酷く出血している。
「なん……で?」
再び会場を見渡すと、民衆の目が困惑ではなく殺意に変わっていた。
「なんでだよっ!!!」
せめてリリーだけでも助けなきゃっ!!
そう思って彼女の目を見つめたけど、リリーは悲しそうに首を振った。
そうだ、私が死んだら彼女も死ぬんだ……ちくしょう!
脱兎のように駆け出そうとしたが、アルフ国王に右足を撃ち抜かれて、私はその場に倒れた。
「ぐああああぁぁっ!!!」
『ラムダさん!!!』
リリーが泣きながら私の胸に飛び込んできた。
『やめてっ! やめてよぅっ! お願いですからっ…! ほ、ホーリーシール……ぎゃうっ』
どこかから飛んできた光球に突き飛ばされて、リリーが地面を転がった。
「ちくしょう、ちくしょう……」
勇者とともに冒険に出た私の最期が、別の世界で民衆に襲われて死ぬだなんて……。
この世界には神も仏も居ないのか。
『ふはははははっ! 愉快であるぞ!! これだから人間の悪意は素晴らしい!!!』
悪意……。
悪意……。
クソが……。
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『あの……』
気づいたら私は真っ暗な空間で立っていた。
撃ち抜かれた左肩と右足も、元に戻っている。
『別の世界からお越し頂いたにも関わらず、こんな事になってしまい、申し訳ありません……』
とても綺麗なおねーさんが頭をペコペコと下げている。
この人、誰だろう?
「あの、状況が分からないんだけど?」
私がそう伝えると、悲しそうな表情になってしまった。
『私は、この世界の神です。人々は、私の事を創造神ラフィートと呼んでいます……』
あー、神は居たんだなぁ。
「ということは、私……死んだ?」
『……はい』
「色々言いたい事はあるけど、この世界の人間はもうちょっと人の心の痛みだとか、倫理だとか、そういうのをちゃんと教育した方が良いよ? あまりにも酷すぎて、怒りを通り越して呆れちゃったよ」
『うぅ、とても耳が痛いです。私が直接干渉するわけにはいかず、心苦しいです……』
神様、弱えぇぇーっ!
『ううう、弱くてごめんなさい~~~……』
ああ、心の中で考えてる事が分かるのね。
「んで、私はこれからどうなるんだ?」
『ラムダさんの魂は、どうにかして元の世界にお返しします。ただ、生き返れるわけではなく、生まれ変わってしまうのですが……』
そんなことよりも気になる事がある。
「リリーはどうなったんだよっ!!」
私が女神に掴みかかると……
『まだ生きています……』
「良かった……! 私が死んだら同時に死ぬというのは単にデスゲームのルールだったんだな」
私は安堵の表情を浮かべるが、女神様は悲しそうな顔のままだ。
『ですが、貴女の遺体の前から離れようとせずに、ずっと防御魔法で貴女を護ろうと……』
なんだってっ!?
「そんな……! 女神様、お願いです! どうにかリリーをっ! リリーに、私は良いから、逃げてくれと……伝えてっ!!!」
絶叫にも似た叫び。
私はそんな人間ではなかったはずなのだけど、不思議と感情的になってしまった。
『分かりました。特例で彼女に……』
女神様がそこまで言ったところで、突然暗闇にリリーの声が響いた。
『resource transfusion!!』
暗闇に青白い光が広がり、私の身体が消えてゆく……。
何が起こったんだ……。
『なんてことなの……。そんな……』
女神様が愕然としている。
「リリーは一体、何を……?」
『彼女は、自分自身をリソース……貴女の世界で言うところの"マナ"に変換し、貴女を蘇生させようとしています!』
っ!?
『その方法で消えてしまうと、転生の枠から外れて……彼女は、リリーさんは魂ごと消えてしまいます!!』
そんな……!
「リリー、やめてくれっ!! 私は大丈夫だから、リリーだけでも生きて……!!」
『ううん、もう決めたのです』
「リリー!!?」
『たった一つの願い事に、私を連れて行ってくれると言ってくれてありがとうございました』
「それはお前がムリヤリにっ!」
『本当は貴女と一緒に、貴女の世界でいっぱい冒険したかったのですけどね……』
「リリーぃぃ……」
『貴女の居ない世界で生き続けるよりは、貴女の魂と共に生き続けたいのです』
「うぅぅ……」
『それじゃ、またね』
「リリー! 行かないでっ!! リリィィィィっ!!!」
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「………」
私は再び、地獄に帰ってきた。
『ほほぅ、あの妖精の小娘が使ったのは蘇生術だったか。まさか永遠の命を持つとも言われる妖精が、自らの命と引き替えに人間を生き返らせるとは、全く理解できんな!』
仰向けの状態からムクリと起きあがると、周りには魔物の群れ。
手足は……良かった、動いてくれた。
『この国の人間どもは全て、我が家来を召喚する生け贄に捧げてやったわ! ぬはははは!!』
そんな事なんて、どうだって良いんだ。
「リリー……」
自分の記憶の中に、さっきまで無かったはずの大量の知識が上書きされている。
これは……この世界の魔法の知識か。
妖精に蘇生されると、そのスキルまで継承されるのだな……。
そして私の心には、ひとつの感情が残っていた。
『ラムダ、お願いだから生きて』
泣きながら魔王を睨むと、私は一つの決心をした。




